第3話「女番長にお礼がしたい」


「佐々木です。2年E組の」


 桃香によって教室内に引きずり込まれた男子生徒は、おずおずといった様子で、自己紹介をした。

 細めの体格で平均的な身長だが、猫背気味に体を丸めているので、小さく見える。

 野暮ったいメガネをかけているためか、地味な印象を受けた。

 不安そうなその様子や、今にも桃香の後ろに隠れそうな姿勢から、彼が臆病な性格なのだろうと感じ取った。


「なるほど」


 頷き彼をじっと見つめていると、びくりと身体を振るわせた。


「な、何かな」


 その反応は、何度も見たものだった。

 俺は目つきも悪く、言葉遣いもぶっきらぼうになりがちだ。

 桃香曰く、知らない人から見たらかなり威圧感があるようだ。

 その上、相手は気の弱そうな、いかにも『オタク』と言う風な男子生徒。

 きっと怖がらせてしまっているのだろう。


「あー、えっと、俺は青海って言います」


 できる限り、怖がらせないように。

 優しい言葉遣いを心掛けながら自己紹介を返す。

 そして、笑顔を浮かべて手を差し出した。


「どうぞよろしく」


 佐々木くんは一瞬身構えるように固まったが、様子を覗うように俺の手を握り返した。


「よ、よろしく……」


 そんな様子を隣で見ていた桃香が、俺の顔を指さして何故か笑い出した。


「りょーくん……顔ひきつってるよ?」

「それ。もしかして笑顔のつもりですか? 気持ち悪い」


 桃香だけでなく、傍から様子を見ていた霧島にまで精一杯の笑顔をけなされ、深く傷ついてしまう。

 気持ち悪いは、流石に酷すぎないか……?


 そんな俺たちの会話を聞いていた佐々木くんが「ふっ」と笑みをこぼした。


「みんな、仲が良いんだね。いいなぁ」


 その顔からは不安の気配は消えていて、俺もホッと胸をなでおろす。

 佐々木くんの緊張がほぐれたところで、俺はさっそく本題を切り出した。


「ところで、その依頼ってのはどんな内容なんだ?」

「あ、えっと、僕のは告白とかそういうのじゃないんだけど……大丈夫、かな?」


 流石に俺たちは何でも屋って訳じゃないから、大丈夫だ、と即答は出来ない。


「とりあえず話を聞かせてくれるか?」


 佐々木くんは頷いて、桃香が引いた椅子に腰かけ、話し始めた――。


 * * *


 その日、僕は急いで帰ろうとしてました。

 っていうのも、隣町に行く用事があったからです。


 大好きなアニメの円盤の発売日で、一刻も早く手に入れたくて駆け足でした。

 そのアニメってのが、深夜帯に放映されている作品でもう展開が熱くて……え、その話は別にいい? 分かりました……。

 駆け足で駅に向かっていると、途中で人にぶつかっちゃったんです。

 その人、見るからに不良って感じで……勿論僕はすぐに謝ったんですけど、その人は許してくれなくって。

 取り巻きの人達もいて、囲まれてしまったんです。

 どうしよう、と怖くて動けずにいたところに、声をかけてくれた人がいました。


 その人は同じクラスの安藤さんで、彼女が僕を取り囲んでいた不良たちに声をかけてひと睨みすると、絡んできた人たちは捨て台詞を吐きながら去っていきました。


 僕は正直、安藤さんが助けてくれたことが信じられませんでした。

 だって、彼女はうちの学校で一番有名な女番長だったからです……。


 どうしていいか分からないうちに、安藤さんは「じゃあ」と手を挙げて去って行ってしまいました。


 一人取り残されてしまった僕は、円盤も無事に買えて家にたどり着くことが出来ました。

 でも、助けてくれた安藤さんに、僕は何も言う事が出来なかった。

 せめて助けてくれた彼女にお礼だけでも伝えたいんです。


 どうか手伝ってくれませんか?

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