第11話「輝く君と並んで歩く」

 最初に木材で殴られたわき腹を反対の手で押さえていると、目の前で仁王立ちしていたリーダの女が右手を思い切り振りかぶった。


 完全に意識が別方向に向いていた私は、それに気づくのがあまりに遅く、意識した時には既にもう避けられない距離まで拳が迫っていた。


 これで終わりか――。


 諦めて目を閉じた、その瞬間。


 ――ゴッ


 痛々しい音がその場に響き渡る。

 しかし、私の身体には何の衝撃も来ていない。

 不思議に思ってそっと目を開けると、そこには私よりもちょっとだけ高い背丈で、お世辞にもガタイが良いとは言えない。その細い肩を震わせながら、白い頬を赤くした佐々木君がそこに立っていた。


「佐々木……くん……!?」


 彼は私を守るように相手と私の間に立ちふさがり、両手を広げていた。

 どうやら私の代わりに彼がパンチを受けてくれたらしい。

 親にも殴られたことのなさそうなその顔面で、私すら怯むような拳を受けた佐々木君。

 今にも泣きそうな顔をしているが、その眼はギリッと相手を見据えて離さない。


 なんで、こんな所に、佐々木君が――。


「あんだぁ、おめぇ。オタクは引っ込んでろ」


 女不良に凄みを効かされても、その眼はそらされることはなかった。


「どかない」


 ただシンプルにそう答えた佐々木君。


「ダメだ、逃げて佐々木君」


 私のせいで彼が傷ついてしまった。

 それだけでも耐え切れないのに、これ以上私をかばったら、彼が無事でいられるはずがない。


「安藤さん」


 しかし、彼は一歩も動かない。


「僕、君の事誤解してたよ」


 目の前の不良を見据えたまま、それでも私に何かを伝えようとしてくる。


「安藤さんのこと不良だと思ってたし、怖い人だと思い込んでた」


 何も間違ってない。

 私は不良だし、怖がられて当然の人間だ。

 クラスメイト達みたいに、佐々木君と並んで笑っていられるような人間じゃなかったんだ。


「でも、違った。安藤さんは優しくて、素敵な、僕の友達なんだ」


 そう言うと、彼は私を振り返っていつもの頼りなさそうな笑みを浮かべた。


「だから、僕にも君を守らせてよ」

「こっちを無視して、かっこつけんじゃねぇよ!!」


 彼の背後から、先ほど佐々木君に傷をつけた不良が再び殴りかかってこようとしていた。


 その拳が、彼に届かんとしたその瞬間。


「はいはい、そこまでっすよ!」


 その拳を横から止める者がいた。


「マリナ!」


 そこには、不敵な笑顔を浮かべているマリナがいた。


「あんたら、俺らの姉さんに何してんすかねぇ」


 言い終わらないうちに、相手は左足で蹴りを繰り出そうとしてくる。


「許さない」


 そしてその地面に残った右足を蹴り払う者がいた。


「ぐわっ!」


 勢いよく尻もちをついた不良を倒れさせたのは、アキラだった。


「なにすんだてめぇら!」

「くそっ! やっちまえ!」


 加勢に来た二人によってリーダーの女が転がされたことにより、周囲の不良たちに動揺が走るが彼女らもこのままではいけないと思ったのか、二人に襲い掛かってきた。


「マリナ! アキラ!」


 なんで二人がこんな所に――。

 地面に倒れわき腹を抑えている私に向かって、口を開いたのはアキラだった。


「そこの人が、教えてくれた」


 襲い掛かってくる不良たちの攻撃をいなしながら、アキラは私の目の前に立っている佐々木君を顔で示した。


「佐々木君が?」


 目を見開いてしまう。

 彼がそんな事をしてくれるとは思っていなかった。

 当の本人は、殴られる寸前まで立っていた場所に立ち尽くしている。

 放心状態、というやつかもしれない。

 まぁ、争い事に慣れていない彼からしたら、こんな場面に飛び込むのすら怖かっただろう。


「そのオタクがさ、姉さんが危ないって俺たちに声をかけてくれたんだ」


 そう言ったマリナは敵から奪いとった金属バットで、続々と向かってくる相手を倒している。

 その顔は、先ほど佐々木君を『どこぞの馬の骨』と称した時よりどこか嬉しそうだった。


「しかも、姉さんの危機に飛び込んで身代わりになるなんて、大した奴だぜ」


 言い終わると同時に、手にしていた金属バットをフルスイングし、相手にしていた不良をダウンさせる。


 それが決定打となり、残って居た不良たちも散り散りにその場から逃げて行った。


「おい、起きろよオタク」


 その場を制圧できたことを確認してから、マリナは佐々木くんの頬をぺちぺちと叩く。

 それにより放心していた佐々木君は、ハッとした表情を浮かべ我に返った。

 意識を取り戻すなり地面に倒れたままの私の傍に膝をつくと、彼は私の肩をガッと掴んだ。


「大丈夫!? 安藤さん!」

「あぁ、大丈夫だよ……」


