第12話「雨が止んだら、そしたら次は」


 ひどく降っていた雨がいきなり止んで、嘘みたいな夕焼け空が雲から顔を出した。

 傘をさして佐藤さんの後をつけていた俺と霧島は、バス停で手を握り合う二人の姿を少し離れたところから見ていた。

 沈んでいこうとする太陽を背中に受けながら、手を重ねる二人は、まるで物語の主人公達のようにドラマチックだった。


「よかったな」


 そんな二人を見つめたまま、俺は隣の霧島に聞こえるように呟いた。


「そうね」


 そう言った霧島の声はいつもの調子より、ほんのちょっぴり温かい声色だった気がする。

 きっと奴も二人から目を離せないのだろう。

 それ以上何も言うことなく、俺と霧島は傘もしまわずに二人を見つめ続けた。


 手を重ね、ふと視線を上げた佐藤さんと天野くんの視線が合うと、二人は照れたように笑いあう。

 そして天野くんがバスを待つためのベンチを指さし、二人で腰掛ける。

 どうやら佐藤さんの乗るバスが来るまで二人でいるようだ。


 二人の姿はとてもお似合いで、まるで二人のためにバス停がそこにあるような。

 そんな気持ちになる、微笑ましい光景だった。


「俺たちも帰ろう」


 これ以上、二人だけの時間を見守るのは野暮だと感じ、隣の霧島に声をかける。

 奴も同じ気持ちだったらしく、頷くと俺と並んで歩きだした。


 二人の姿が見えなくなってからも、俺と霧島は言葉を交わさなかった。

 俺は、一番最初に桃香に連れられてやってきた佐藤さんや、勇気を出せずに図書室の入口で待っていた姿、そして天野くんと幸せそうに笑いあう佐藤さんの姿を思い出していた。


 最初は本当に大丈夫だろうかと心配だったが、自分の力で天野くんと仲良くなっていく佐藤さんの事を、俺はいつの間にか全力で応援していた。

 この恋が叶えばいいと願っていた。

 そしてそれがこういった形で無事に結ばれることができて……言葉で言い表せない感情を感じていた。


「よかったわね」


 先ほどの俺と同じ言葉を繰り返した霧島もきっと同じ気持ちなのだろう。

 俺は「あぁ」と頷いて見せると、落ちていく夕日を見つめながら呟いた。


「本当によかった」


***


 その翌日、俺の教室へ久しぶりに桃香、紅、霧島がやって来ていた。

 そして、桃香は身を乗り出しながら興奮した様子で俺に話しかけてくる。


「ねぇねぇ、りょーくん! 雫ちゃんから聞いたんだけど、恋のキューピッド成功したんだって!?」


 雫ちゃん――佐藤さんから直接聞いたのだろうか。話が早い事で。

 顔を近づけてくる桃香から半分身体を引きながら、俺は頷いた。


「あ、あぁ……。俺達は何もしてないけどな」


 そう、俺達は何もしていない。

 佐藤さんが頑張った成果だ。


 ちらりと霧島を見ると、奴も異論はないらしく表情を変えないまま、姿勢正しく話を聞いていた。


「でも凄いね二人とも。知り合ってもいなかった二人を付き合う手助けをしたんでしょ? 凄いよ!」


 隣で紅が感心したように何度も頷いている。

 先ほどまでは無表情を貫いていた霧島だったが、紅の言葉に僅かに緩ませている。

 本当にこいつはわかりやすい奴だな。


 そうして四人でわちゃわちゃと話をしていると、教室の様子を覗うようようにそっと扉が開いた。

 そちらに目をやると、佐藤さんが立っていた。


「雫ちゃん!」


 桃香が嬉しそうに声を上げ、佐藤さんを手招くと彼女も俺たちの座る席の近くまでやってきた。

 そして、俺と霧島に向かって頭を下げた。


「青海君、霧島さん、ありがとうございました」


「いやいや、そんな……頭上げて」


 俺が慌てて手を振って見せると、佐藤さんは顔を上げ、そしてにこっと笑う。


「お礼をしてもしきれませんよ! お二人のおかげで……私は勇気を出せたんですから」


 そうして「ほんの気持ちです」と机の上に綺麗にラッピングされた袋を置いた。

 そこからは甘い香りが漂っていて、佐藤さんの得意なお菓子が入っているのだと分かった。


 それを手に取った俺は「ありがとう」と彼女にお礼をいう。


「佐藤さんも、天野くんとお幸せにな」

「はい!」


 まるで花が咲いたような笑顔を浮かべ、佐藤さんは頷いた。


 会話が一段落したことを見計らって、桃香が俺と霧島に向き直った。


「ねぇねぇ、やっぱり二人とも恋のキューピッド向いてるよ。もっとやろうよ!」


 嬉々として提案してくる桃香。

 その隣で紅と佐藤さんも、うんうん、と頷いている。


 俺はしばらく視線を宙に泳がせてから、ため息を吐いた。


「たまになら、な」


 霧島も隣で、やれやれといった調子で肩をすくめている。

 つまり却下はしないという事だろう。


「やったー!!」


 桃香は嬉しそうに両手を上げると、カバンから取り出したメモ帳に「どんな名前がいいかなぁ~」などと、団体名を書きだし始めた。


 その姿を見つめながら、また大変なことになってきたな、と一つ息を吐くのだった。

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