第6話「あたいの恋を叶えてくれ」

 放課後、くっつけ屋にやってきた、突然の依頼人。

 学内一の女不良である、安藤さんは俺たちに頭を下げていた。


「あたいの恋のキューピットを……どうか、手伝ってくれませんか」


 それは流石と言うかなんというか……見事なお辞儀だった。

 確かに今、恋のキューピットをして欲しいって言ったよな……?

 あの、安藤さんが。

 恋のキューピット。

 中々結びつかない二つの言葉を、脳が必死に処理しようとしているのを感じる。


「えっと、安藤さんは……その、誰の事を好き……ナンデスカ」


 女不良のトップを前に、つい普段使わない敬語が出てしまう。

 問いかけられた彼女は「あ、それは……」と言葉を詰まらせながら、その顔を徐々に赤く染まらせていった。


「同じクラスの、さ、佐々木君が好き、なんだけど……っ」


 赤い顔を下に向けながらも、声を振り絞って言う安藤さんは確かに、恋する乙女の顔をしていた。

 先ほどまで安藤さんに『お礼』を言いたいといっていた佐々木君。

 彼の事を好きだという、安藤さん。

 登場人物は同じなはずなのに、先ほどまでとは全く違う状況に戸惑ってしまう。


「佐々木君、ってあのメガネの彼だよな……? なんで彼を……?」


 正直、安藤さんと佐々木君の接点が見当たらない。

 俺が恐る恐る尋ねると、彼女は「それは……」と両手を握りしめたまま口を開いた。


* * *


 私が佐々木くんを気にし始めたのは、入学してすぐの頃。

 高校に入ってすぐのクラス替えで、私は佐々木君と同じクラスだったんだ。

 その時から私は嫌な目立ち方をしていて……中学の時にかなり荒れてたのもあるんだけどさ。誰も周りに寄り付こうとしなかったんだ。

 それは別にいいんだ。自分の蒔いた種だし。仕方ないと思ってる。

 でも、やっぱりクラスの奴らと話してみたいと思っていた時期が、私にもあったんだ。


 そんな時に、私は佐々木君の存在を知った。

 周りから遠巻きに見られている私の隣の席になった佐々木君は、昼休みになるとそこで一生懸命アニメの話を友達としてた。

 アニメとかゲームとか、私はよく分からなかったけど、楽しそうに好きなものの話をしてる佐々木くんはとても生き生きとしてて、そんなに好きなものがあるなんて羨ましいなぁって思ってた。

 あんなに熱中できる好きなものがある佐々木君が、その時の私には輝いて見えたんだよね。


 そして何より、私が隣に居たとしても気にすることなく席で話をしていた彼の存在が、私にはありがたかったんだ。


 2年になっても佐々木君と同じクラスになれたときは本当に嬉しかったよ。

 また、彼の姿を近くで見ていられるんだ……って。

 その頃にはもう、私の悪名は広がってしまっていて、本格的にクラスの奴らとは話すことは無くなってしまっていた。


 そんな時に、帰り道にたまたま佐々木くんの姿を見つけたんだ。

 彼は何か必死に走っていて、もしかしたら好きなアニメのグッズでも買いに行くのかもしれないな、とその姿を見つめていた。


 そしたら彼は不良にぶつかられてしまったんだ。

 佐々木君は優しいから、一生懸命に謝っていたんだけど、相手は勿論許してくれなくて、彼は殴られそうになっていた。

 それを見た瞬間、私の足はつい動いてしまった――。


「おい、あんたら」


 声をかけると、佐々木君を取り囲んでいた不良たちはこちらをギロリと睨みつけてきた。

 それに負けないくらい眉根に力を込めて、睨み返す。


 私達の間で、相手の力量をはかりあうように視線が何度もぶつかり合う。その時間は恐らく傍から見れば数秒の事だろうが、互いにとって気を抜けない数秒だ。

 そして、この睨み合い。先に折れたのはあちら側だったようだ。


 奴らの最後の一人が視線を外したのを確認し、すっと眼光を緩める。

 眉間に力入れ続けるのって、中々疲れるんだよなぁ。


視線が外れると同時にあちら側の一人が、メンバー内で一番発言権のありそうな奴に、そっと「――さん、やばいっす。こいつ、あの有名な――」と耳打ちしているのが聞こえた。

 どの方面で、どんな内容で有名なのかは考えたくもないが、それを聞くと耳打ちされた相手は舌をチッと鳴らす。


「てめぇ、覚えてろよ」


 言うなり奴らは、さっさとその場を去っていった。

 私はと言うと、背後にいた佐々木くんに先ほどのガンつけている時の顔を見られたんじゃないかって心配と、不良丸出しの自分が恥ずかしくなって、彼になんて声をかければいいのか分からなかった。

 これを機に話したい気持ちと、恥ずかしい気持ちがせめぎ合って、結局勝ったのは恥ずかしさの方だった。


「じゃあ」


 と、彼に背を向け手を挙げると、その場を早々に後にしたんだ。

 後から、もっと何か言えることあっただろ……と激しく後悔をしたんだけど、私みたいなのが話しかけたら彼も困るかもしれないとも思った。


 だから、やっぱり今のまま遠くから彼を見ているだけでいいと思ってたんだ。

 今日までは。


 佐々木君は、どうせ私の事を不良だから怖いと思っていると思っていたんだ。

 あの日彼を助けたのは佐々木君を助けなきゃ、ってつい足が動いただけだった。

 だから、今日。佐々木君がわざわざお礼を言いに来てくれた時は、本当に嬉しくって……。

 こんな私に、他の奴らよりも私みたいな『不良』という存在が苦手なはずの佐々木君が、わざわざお礼を言いに来てくれたんだ……。

 思わず泣きそうになったよ。


 あんたたちが、佐々木君にあの場所を教えたんだろ?

 よく、あの場所が分かったなぁって感心したよ。

 誰にも言ってなかったはずなんだけどなぁ。


 それで、そんなあんた達に、お願いがあるんだ。

 あたいの、恋のキューピットをしてくれないか?


* * *


 そう言い終えた安藤さんは、俺たちの方をじっと見つめてきた。

 そしてこちらが口を開く前に、重ねるように言った。


「無理だと諦めていた気持ちなんだ……」


 彼女のイメージからは想像もつかない、絞り出すような声。

 不良の彼女とオタクの佐々木君。

 きっと安藤さんは怖かったんだろう。

 佐々木くんが彼女を怖がるよりももっと深く、彼に嫌われることが怖かったんだ。

 俺には想像する事しかできないが、それでも彼女の言葉が心からのものだというのは分かる。


「だから……あたいが佐々木くんに告白するのを、手伝って欲しいんだ……」


 両手を固く握りしめて、まっすぐにこちらを見る彼女。

 こんな一生懸命な願いを断れるはずないだろ――


「分かったわ」


 しかし、承諾の言葉を先に行ったのは、俺ではなく霧島の方だった。


「あなたの恋、私たちが叶えましょう」


 それは凛と透き通った、奴の強い意志を感じるような声色だった。

 言い終わるなりこちらをギロリと睨みつけてきた霧島の視線を受けて、俺も慌てて頷いて見せる。


「俺たちにできる限り、安藤さんの手伝いをするよ」


 だから――


「絶対に、成功させましょう」


 続く言葉を霧島に奪われてしまうが、同意するように頷いた。

 それを受けた安藤さんは、安堵したように顔を綻ばせて、


「ありがとう……」


 と頭を下げた。

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