第7話「最初の作戦はアニメ鑑賞!?」

 放課後に『くっつけ屋本舗』という一風変わった謎の団体の部室の扉を叩いた私。

 入るまでの間に、部室の前を何度も行き来して、通り過ぎる生徒に不審な目を向けられたりもしたが、そこを出てきた時には、晴れ晴れとした気持ちだった。

散々悩んだけれど、勇気を出してお願いしてみてよかったな、と思った。


 先ほどまで緊張で固くこわばらせていた身体が、廊下を歩いていくうちにほぐれていくのを感じる。

 握りしめていた手を軽く開くと、スカートのポケットに潜り込ませる。


「あねさん!」


 すると、背後から甲高い声に呼び止められる。

 振り返るとそこには、金色に染めたボブカットの髪の毛を揺らしながら走ってくる女生徒の姿があった。


「おぉ、マリナ。どうした?」


 私の事を慕ってくれている1学年下のマリナは、ようやくそばまで追いつくと、立ち止まり大きく深呼吸をしながら息を整えた。


「はぁ……はぁ……。どうした、じゃねぇっすよ! あねさん、気付いたらいつの間にか居なくなってんだもん! 俺達、一生懸命探したんすよぉ」


 息を整え終えて腰に手を当てるマリナ。「もう、あねさんったら!」とわざとらしく叱ってくる様子は、なんだか妹が出来たみたいでいつも微笑ましい。


「マリナ、早すぎ」


 先ほど、マリナが走ってきた道をゆっくりとしたスピードでもう一人女生徒が歩いてきた。


「静香さん、困ってる」

「アキラも来てくれたのか」


 マリナとそっくりなボブカットの黒髪を揺らしながら、もう一人の後輩であるアキラが歩いてくる。


 女の子らしくて可愛い名前なのに、自分の事を『俺』と呼び男勝りな喋り方をするマリナと対照的に、アキラは無口であまり喋らない。

 以前理由を聞いた時に、アキラは顔に似合わずとてもハスキーな自分の声をとても気にしているらしく、あまり声を出したくないそうだ。

 私は、そんなアキラの声もとても好きなんだけどなぁ。


「二人とも、心配かけてごめんな? 帰ろうか」


 私の目の前で睨み合っているマリナとアキラの肩をポンっと叩くと、二人は声をそろえて


「「はいっ!」」


 と頷き、私の後についてきた。

 マリナは駆け足で、アキラはゆっくりとした歩幅で。

 二人と足音を並べながら、私は学校を後にした。


* * *


 翌日、昼休み。

 生徒たちがざわざわと校内を行きかう時間帯。

 普段ならその喧騒から逃れるように、いつもの校舎裏へ足を運ぶはずの私だったが、今日は違った。


 最近校内に張り出されている、カラフルなチラシ。

『くっつけ屋本舗』の活動を知らすためのその紙と共に、同じようにポップな雰囲気で『こちら、くっつけ屋本舗部室』と描かれた主張の激しい張り紙に、示された件の部室の前に私は立っていた。


 今朝、朝起きて確認したスマホに入っていた


『佐々木君の情報が手に入りそうなんだ。今日昼休みにでも来れないか?』


 という、青海からのメッセージに呼ばれるまま、私はここに来たのだった。

 正直、一日二日で何か話が進むなんて思っていなかったので、その行動の早さには正直驚いた。


『分かった、昼休みにそっちに行くよ』


 と、返事をして来てみたはいいものの、実際に来てみると中々入るのに勇気がいる。

 そうやって、扉の前で数分悩んでみたが結局、覚悟を決めて扉を開いた。


――ガラッ


 開くとそこには、昨日会った青海や霧島だけでなく、三人の男女の姿があった。


「お、噂をすればだな」


 青海が部屋の中心からこちらに手を振る。

 そして部室内にいるほかのメンバーに私の紹介をしてくれた。


「彼女が、安藤さん。今回の依頼人だ」

「よろしく頼む」


 青海の言葉に合わせて頭を下げると、近くに居た小柄な少女がワーッと手を挙げてこちらに駆け寄ってきた。


「私は桜野桃香です! よろしくおねがいね!」


 少女は私の外見に怯むことなく、私の手を掴んできた。

 これまでの人生で、そんな事を私にしてきた同級生の同性は初めてで。

 戸惑いつつも握られるまま、されるがままにしていると彼女の嬉しそうな顔が目に染みてきた。


「ありがとう」


 恥ずかしさを隠すように呟くと、桃香と名乗った少女は笑顔を浮かべたまま手を放した。


「桃香、そのくらいにしろよ。話が進まなくなるぞ」


 後ろから青海が桃香に声をかける。


「分かったよぉ」


 桃香は渋々といった様子で、私から少し離れた位置まで距離を取った。


「すまんな。佐々木君に関する情報が入ったんだ」


 そう言うと、青海は奥の方に佇んでいる髪の短い釣り目気味の女子生徒に視線をやった。


「はいな。じゃあ、それはウチから説明しよか」


 関西弁でしゃべるその女子生徒は、手元からファイルに入ったプリントを何枚か出してきた。

 それは、何やらアニメのホームページを印刷したもののようで、可愛らしい少女のキャラがポーズを決めているイラストがそこにはあった。


「これは、何だ……?」


 表紙になっているプリントを手に取る。

 そこには、ブロンドの髪をツインテ―ルにして、なにやら銃の形をした武器を構えた美少女の姿。

 一見、バトル物のようだが、主人公を無理に美少女にする必要はあるのだろうか……?

 こんな細い身体で、こんな重そうな武器を構えるのはきっと物理的にとても辛いだろう……。


「佐々木君が好きなアニメらしいんや。オタク界隈では人気が高い作品みたいやで」

「なるほど……」


 ずっと思っていたが、オタクの人が好きになるものはかなり興味深いな。

 常人ではこんな作品思いつかない気がする……。


「もしよかったら、それを見てみたら、佐々木君との話のタネになるんじゃないかって思ってさ」


 青海が隣からそう付け足す。


「せやせや。オタク君は自分の好きな物を共有できればきっと好感度あがるでぇ」


 柊と名乗った少女は自分の言葉にうんうんと頷きながら、もう一枚用意していたプリントを指さした。


「佐々木君は、この主人公のキャラが好きみたいやで」


 そこにはキャラクター紹介の文面が書かれた、紹介ページの印刷プリントがあった。


「分かった。とりあえずこのアニメ見てみるよ」


 二枚のプリントを受け取り、その場にいたメンバーに頭を下げる。


「どうもありがとう」


 そして、プリントを丁寧にたたんで、スカートのポケットにしまうと「じゃあまた」と部室を後にする。

 今日の放課後にレンタルDVDショップにでも寄って、教えてもらったアニメを借りてみようと考えながら、私はマリナとアキラの姿を探すことにした。


これで、佐々木君と話をするきっかけが出来るなら。

そう考えただけで、自然と笑みがこぼれてしまう。

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