第5話「校舎裏での一幕」

 柊に情報をもらった翌日。

 俺と霧島は佐々木君を連れて、校舎裏に向かっていた。

 安藤さんが昼休みに一人でやってくるという場所だ。

 そこは校庭や購買など、学生たちが向かう事の多い場所の反対側に位置していて、人の行き来が少ない場所になっている。


「ここら辺って、なんでこんなに暗いんだろうね……」


 三人並んで歩いているはずなのに、何故か一歩後を歩いている佐々木君がキョロキョロしながら口にする。


「多分、木の手入れが行き届いていないから、でしょうね」


 それに淡々と霧島が答える。

 奴が言う通り、生えている木の枝は伸びっぱなしになっており、空を覆い隠さんとしている。


 安藤さんは、ここで何をしているんだろうか……。

 学内一の女不良の彼女と、人通りの少ないこの場所との組み合わせはあまりに不穏過ぎる。


 そうこう話していると、情報の場所にたどり着いてしまった。

 校舎の影からその場所を覗き見ると、確かにスカートを長く伸ばした、いかにも『不良』と言うような制服を着た女生徒がいた。

 彼女が安藤さんだろう。


 安藤さんは校舎の壁に背中をつけ、コンクリートの部分に座り込んでいた。

 その手には食べかけのパンがあり、昼食時であることが分かる。


「情報通りだな」


 精度の高い柊の情報に舌を巻きつつも、隣に立つ佐々木君を見る。

 先ほどまで引け腰だった彼だが、安藤さんの姿を見ると決意が固まったのか、俺たちに頷いて見せた。


「二人とも、ありがとう。僕、行ってくるよ」


 言って彼は俺たちの居る校舎の影から一歩踏み出した。


* * *


「あ、あのっ」


 座り込む安藤さんに話しかける。

 青海君たちの前では強がって見せたが、いざこうして話しかけるとなると、声が震える。


 僕が声をかけると、安藤さんはこちらを見上げて、驚いたような表情を浮かべた。


「佐々木……くん……?」


 呟いた後、見開いた目をギッと細めて、表情を引き締めるとぶっきらぼうに続けた。


「な、何の用だよ」


 睨まれて委縮してしまったが、両手をぎゅっと握りしめ勇気を振り絞る。


「あのっ、この前……助けてくれて、ありがとう」


 言うと同時に頭を下げると、彼女は「あぁ」と肩をすくめた。


「そんな事か。気にしなくていいんだよ、当たり前のことをしただけだから」


 そう、本当に当たり前のように平然と言ってのける安藤さん。

 その姿は堂々としていて……つい、かっこいいな、と思ってしまった。


「でも、本当に助かったんだよ。だから、お礼を言いたくて……ここに来たんだ」


 重ねて言うと、彼女は驚いたように目を丸くし、そしてニカッという擬音語が付きそうな笑顔を浮かべて、手を振った。


「ほんと気にしなくていいのに。あんたって律儀なんだな。……こっちこそありがと」


 いつもクラスでは見せない、安藤さんの笑顔にしばらく見とれてしまう。

 あぁでも、このままじっと見てたらキレられるかもしれない、と慌てて目をそらす。


「いや、ほんとありがとう。邪魔してごめんね! また、クラスで!」


 これ以上話を続ける勇気が無くて、僕は慌てて手を振りその場を去る。


 去り際に、安藤さんの前に沢山のすずめ達が下りてきたのが見えた。

そこで、先ほど安藤さんの手にあったパンは、すずめ達の餌だったのだと気付く。


 学内一の女不良が校舎裏でこっそり、すずめに餌をやっているのは何だか意外だな。

 と、思わぬギャップについ笑顔が浮かんでしまった。


* * *


 放課後。くっつけ屋の拠点である空き教室へ、気付くと俺の足は向かっていた。

 結局あの校舎裏で、佐々木君は無事安藤さんにお礼を伝えることが出来たらしく、俺達と合流するなり感謝をされた。

 何度も頭を下げる彼の顔はすっきりとしており、そしてどことなく嬉しそうにも見えた。


 空き教室の扉を開くと、霧島がいた。

 こちらを気にすることなく読書をしている奴の前にカバンを置く。


「よぉ、早かったな」

「あなたが遅いだけでしょう」


 単なる挨拶にも毒を含んだ返事が返ってくる。

 こいつは、本当……!


 むかつくので、こちらも少女漫画を読もうとカバンを漁る。

 今日は前回も読んでいた不良少年に恋した女の子の漫画だ。


 それを開こうとした瞬間、教室の扉が開かれる。

 なんだ、今度は桃香か? 紅か? 

と、そちらを見た俺は一瞬で言葉を失うことになる。


「あんたら、恋のキューピットやってくれるんだろ?」


 そこに立っていたのは、スカートの丈を足首まで伸ばした『不良』スタイルの女子生徒。

 今日の昼休みに目にしたばかりの、安藤さんがやってきたのだった――。

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