番外編「恋敵は悔しいほど良い奴」

 昼休み。弁当を広げる俺の前でニコニコとした表情を浮かべてこちらを見ている男が一人。

 奴は憎らしいほど整った顔を緩ませ、ずっと俺の事を見ている。


「……なんだよ」

「いやぁ、涼くんってイケメンだなぁと思って」

「はぁ?」


 その爽やかで可愛さもありつつ、人の良さがにじみ出ている素敵フェイスのお前に言われても説得力ねぇわ。

 ……とは流石に言えず、黙ってしまう。


 こいつは紅葉太。

 俺の……10年にわたる初恋の人を、横から見事にかっさらっていった男だ。

 まぁ、本人はそれを知らないだろうし、俺の事を彼女の幼馴染、という認識だけだと思うが。

 しかし、こちらはついこの間、初恋が敗れたという傷も癒えきっていないのだ。

 隙あらば紅と想い人である桃香との関係を邪魔してやろうと思っている。

 そんなある意味恋敵とも言える相手に俺は――絡まれている。


「ねぇねぇ、涼くんって身長いくつ?」


 その絡み方が、相手からすると好意的なのがまた困りものだ。


「175㎝だけど」

「うわっ、すごー。オレ165㎝だから、10㎝も違うじゃん!」


 ひぇーと目を丸くする紅。

 ここ数日話をしていて思うが、こいつは裏表がなく万人から好かれるタイプだと感じる。

 それは……目つきのせいで万人に一歩距離を取られる俺とは正反対で。

 正直、眩しい。


「その内でかくなるだろ」

「マジで? いやぁーでも成長期もう終わったっしょ」


 頭を抱える紅が少し微笑ましい。だからつい、話に乗ってしまった。


「そんなに気になるなら牛乳飲めよ」

「えっ!? 涼くんは牛乳飲んでた?」

「割と好きだぞ」


 それを聞いてショックを受けたように身を引く紅。


「オレ、牛乳嫌いなんだよね……」

「あーじゃあそれだ」


 面白そうなので、あえて意地悪を言ってみる。


「くぅっ! じゃあ明日から飲む……」

「明日やろうは馬鹿野郎だぞ」

「涼くん酷いっ!!」

「ははっ」


 ついに堪え切れなくて笑ってしまった。

 初めて俺が笑ったのが嬉しかったのか、紅は俺のカバンを指さし尋ねる。


「あのさ、ずっと気になってたんだけど、涼くんのそれ、EE8でしょ!」


 紅の指しているキーホルダーは大人気RPGシリーズの8作目の主人公の剣をモチーフにしたものだった。


「よくわかったな!」


 EEシリーズの中でも特に大好きな作品だったので、言い当てられて嬉しい。


「だってオレも好きだもん!」


 当の紅も嬉しそうだ。

 そして両手を握りしめながら、身を乗り出してくる。


「じゃあさじゃあさ! あれはプレイした? EE10!」

「そんなん当たり前だろ。あれはシリーズの中でも超名作だからな」


 俺が言うと紅は「涼くん分かってるねぇ!」と笑顔を浮かべている。


「じゃあさ、あれは――?」


 そこからしばらく紅と俺のゲーム談義は続き、桃香が霧島を連れて教室に来た頃には俺たちは握手を交わしていた。


「あれれー? いつの間にか紅くんとりょーくん仲良くなってる!?」


 そして、その様子を見た桃香が嬉しそうな足取りで駆けよってきたのだった。

 その後ろを霧島がお弁当袋を手に提げて付いてきていた。


 俺の恋敵は良い奴で、悔しいほどに憎めないやつだ。

 だが、それも今は何となく嬉しく感じている俺がいた。

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