第12話「ちょっと乱暴な照れ隠しを」

 カラッとした暑さが心地よいと感じていたはずなのに。

 いつの間にか、かいた汗で制服が身体にピタッとする感覚が不快に感じるようになってきた。


 一学期ももうすぐ終わろうかという時期に差し掛かっていた。

 過ぎてみれば7月もあっという間だった。


「そういえば、吹雪ちゃんにりょーくんや」


 やけに年よりくさい喋り方で、部室の扉を開けた桃香が喋りかけながら入ってくる。


「なんだよ、桃香ばあさん」


 彼女のこういう悪ノリには慣れている。

 幼馴染たるもの、慣れていかねばやっていけるはずもない。


 先に部室内に入って各々好きなことをしていた俺と霧島は、桃香の登場により自分たちの作業を中断し、彼女に目を向ける。


「お前さんたち、あの佐々木くんと安藤ちゃんを見事くっつけたらしいのう」


 そう言って満面の笑みを浮かべている、桃香は自分の事のように誇らしげな表情を浮かべていた。

 嬉しい気持ちが溢れてしまっているためか、その顎が謎にしゃくれていて、非常にその、可愛くない。


 だが、そんな変顔とも呼べるほど崩れた表情さえも可愛く思えてしまうので、一度惚れた弱みは健在らしい。


「まぁ、俺たちは何もしてないけどな」

「彼女が頑張った結果よ」


 思わず霧島と言葉が被ってしまう。

 霧島と目が合うが、どちらともなく気まずい気持ちで目を逸らす。


「本当に息ぴったりだにぃ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべる桃香の言葉をスルーする。

 何度か同じようにからかわれた経験から、この状態の桃香の言葉は受け流すのが1番いいと言うことに気づいた。

 しかし霧島は、納得がいかないようで「なっ――」と反論の声を上げようとしていた。

 けれども、その声は扉をノックする音で遮られる。


――コンコン


 控えめに響き渡ったその音に続いて、教室の扉が開けられる。


「こんにちは……」


 開けられた扉の隙間から顔を覗かせたのは、佐々木君だった。


「あ! 噂をすれば!」


 桃香が嬉しそうに手を叩く。


「う、うわさ?」


 佐々木くんは驚いたような顔をして身を強張らせる。


「いや、悪い噂じゃないよ……。そう言えば佐々木くん、最近どうだ?」


 不安げな顔でこちらを見ている彼にフォローを入れる。

 そして、名前を挙げずにそれとなく安藤さんとの事も聞いてみることにした。

 2人をくっつけた手前、上手くいっていなかったらどうしよう……と実は心配しているのだ。

 それはそうだろう?