 心配をかけないようにそう言うが、彼は納得していないようだ。


「あぁ……肘すりむいてる、あざもできてるし……。っ! 安藤さん、顔にも怪我してるじゃないか……!」


 私の身体の一つひとつを指しながら、まるで自分の事のように顔をしかめていく。

 こんなのはいつもの喧嘩で慣れているし、私からしたら佐々木くんの顔面の腫れの方が痛々しい。


 それでも、こうして私を女の子として心配してくれている佐々木君の言葉が嬉しくてたまらなかった。


「ふふ、佐々木くんは、本当に優しいな」


 一度笑みを浮かべてしまうと、つい顔が緩いんでしまう。

 彼は「今はそこじゃないでしょ……」と呆れ顔だが、それでもホッとした表情を浮かべていた。


「佐々木くん」


 気づくと私は、隣へ座り込んでいる彼をじっと見つめていた。


「あたいは、カッコいい佐々木君が好きです」


 気持ちがしっかり伝わるように。

 真剣な顔で言う。

 喧嘩の時の比でないくらい目に力が入っていると思う。


「えっ」


 彼は不意を突かれたように、目を丸くして変な声を出した。


「僕、全然かっこよくないと思うんだけど……」

「そんな事ないよ」


 驚きながらも、否定をする彼。

 しかし、間髪入れずに私は首を振る。


「佐々木君はかっこいいよ。こうしてあたいを助けてくた」


 本当に。

 あの時、私の前に立ち塞がってくれていた彼は、かっこよかった。

 それこそ、どんなアニメの主人公よりも。


「それに、あたいはずっと、嬉しそうに好きなものを語る佐々木君が好きだったんだ」


 言って目を細める。

 1年の時からずっと、私の隣の席で嬉しそうに話をする佐々木君。

 その眼はキラキラと輝いていて、とても楽しそうだった。


「そう、なの……?」

「そうだよ。私は佐々木君が好きなんだ」


 はっきりと、彼の瞳を見つめて言う。

 彼もその眼を離さない。

 そんな時間がどれくらい続いただろうか。

 沈黙を破ったのは彼の方だった。


「っ、僕は」


 声に出してから言葉に詰まる。

 しかし、彼が何かを言おうとしているのを、今更私が邪魔は出来ない。


「僕は、最初、安藤さんの事が怖かったんだ」


 目を伏せて彼は言う。

 知っていた事だ。そんな事では今更傷つかない。


「でも、安藤さんは僕を助けてくれた。だから、きっと優しい人なんだって思った」


 伏せていた視線を上げる佐々木君。


「君が、僕に付き合ってアニメの話をしてくれて、最初はどうしてだろうと思った。けど、そんな事はどうでもよくなるくらい、安藤さんと過ごす時間は楽しかったんだ」


 それは思ってもいない言葉だった。

 私も佐々木君と過ごす時間がとても楽しかった。

 けれどそれは、私だけじゃなかったと知れて、とても嬉しい。

 泣きそうなくらい嬉しい。


 しかし、彼の言葉はそこで止まらなかった。


「僕も、安藤さんが好きです。僕と付き合って、くれますか」


 目を見つめ合ったまま、佐々木君の口から発せられた言葉が信じられなくて。

 私はじっと彼の瞳を見つめていた。


「えっ、と……嫌、かな……」


 返事が無いことに不安になったのか、彼に声をかけられてようやく、これが私の幻覚でないことに気付いた。


「いや、なわけない。……こっちこそ、よろしく、な」


 あまりに嬉しすぎて、涙が出そうだった。

 でも、こんな所で泣いてしまったら、また佐々木君に心配をかけてしまうかもしれない。

 だから、私は顔を佐々木君からそらして、慌てて立ち上がる。

 そしてまだ座ったままの彼に手を伸ばして立ち上がらせた。


 気恥ずかしさを隠すように、路地裏から大通りに出ようとすると、そこにはニヤニヤとした笑みを浮かべているマリナとアキラの姿があった。


「いやぁ、よかったっすねぇ、姉さん」

「静香さん、幸せそう」


 一部始終を見ていたらしい、二人のからかうような言葉に、余計顔が熱くなるのを感じた。


「うるせぇ! 散れ散れ!」


 二人に対して手をぱっぱと振る。

 奴らは「「はぁい」」と返事をして先を歩き出す。


ふと、遠くに目をやると、こちらをじっと見ている一組の男女の姿が見えた。

 その姿には見覚えがあり、よく見るとくっつけ屋の青海と霧島のようだった。

 青海がこちらに気付くと、ぐっと親指を立ててきた。


『おめでとう』


 と、その唇が動いた気がした。

 私は軽く頭を下げると、先を歩くマリナとアキラの後に続く。


 2人の後ろを追うように歩き出した私へ並ぶように、佐々木君も追いついてくる。

 隣を並んで歩いてくれている彼の表情は柔らかく微笑みを浮かべていた。

浮かんでいる佐々木君のその表情は、いつか私が憧れた彼のその表情そのものだった――。

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