第9話「憧れる君の隣で」

 初めて勇気を出して佐々木くんに、アニメの話を切り出してから、私たちは時々作品語りに花を咲かせる機会が出来てきた。

 大体は授業の中休みとか短い時間で、どちらかの席に集まって話すスタイルだ。クラスメイト達が、今まで見たことも無い組み合わせの私たちを見て、色々と噂をしているのにも気づきだした。


『聞いたか? 佐々木、あの女番長の手下になったんだって』

『パシられてるんでしょ? かわいそー』


 その根拠のない噂話たちに反論したい気持ちはあるが、そこで私が声を出すと、余計に彼に迷惑をかけてしまうかもしれないと、グッと飲み込む。

 本当なら、こうして話をしないのがきっと彼のためには一番なのかもしれないが、一度動き出してしまった私の気持ちは止めることは出来なさそうだった。


「安藤さんはさ、どの戦闘シーンが一番好き?」


 目の前で、すぐ近くで、嬉々として好きなものを話している佐々木君。

 しかもその話は、この私と共有するためのものだ。

 こんなに嬉しいことがあるなんて、想像すらできなかった。


「んー、やっぱり、最終バトルかな。主人公がラスボスと戦うシーン」

「あーあそこ凄くいいよね! うんうん!」


 このアニメの話になると、佐々木君はずっと笑顔で頷いてくれる。

 本当にこの作品が好きで、その話を共有できる人を大切にしてるんだなぁと感じる。

 それが、周りから恐れられている、この私でも。

 とてもありがたいことだ。


「そう、主人公のさ、銃剣……っていうのかな。あの、カッコいい武器」

「ガンブレードだね! バヨネットって呼んでる人もいるけど」

「がんぶれーど……? ば、よ? ねっと?」


 いきなり出てきた横文字に一瞬で話についていけなくなる。


「あぁ、ごめん! 銃剣の事をかっこよくそう呼んだりするんだよ」


 佐々木君はバタバタと手を振って訂正する。


「本当、カッコいい武器だよね……剣の柄の所が銃なんだよ……。くぅ、かっこいいよねぇ!」


 訂正をするがすぐに再び銃剣――ガンブレード? の話を始める。


「確かに、あの武器って独特で凄くかっこいいよね」


 目の前で佐々木君はガンブレードとか、銃剣とか、バヨネット? とかの違いや、それぞれの魅力について熱く語っているが半分以上は理解できそうにない。

 それでも、こうして楽しそうに好きなものについて語っている佐々木君は、やっぱり輝いて見えた。

 それと同時に、一生懸命に解説をしようとする佐々木君がどこか可愛らしくも思えてしまう。


「ふふ。佐々木くんは本当にこのアニメが好きなんだな」


 つい、そう口にしてしまうと、佐々木君は頭をかいた。


「うん、そうかも……」


 恥ずかしそうに頷いた佐々木君は、話題を変えようと思ったのか、パチンと手を叩いた。


「あ、そうだ、安藤さんの好きなキャラはどの子だったりする?」

「うーん……好きなキャラかぁ……」


 尋ねられて、考え込んでしまう。

 アニメを見た限りではどの子も可愛く魅力的だったから、中々即答するのは難しい。


 悩んでいる私に、佐々木君は自分のスマホを操作してその画面を私に見せてくれる。


「これ、ファンアートのイラストなんだけどさ。凄く絵のタッチが好きでね」


 佐々木くんの差し出したスマホ画面には金髪ツインテ―ルの主人公がアニメとはまた違う、水彩っぽいタッチで描かれている、とても綺麗なイラストが映し出されていた。


「あ、それ分かるかも。凄くこのイラストいいね」


 見とれてしまうほど綺麗なイラストだ。

 とても美しいし、それでいて主人公の可愛さや芯の強さが描かれている感じがする。


「佐々木君は、主人公が好きなのか?」


 私が尋ねると、あっけなく佐々木君は頷いて見せた。


「うん、僕は主人公が一番好きかなー」


 言われ改めて主人公を見る。

 現実ではありえない金色の美しい髪の毛を、高い位置で結びツインテ―ルにしている。

 可愛らしい見た目をしているが、その眼は鋭く迫力もある。


