第2話「雨の日に出会った彼」
突然の桃香からの提案に全力で拒否を続ける俺と霧島だったが、桃香は俺らの言葉に「そうだよねー」とあからさまに話を聞いていない適当な相槌を返し続け、そしてしばらく頷いた後、残酷なまでに満面の笑みを浮かべて言った。
「じゃあお願いしたいって子、今から連れてくるねっ!」
ほら、見事に話聞いてねぇじゃん。
言い終わるなり、すたこらと教室の外へと出ていく桃香。出て行ったと思ったらすぐに帰ってきて、その隣には一人の少女が連れられていた。
「早すぎじゃねぇか?」
言った俺の顔は引きつっていただろう。あまりに早すぎる。
そんな俺に、桃香は「えへへー」と照れくさそうに笑った。
「実は、教室の外で待ってもらっていたのでした」
用意周到なこって……。
最初から断らせるつもりなどない、という桃香の確固たる意志を感じる。
桃香は昔から、自分が決めたことは頑として譲らない事が度々ある。見た目によらず頑固なのだ。
隣の霧島を盗み見ると、同じように顔を引きつらせている。
俺よりも桃香の事を知らない霧島にとっては、予想だにしていない動きなのだろう。ありえない、とでも言いたげな表情を浮かべていた。
「まぁまぁ、ちょっと話だけでも聞いてみてよ」
桃香が俺と霧島に対して手を振って見せる。
桃香に連れられてやってきた少女が、申し訳なさそうに頭を下げた。
彼女は何も悪くないしな……ここで嫌そうな顔をしていると可哀想だ。
「わかったよ」
俺は肩をすくめて彼女に向き直る。
「話だけ、聞かせてくれよ」
俺たちと同い年であろう彼女は「ありがとうございます」と頭を下げると、桃香に用意された椅子に座って話し出した。
「私は、2年E組の
「気になる人を探す?」
どういうことだろう? と頭を傾げると、彼女は雨音に合わせてぽつりぽつりと話し出した。
* * *
私が彼に出会ったのは、雨が酷く降った日の放課後の事だった。
朝の天気予報では「雨が降る確率はかなり低いです」と女性アナウンサーが嬉々として言っており、更には「傘を持っていく必要はないでしょう」とまでドヤ顔で言っていたくらいで。
「信じて傘を持ってこなかったのに……お姉さんの嘘つき」
恨みがましく空を見上げても、降り注ぐ雨の勢いは止むことは無い。
肩にかけたカバンを見つめる。このままこの雨の中を走り抜けて帰りを急いだとしても、きっとカバンの中は濡れてしまうだろう。
だが、いつまで待ってもきっとこの雨は止むことは無いだろうなぁと思うような雨模様である。
一つ息を吐いて、覚悟を決める。こうなったら強行突破しかない。
いざ行かん、と私が足をぬかるみの中に踏み出そうとした瞬間、背後から声をかけられる。
「あ、君ちょっと待って」
その場にいるのは私だけだったので、踏み出そうとした足を慌てて止める。
振り返るとそこには、細身で爽やかな容姿の男の子が立っていた。
私と同い年か、少し年上くらいだろうか。
表情が穏やかで、物腰の柔らかそうな男の子だ。その落ち着いた様子から恐らく年上だろうと思った。
学校指定のカバンを肩にかけ、左手には何か本を大切そうに抱えている。
振り返り声の主をじっと見つめていた私に、彼はそっと傘を差しだした。
「これ、よかったら使って」
差し出された傘を思わず受け取る。
受け取った瞬間、彼はニコっと笑って脇に抱えた本をカバンにしまうと、それをさっと雨よけにするように頭上に掲げ、呼び止める間もなく雨の降りしきる外へと足を踏み出した。
「あ、あの――」
去り行く背中に、声を掛けたら彼はわずかに振り返って雨音に負けない大きな声を張り上げた。
「傘返すのは、いつでもいいからねー!」
言って手を振ると、くるっと正面を向いてまた走り出した。
彼の名前も、クラスも、何も分からないまま、彼は去って行ってしまった。
「あ、れ……」
彼の居なくなった場所をずっと見つめ動けずにいた私は、自分の顔に手を当てる。
そこはじんわり熱く、身体の奥の方からそこに血が集まっているような心地がした。
* * *
