第8話「女の子扱い」
「なんだあの、凄く燃える作品は……!!」
レンタルDVDショップで、佐々木君が好きだというアニメを借りた私は、その週末のうちに全24話を一気見してしまった。
そして、くっつけ屋の部室に足を運ぶなり、その場にいた青海や霧島達に思いの丈をぶつけてしまう。
「最初は、こんな可愛らしい子がバトル物の主人公なんて、変わってるなぁって思ってたけど、まさかあの子に、あんな過去があったなんて――!」
先週柊から受け取ったアニメのホームページのプリントを握りしめる。
「しかも彼女たちにあんな、過酷な運命が待ち受けていようとは――! はぁ~、見終わってからしばらく何も手に着かなかった……」
そんな私の様子を見ていた青海は、はは、と笑った。
「安藤さんがそんなにアニメに没頭する人だと思わなかったから、ちょっと面白いな」
「……そうか?」
まぁ確かに、今までドラマなんかは夕食時とかにテレビで流れていたら見ていたが、アニメなんかは見る機会がなかった気はする。
だが、見たことないからと言って面白くないとは思わないし、そんなに毛嫌いしているわけでもない。
「見てみて、面白いものはやはり夢中になって観てしまうけどなぁ」
私はアニメとかとは程遠いイメージを持たれていたのか。
まぁ、それもそうか。
スケバンなんてやっている女が、そういうのを見てたら意外かもしれないな。
「まぁ、安藤さんのこれまでの印象はともかくとして。その作品への熱量をぶつければ、佐々木君も安藤さんへのイメージが変わるかもしれないわね」
少し言葉に詰まっていた私に、霧島が助け舟を出してくれる。
「そう、か……」
たぶん今、佐々木くんは私に対して「絡んできた不良から自分を助けてくれた不良」くらいにしか思ってないと思う。
結局他の不良と私はほとんど何も、変わらない存在なのだ。
そんな私が、彼に想いを伝える土俵に立つためには、少しでもその印象を変えていかなければいけないだろう。
「うん、佐々木君の反応がちょっと怖いけど……伝えてみるよ。それで何かが変わるなら」
頷く。
そうだ、何かが変わるなら。変わる要素があるのなら。
自分が動き出さなければいけないのだ。
「まぁ、安藤さんが楽しんでそのアニメを見れたのが何よりですね。その感じであればきっと大丈夫でしょうし」
「まぁ、そうだな……。そう、なんだけどな……」
言われ、確かにそうなのだが、一つだけ引っかかっていた想いを口にしてしまう。
「あのアニメの女の子達、みんな凄く可愛くてさ……。私とは全然違ってて。佐々木君はああいう子が好きなんだなぁ、って……」
作品は確かにとても面白かった。しかし、登場する女の子の可愛さに武骨な自分を重ねて落ち込んでしまった場面もあった。
話を聞いていた青海と霧島は顔を見合わせている。
そしてそれに口を開いたのは霧島の方だった。
「安藤さんは、凄く可愛らしい乙女ですよ。きっと佐々木くんも安藤さんのそういう一面を知れたら、好意を抱いてくれると思いますよ」
その顔はにこやかに緩んでいて、こちらは笑い事ではないんだけどなぁ……と、少し思ってしまう。
そっと青海の方を覗き見ると、彼も同じような表情を浮かべていた。
「とりあえずさ、佐々木君に話しかけてみようぜ。話はそれからだろ」
誤魔化しているつもりか、口元を手で隠して話題を変えようとする青海。
その口元はきっと、霧島と同じように緩んでいるのだろう。
だが、その意見にも一理あると納得した私は頷いて見せた。
「そうだな。……分かった、頑張ってみる」
頷き、私はくっつけ屋の部室を後にすることにした。
決戦は次の15分休憩の時間だ――。
* * *
――キンコンカンコーン
昼休み明け一発目の授業が、チャイムと同時に終わった。
授業の内容が数学だったこともあり、クラス内はぐったりとした生徒が多く見受けられる。
そんな中、先ほどから私は授業の内容よりも昼休みに佐々木君になんて言って声をかけようか、という事でいっぱいいっぱいで手が震えるほど緊張していた。
