第10話「嫌な予感ほどよく当たる」

 授業だなんだと過ごしていると、あっという間に放課後がきてしまった。

 最近――佐々木君と話が出来るようになってからは特に、それが早くなったような気がする。

 それだけ彼といる時間が楽しいということだけど、だからこそ学校を去らなければいけない時は少し寂しい。


「あねさん、なんか今日元気なくないっすかー?」


 帰るために後にした学校の校舎を振り返り、物思いにふけっているとマリナに声をかけられる。


「えっ!? そ、そうか……?」


 たった今考えていた事を悟られないように、いつも通りを意識して反応を返す。

 すると、隣を歩いているアキラが口を開いた。


「マリナ、違う。逆」

「ん? どういうことだよ?」


 頭をかしげ、アキラの言葉の真意を考えてるマリナだが、すぐに考えるのをやめたようだ。


「教えろよ、アキラ」


 今にもくってかかりそうなマリナに、アキラは微塵も調子を変えずに答えた。


「静香さん、元気ないんじゃない。寂しいだけ」


 アキラの言葉に驚き、「ゲホッゲホッ」とつい咳き込んでしまう。


「寂しい? どういう事っすか、あねさん」


 それに、すかさず乗っかるようにして、マリナが問いただしてきた。

 それに何と答えたもんか、と口ごもっているとマリナが「あっ!」と大きく声をあげる。


「もしかしてあいつっすか、あねさん! あの冴えないオタク野郎っすか!?」

「な、なんのことだ……?」


 誤魔化してみるが、佐々木君の事を言っているであろうマリナは、腑に落ちた、というような様子で何度も一人で頷いていた。


「そうか、そういう事っすか……。私らのあねさんが、あんなどこの馬の骨とも知らない男に……!」


 ありえない、とでもいうような顔をしているマリナ。

 その隣で黙っていたアキラは、はぁ、と溜息を吐く。


「マリナ勝手なこと言ってる」

「どういうことだよ?」


 アキラの言葉にマリナは食いついた。


「私たちの気持ちより、大事なのは静香さんの気持ち」


 自分を睨みつけているマリナの視線をものともせず、アキラはきっぱりと言い切った。

 それにマリナもぐっと言葉を失う。


「それも、そう……か」


 唇を嚙みしめながら沈黙をしていたマリナが、次に口を開いた時に彼女は、真剣な面持ちでこちらをじっと見つめてきた。


「あねさんは……あのオタク野郎が好きなんすか」


 それは、息を飲むほど真剣な表情だった。

 好きか、という問いに対しての答えは、今の私にはたった一つだった。


 『好きだ』


 ただ、それだけの言葉。

 そういうだけなのに、マリナに対してそれを言う事は、私にはできなかった。


「ばっ――ばか!」


 『そんなわけないだろ』と、言いかけたけれど、言えなかった。

 それを言ってしまったら、今の自分の気持ちを全否定することになってしまう。

 でも、素直に頷くことも出来ない。


 だから苦し紛れに「先帰るわ」とふいっとマリナに背中を向けて歩き出してしまった。

 後ろではマリナが私を引き留めようか迷っているようだったが、それを振り切るように私は歩みを早める。


 あぁ、ちゃんと佐々木くんを好きだと言えたらいいのに。

 私だって、クラスメイトの女子達のように友人と恋バナに花を咲かせたい。

 けれど、私と佐々木くんでは取り巻く環境があまりにも違いすぎる。


 悔しい。


 そんな事を考えていると、いつの間にか駅近くの繁華街まで歩いてしまっていた。

 ここらは顔をきかせて仕切っている面倒な不良が多い。

 何も考えずに来てしまったが、早くここを去った方がいいだろう。


 そう思っていた矢先。


「おい、あんたが安藤静香だろ」


 嫌な予感を感じている時に背後からかけられる声に、いい思い出はない。


「何のようだ?」


 ため息混じりに睨みを効かせながら背後を振り返ると、そこには10人近い女不良達の姿があった。


「ちょっくら、顔かせよ」


 そのリーダー格のような、迫力のある女が親指で他所を示す。

 ……面倒なことになりそうだ。


* * *


 不良達に呼び出された場所は、繁華街から少し離れた、人の気配の少ない路地だった。

 こんな場所に、大勢の自分をよく思っていないであろう人間たち。

 嫌な予感は見事的中、といったところだろう。


「この前はうちのが、随分世話になったみてぇだな?」


 先頭に立つ女がコキコキと首を鳴らす。

 その手にはいつの間にか鉄バットが握られている。

 ここで何か相手を刺激する事を言うのは得策ではない。

 黙っている私に構わず、女はバットを手にしたまま「はぁあ……」と伸びると、再びそれを握り直し、言った。


「てめぇには……痛い目みてもらうぜっ!」


 言うなり飛びかかるように殴りかかってくる女。

 私は振り下ろされた鉄バットを、身体をずらして避ける。

 ここまでは予想できていた動き。問題はここからだ。


「だりゃぁああ!」


 威嚇するような声と同時に、今度は隣から拳が飛んでくる。

 それを寸前で避けた。

 そしてすかさず、パンチを繰り出してきた女の懐に潜り込み鳩尾≪みぞおち≫に拳をお見舞いする。

 不意を突かれた相手は、そのまま後ろに尻餅をついた。


 次の攻撃に備えようと背後を振り返った瞬間。


――ガッ


 こちらの脇腹に何かが当たる感覚がする。


「っぐ――」


 きっと、相手の長物の武器だろう。

 一瞬怯みそうになる気持ちをグッと立て直し、そのまま相手の手にある木材を掴み、持ち主を引き寄せる。

 そして相手の腹に膝蹴りをお見舞いする。


 ――ドサッ


 相手は地面に倒れ込み、呻き声を上げる。


 そうして何人かダウンさせていくが、それ以上にダメージを受けている自分の身体。

 向かい合う相手サイドはまだ数がありそうだ。


(これは……まずそうだな)


 苦笑を漏らす唇には既に血が滲んでいる。

 これで病院送りになったら、佐々木くん心配するかな。

 もしかしたら、やっぱり不良は……と軽蔑されるかもしれない。


 あぁやっぱり。

 私は普通の女の子でいれば良かったのかな――。


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