 だって、佐々木君と安藤さんのキャラクターは、あまりに違い過ぎる。


 すると、佐々木君の背後からひょこりと顔を覗かせる人物がいた。


「よっ」


 顔を覗かせたのは安藤さんだった。

 佐々木君への恋を応援するときに、多少彼女との仲が縮まった気がしていたが。思いもよらぬ女番長の登場に少しだけ、心臓が止まるような感覚がした。


「そう、くっつけ屋のみんなにお礼を伝えたくて来たんだ」


 まだ落ち着かない心臓を抱えたままの俺に、佐々木君が口を開く。


「僕たちは、君たちくっつけ屋のおかげで交際を始める事ができたから」

「うん、本当にありがとう」


 言って、二人は頭を下げた。


「いや、結局最後は、二人が頑張ったから、だよ」


 面と向かってお礼を言われる気恥ずかしさに耐えながら、手を振ってそれに応える。

 声がまだ震えている気がする? 気のせいだ。


「……本当に、安藤さんを助けに入った時の佐々木君はかっこよかったぞ」


 あの時、俺と霧島は佐々木君の後を歩いていた。

そして彼が安藤さんに話しかけようとした瞬間、例の不良たちが彼女に絡んでいる場面も見ていた。

 彼は目の前で安藤さんが不良たちに付いていく様子を見て、彼女の後輩であるスケバン2人の元へと行ったのだった。


 傍から見れば、勇気のない行動だと思う奴もいたかもしれない。

 しかし、俺はそうは思わなかった。

 彼があの場に飛び込んで行ったとして、返り討ちにあってそれで終わりだっただろう。


 その場を去った彼は、来た道を猛ダッシュで戻り、安藤さんの後輩の元へと向かった。

 目の前に飛び出してきた佐々木君に、彼女たちは怪訝な目を向けたが、それに負けることなく二人に頭を下げたのだった。


「いやぁ、あの時はしびれたっすねぇ」


 扉にもう2つの影が現れる。


「アニキったら、俺らに向かって『助けてください』って頭下げんだから」

「正直、かっこ悪い」


 そこには安藤さんの後輩である、晶と真里菜の姿があった。


「かっこ悪い、けど。それがオタクらしい」

「ばぁか、アキラおめぇ! アニキって呼べって言ってんだろ!」


 淡々と喋る晶の頭にぽかんと拳を当てる、真里菜。


「いや、だから……。アニキはちょっと恥ずかしい、かな……」


 どうやら佐々木君は安藤さんの後輩達とも無事に仲を深められているようだ。


 ひとまずホッとして、佐々木君の方に目をやると。

 彼の後ろに立っている安藤さんのその手が、佐々木君の肩に置かれていることに気付く。


「なんだ、結構仲良くやってるんだな。安心したよ」


 肩に置かれたその手に向けられている視線へ気づいた安藤さんは、慌ててその手を離した。


「ばっ、茶化すんじゃねぇよ! 青海ぃ!」


 メンチを切ってくる彼女だったが、その語気には迫力がなく、ただただ照れている様子が微笑ましい。


「まぁ、何はともあれ良かったじゃない」


 隣で話を聞いていた霧島も頷いている。

 その表情や声色はとても優しいもので、なんだかんだ奴も二人の恋の成就が嬉しいのだと思う。


「――っ! もう知るか!」


 その言葉を受けて、安藤さんはふいっと顔を背けるとその場を去っていった。


「あ、待ってよ。安藤さん!」


 佐々木君が慌ててその後ろを追おうとするが、ハッとしてこちらを振り向く。


「本当は、くっつけ屋の皆さんにお礼を言いたい、というのは安藤さんからの提案なんです」


 言ってぺこりと頭を下げた。


「本当にありがとうございました。僕と安藤さんを結び付けてくれて」


 言い終えた彼は「安藤さん待ってよ」と彼女の名前を呼びながらその背中を追っていった。

 その場に残された真里菜と晶は、俺らに背中を向けながら手を挙げた。


「あんた、やるじゃねぇか」

「ありがと」


 シンプルな言葉を残して、彼女たちは振り返らずに歩いて去っていく。

 彼女らの後姿を見送った後、桃香が扉を閉めて俺らに向き直る。


「二人とも幸せそうな顔してたね」


 呟くように言った彼女の言葉は、とても嬉しそうでその眼は優しく細められていた。


「そうだな」


 俺は佐々木君と安藤さんの様子を思い浮かべる。

 ぶっきらぼうな態度をとっているが、それがきっと照れ隠しなのだと分かる安藤さんの様子。

 そしてそれに怖がることなく、嬉しそうに彼女の隣にいる佐々木君の様子。

 幸せな雰囲気が2人を包み込んでおり、見ているこっちにまで笑顔が伝播でんぱしてくる。


「やっぱり、涼くんたちでくっつけ屋をしてるの凄く合ってると思う」


 桃香は何度も頷きながら、うんうん、と繰り返した。

 彼女の言葉を耳に受けながら、俺の脳裏には安藤さんの後輩2人の姿も浮かんでくる。


 彼女たちも、大好きな安藤さんが幸せそうな姿を眩しそうに見つめていた。

 好きな人が幸せでいてくれるのは、何よりも嬉しい事なのだ。

 それが今なら俺にも少し分かる気がする。


「ん? なぁに?」


 隣に立っている桃香に目をやると、彼女は不思議そうに頭をかしげた。


「いや、なんでもない」


 言って、嵐が過ぎ去った後の扉を見つめる。

 そこに残った幸せの残滓が見える気がして、しばらく目を離せなかった。


「確かに、そうかもな」


 何が、とは言わなかったが桃香はそれが自分の先ほどの言葉への返答だと気づいたらしく、えへへーと嬉しそうに笑う。


「だよねぇ」


 桃香はそれ以上、何も言わずに「じゃあ私部活あるから行くね」と、閉めたばかりの扉を開けて外へと早足で出て行ってしまった。

 彼女と入れ替わりで入ってきた風は熱気を含んでいて、もうすぐ本格的な夏がやってくる気配を感じさせた。


 そしていよいよ待ちにまった夏休みも、俺たちの目の前まで迫ってきているのだった。


-第3章 END-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る