第2章「気になる彼を探して」【受験生×お菓子クラブ】
第1話「雨音とキューピット」
窓の外はどんよりと曇り、重い雲から校庭へ雨が降り注いでいた。
ぽつぽつ、と窓に雨粒が当たる音は止まる事なく、俺は帰りの心配をしてしまう。
「ねー、りょーくん聞いてる?」
雨空に気を取られていると、正面に座る幼なじみの桃香に声をかけられる。
慌ててそちらへ顔を向けた。
「あ、あぁ……なんだって?」
尋ね返すと桃香はもー、と頰を膨らませた。
「今日の帰りはどうするのか、って聞いたんだよー」
少し怒っているような口調だが、その表情では本当に怒っているのかよく分からない。
なんと答えたものか、と迷っていると俺の左隣に座る紅が桃香を「まぁまぁ」となだめた。
奴はつい先日、俺が十年単位で片想いしていた幼なじみ――桃香を見事にかっさらって行った、桃香の初めての彼氏だ。
俺はこいつが本来ならばとてつもなく憎いはずなのに……何故か嫌いになりきれない。人柄の良さが顔に滲み出てるような、普通に『いいやつ』なんだ、こいつは。
そんな紅の事をジッと眺めているのは俺の右隣に座る霧島。霧島吹雪。いかにも冷たそうな名前のこいつは、微塵も名前負けしていない、俺に対して常に突き刺さるような冷徹さを向けてくる女だ。
霧島は俺が桃香に恋心を抱いていたのと同じように、長いこと紅に片想いをしていたらしい。
つい最近、桃香と紅のデートを邪魔しようとした俺たちだったが、見事にその行動は裏目に出て……2人は付き合うことになってしまった。
「ってかさ」
俺の目の前で繰り広げられる自分を含めた様々な感情に、心の中で溜息を吐きながら俺は口を開く。
「なんでお前らは、毎回俺のとこに来るんだよ」
霧島はAクラス、俺はBクラス。桃香はCクラスで、紅はDクラス……と、俺たちのクラスは見事にバラバラだった。
けれど、桃香と紅が付き合い始めてからと言うもの、毎日のように昼休みにこの三人が俺のクラスにやって来る。そして机を取り囲んで顔を突き合わせ、各々昼ごはんを食べだすのだ。
ただでさえ失恋したばかりの幼なじみと顔を合わせるのもキツいと言うのに、その彼氏が一緒でしかもそいつに片想いしていた女も居るとなったら、気まずくならないはずはない。
俺の言葉に、目の前の桃香は紅と顔を見合わせて緩んだ表情を浮かべた。
「いやぁ……。2人っきりって、なんか照れちゃって」
隣では紅も同じような顔をしていた。
心の中で唾を思い切り吐いた。表情に出さないようにしたが、もしかしたら少し顔が引きつって居たかもしれない。
桃香と紅が楽しそうに話をしている中、右側に視線を向けると霧島の顔が無表情のまま固まっていた。
やっぱりお前もか、霧島。
こいつのツンツンとした性格は正直苦手だが、失恋仲間としては勝手に親近感を感じてしまう。
……本人に伝えたら思い切り嫌な顔をされそうだけど。
「ところで、お前はなんで居るんだよ」
話に花を咲かせている2人に気付かれないように、さりげなく霧島に声をかける。
霧島はこちらへ睨みつけるような視線を向けてきた。
「葉太がここに来るからよ」
単純明快、シンプルな答え。
そして再び紅に視線を戻す。
まるでこれ以上話しかけないで、と言わんばかりの態度だ。……いや実際そう思ってるんだろうけど。
俺は一つ息を吐くと、飲みかけだったミルクティーに口をつける。
すると、紅との話に夢中になっていた桃香が思い出したように両手を叩いた。
「そうだよ、りょーくん! 今日放課後はどうするの?」
ようやく最初の話に戻ったらしい。
俺はミルクティーのストローから口を離すと、うーんと唸った。
「雨だからなぁ、天気の様子見て適当に帰るよ」
最近は桃香を待って2人で帰る事も無くなって、代わりに時々、紅と霧島が加わる事が増えた。
1人で帰るのは少し寂しいが、4人で帰るのは慣れなくて落ち着かない。
今回も、その確認のために尋ねられたのだと俺は思った。
「じゃあ、急いで帰らなきゃいけないわけじゃないんだねー」
桃香があまりに嬉しそうに顔を綻ばせて言うので、質問の意図がよく分からなくなる。
「まぁ、そうなるが……なんでそんな事を聞くんだよ」
俺が尋ねると、桃香はよくぞ聞いてくれました! と言わんばかりの笑顔を浮かべて言った。
「りょーくんと吹雪ちゃんに会って欲しい子が居てねー」
突然、話題に上がった自分の名前に、隣に座る霧島が声を上げた。
「そこでなんで、私の名前が出てくるの?」
声こそ荒あげて無かったが、その声色には戸惑いが見える。
一気に視線が鋭くなった霧島の様子を気にする事なく、桃香は話を続けた。
「吹雪ちゃんとりょーくんにね……恋のキューピットをして欲しいのだよー」
「「はぁ!?」」
俺と霧島の声がハモって教室内に響く。
雨音や室内の喧騒が遠のく中で、霧島と顔を見合わせた。
そして互いを指差して桃香を見る。
「「なんでこいつと?」」
またしても重なる声の後に、楽しげな桃香の声が響く。
「ほら、息ピッタリだもん!」
と。そんな桃香の言葉に最早、言い返す気力も失った俺は、はぁ……と溜息を吐いた。
今日は一段と気が重い放課後になりそうだ。
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