 女の私からしても魅力的なキャラクターだが、そうか……佐々木君は、この子が好きなのか……。


 ジーっと画面を見つめ、自分の茶色に染めた髪の毛を触る。


「確かに、主人公ちゃん可愛いよな。……私も、同じ髪型にしようかな……」


 もう何度か脱色はしてるし、こんなに綺麗な金色には染まらないかもしれないけれど、きっと近い色にはできるだろうし。

 ツインテールは恥ずかしいけど、佐々木君が好きなら……そういうイメチェンもありかもしれない。


 真面目に金髪ツインテ―ルへどうやって近づけばいいか、考えていると佐々木君が「ええっ!?」と声をあげた。


「安藤さんは、そのままでも可愛いと思うけどなぁ……」

「あぁん?」


 突然、佐々木君に面と向かって『可愛い』なんて言われてしまい、つい癖でヤンキーっぽい返事をしてしまう。

 佐々木君はその反応を見て、私の気に障ったのだと思ったらしく、ひっ、と息を飲んで速攻で頭を下げてきた。


「ご、ごめんっ!」


 心臓が飛び出るほど嬉しい言葉だったはずなのに。

 突然投げかけられて、驚いた拍子にすごんでしまった。

 それが結果的に佐々木君を怖がらせてしまい……数秒前の私を殴り倒したい気持ちでいっぱいになった。


 チラリと佐々木君を見ると、下を向いて身体を震わせている。


「あの、さ。その……佐々木くんは、私の事、そう思ってくれてるのか?」

「えっ?」


 ふっと佐々木君が顔をあげる。

 それに視線が合わないように、慌てて宙を見る。


「その……か、かわいい、って……」


 口に出して、改めて顔が熱くなる。

 自分でその話を掘り返すなんて、何を考えているんだと思うけれど、もう一度佐々木君の口から聞きたかった。


 けれども、佐々木君から返事が返ってこないところを見ると、もう一度言っていいものか、考えあぐねているのかもしれない。


「いや、じゃなかったんだ……。ちょっと、その。ビックリしちゃって」


 そこまで言うと、佐々木君がホッとしたように息を吐くのを感じた。


「僕からしたら、安藤さんは綺麗な人だと思うよ。でも、時々可愛い事言ったりするから……さっきはつい、可愛いっていっちゃったんだ」

「そ、っか……」


 改めて佐々木君の口から、私への印象を聞けて嬉しい。

 でも、どう反応していいか分からない。

 もう彼を怖がらせるのはいやだ。


「でも」


 どう返事をするか悩んでいると、佐々木君が話を重ねてきた。


「今の安藤さんは、凄く可愛いと思う。なんかこう……ツンデレって感じがして」

「!?」


 息を飲んで、目を見開く。


「……っ、ちょっと出てくる」


 ガコンと椅子を倒してしまうが、それを直す余裕もなく教室を飛び出してしまう。


 佐々木君の事だから『やっぱり嫌だったのかな……』と心配してしまっているかもしれない。

 だがそれよりも、恥ずかしさとか嬉しさとか、そういう感情がぐるぐると胸の辺りで暴れまわっていて、これ以上佐々木君の傍にいるのに耐えられそうになかったのだ。


 教室の外にでて、トイレに駆け込み、震える手で取りだしたスマホで青海にメッセージを送る。


『佐々木君に』

『可愛いって言われた』

『でも怖がらせてしまったかもしれない……』


 感情をそのまま文章にする。

 メッセージにはすぐに既読が付き、返事が返ってくる。


『やったな!』

『気にするなよ』

『安藤の場合、超怖いからのスタートだから、いい方にしか進まないって』


 メッセージの最後に、親指を立てた狼のスタンプが送られてきた。

 なんとも青海らしいやり取りだなぁ、と思うと同時に暴れていた心が落ち着いていくのを感じる。


 そうこうしていると、そろそろ休憩時間終了の時間が近づいてきたので、教室に戻ることにする。


 もっともっと、佐々木君の事を知りたいし、仲良くなりたいと思う。

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