クラスの皆が友人の席の近くに集まったりする中、私はそっと自分の席から立ち上がり、一人スマホを眺めている佐々木君に近寄っていく。
「あ、あのさっ」
彼の傍に立ち、声をかける。
両手をぎゅっと、痛いとすら思えるほどぎゅっと、握りしめる。
佐々木君は何だろう? という風に顔をあげてから、私の顔を確認して一瞬顔をこわばらせる。
そうだよね。
やっぱり、佐々木くんは私の事、怖いよね。
辛い気持ちで胸が締め付けられるようだったが、握りしめた両手の痛みに背中を押され、再び口を開いた。
「佐々木くん、さ。このアニメ、好き、なんだろ……っ?」
言い終えてから、自分の言葉が裏返っていたように思えたが、もう後戻りはできない。
恥ずかしい気持ちを少しでも紛らわせようと、丁寧にたたんでポケットに入れておいた、例のプリントを机の上に出す。
「えっ……あ、あぁ!?」
佐々木くんはそのプリントを見た瞬間、一気に声のトーンが上がった。
「うん! この作品、僕凄く好き!! もしかして……安藤さんも好き、なの?」
その顔は、声色に負けず劣らず嬉しそうに綻んでいて、私はひとまずホッと息を吐く。
どうやら初動で嫌われたりはしていないようだ。
「あ、うん……。最近見たんだけどさ、すっごく熱くて、好き、なんだ」
チラチラと佐々木くんの表情を伺い見る。
彼は更に顔を緩ませると、うんうん! と頷いて見せた。
「この作品すごく熱いよね! 特にさ、最終回間近のあのシーンなんかさ――」
一度火が付くと、止まらなくなってしまったのか、鼻から蒸気が出そうなほど興奮して佐々木君は作品について語りだした。
それはいつも隣の席から覗き見ていた、楽しそうにアニメを語る佐々木くんそのもので、私は一気に目が離せなくなった。
「あ……ごめん、一人で盛り上がっちゃって。引いた、よね。ごめん」
そんな私の態度に不安を覚えたのか、佐々木君が口ごもっていく。
違うんだ、そういうんじゃないんだ。
必死に弁解しようと思うが、なんて声をかけるのが正解なのか分からない。
一生懸命、考えを巡らせていると、プリントの中で勇ましく立っている主人公の姿が目に入る。
「私は――」
彼女が物語中で言っていた言葉。
「私は何にも負けない。この想いが私の中にある限り。自分自身にさえも」
言ってから、一気に恥ずかしさがやってきて顔が赤くなる。
「――ってセリフが、凄く好き、だな」
すると間髪おかずに佐々木くんが私の手をぎゅっと掴んだ。
「分かるっ! あそこすっごくいいよね!! 僕、何度見てもあのシーンで胸が熱くなるよ……!」
一層強く手を握りしめてから、我に返ったようで慌てて私の手を離す。
「あ、ごめん……。女の子の手を気安く触っちゃって……」
さっきまでの勢いが嘘のように、いきなり萎んでいく佐々木君の熱意。
そんなことない、嬉しい。
と、口にしようとした瞬間、無情にもチャイムが鳴った。
――キンコーンカンコーン
こんなにも軽い音に引き裂かれるように、私は自分の席に戻った。
結局何も言えないまま。
戻りながら、休み時間が始まった瞬間にはどんよりとしていた教室内の空気が、若干温かくなっているような気がした。
そして、何故か私の方に視線が集まっている気配も。
しかしそれは、これまでに体験してきた、恐怖など一歩置くような視線とは違い、好奇心の滲む視線だった。
今までの視線が青く暗い色とするなら、今のはそう――ピンク色といった感じか。
その視線にむずかゆい心地を感じながら席に着くと、ほどなくして授業が始まった。
授業中には、佐々木君に握られた手の感触と、その手を離した時の佐々木くんの声がずっと残っていた。
『あ、ごめん……。女の子の手を気安く触っちゃって……』
『女の子』として見てもらえた。
不良とか、女番長とか、スケバンとかじゃなくて、女の子として。
その事がとても、とても嬉しくて。授業中何度も思い出し笑いをしてしまうほど。
この日が私にとって、かけがえの無い日になったのだった。
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