「初めて会った人でしたが、あの日から彼の事が頭から離れないんです。せめてもう一度会って、お礼を言いたいんです」
桃香が連れてきた佐藤さんの話が落ち着いて、彼女がこちらを見てくる。
いつの間にか話に引き込まれていた俺は、隣で同じような格好で身を乗り出して話を聞いている霧島と目が合って、慌てて身体を引いた。
「だから、俺たちにその人の事を探してほしい、って事なんだな」
あくまで何でもない風を装いながら、佐藤さんに確認を取る。
「はい、そうなんです……。お願いできますか?」
伺うようにこちらを見てきた彼女に、俺は腕を組み考える。
そして、しばらく押し黙った後、ようやく答えを出した。
「やってみるよ」
「本当ですか!?」
聞いた瞬間、佐藤さんは嬉しそうに手を叩いた。
その隣で、桃香も「さっすが、りょーくん!」と満面の笑みを浮かべている。
当初の予定から手のひらを反すように返事が変わってしまったのは少し恥ずかしいが……。佐藤さんはいい子そうだし、冗談半分で頼んでいるわけでもなさそうだ。
それに何より彼女の話が思った以上にロマンチックで――彼女の恋を応援出来たら、と思ってしまったのが大きい。
伊達にこんな近づきづらい容姿をしていながら、幼少期より桃香から少女漫画を借り続けているほどロマンチストな俺ではない。
こんな素敵な恋愛話を耳にしたら、応援せずにはいられないのだ――!
唇をグッと嚙み、心の中で強く拳を握りしめる。
「吹雪ちゃんはー?」
俺の返事を聞いてウキウキの桃香が隣に座る霧島に声をかける。
おいおい。あの、霧島だぞ? あいつがこんな面倒な事受けるわけが――
「手伝うわ」
は?
不意打ち過ぎて思わず霧島の方を向いてしまう。
「な、何よ。そんな顔して……私が手伝っちゃ駄目だっていうわけ?」
口ではキツイことを言おうとしているのかもしれないが、心なしか霧島も気まずそうにして、そっぽを向いた。
「吹雪は昔から、恋バナ好きだもんねぇ」
そんな霧島の様子を見ていた紅が微笑ましい、というような顔をしている。
意外にも、この女もこういう話題が好きらしい。
顔を逸らした霧島は「葉太は余計なことをいわないで!」と恥ずかしそうに紅に文句を言っている。
「まぁ、そういうわけで! よかったねー雫ちゃん! 二人が手伝ってくれるってさ!」
桃香が嬉しそうに佐藤さんの手を取った。
「まぁ、絶対に見つけられる保証もないし、あまり期待はしないでくれよ」
軽く息を吐きながら、俺が言うと佐藤さんは「勿論です」と頷いて見せた。
「見つからなくても、青海くんや霧島さんのせいには絶対にしません。本当にありがとうございます……!」
とても嬉しそうに佐藤さんが言うものだから、こうなった以上、意地でも彼女の手助けをしなければ、と俺は固く決意した。
「じゃあ、二人とも頑張ってね!」
桃香はそう言ってサッと手を上げ、その場を去ろうとする。
「待て待て待て。お前は手伝わないのかよ、桃香」
慌てて奴を呼び止めると、桃香は「えー?」と頭をかしげて見せた。
「いやぁ、私は部活とか忙しいから、手伝えないんだよねぇ。手伝ってる二人の手伝いならできそうだから、そこは任せて!」
そんな話聞いてないんだが。
手伝いの手伝いってなんだよ。直接手伝えよ。お前の友達だろ?
ってことは――
「俺とこいつでやらなきゃいけないって事か……?」
俺が霧島へ視線を向けると、ばっちり霧島と目が合って、彼女はバッと勢いよく桃香の方を見た。
「そんな話聞いてないんですけど?」
言葉こそ丁寧にしようとしているようだが、そこ目つきは厳しく細められている。
「まぁまぁ! ぶっきーとりょーくんなら大丈夫だよ!」
「ぶっ――!?」
桃香お得意の変なあだ名をつけられた霧島は、大きく目を見開いた。反論しようと口を開くが、うまく言葉が出ないようだ。
「じゃあ、頑張ろーね! 私たちも手伝うから!」
早速、不穏な様子だが、頑張るしかなさそうだ。
……恋のキューピット、いっちょやりますか。
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