第11話「雨上がりに恋の行方は」


「私は天野さんの事が好きです」


 うるさいほどだった雨音が消え、世界には私と彼だけになった。


 私は彼を見つめる。

 彼もじっと私を見つめている。


 その視線がぶつかった時間がどれくらい経っただろうか。

 彼が口を開いた瞬間、私は一気に怖くなって目の前で両手を振った。


「あ、あの! やっぱり、忘れてください……」


 やはり私はとても弱い意気地なしだった。

 彼の返事を聞くのが怖くて、逃げてしまったのだ。


 ただ、天野さんはその視線を微塵もそらさず、私を見つめたまま言った。


「忘れてもいいの?」


 その視線は、とても真剣だ。

 ここで頷けば、この重く苦しい空気から逃れることは出来ただろう。

 でも、きっともう、彼の隣に立つことができなくなる。

 ここで逃げて、彼と普通に話すことが私にできるわけがない。


「だめ、です。忘れないでください」


 だから首を振った。

 ここで逃げちゃ、ダメだ。

 ちゃんと彼に気持ちを伝えて、そしてその返事をもらわないと。

 私の返事を聞いて、天野さんはようやく笑った。


「よかった。すごく嬉しかったから、忘れてって言われたらどうしたらいいかなって思った」


 あぁ、やっぱり。

 私は天野さんの事が好きです。


 その柔らかい声色も。

 いろいろ考えてくれている優しい言葉使いも。

 へにゃっと笑う笑顔も。


 全部、全部好きなんです。

 もっと、貴方の事が知りたいです。


 言葉も出せず、私は彼を見つめる。

 口を開いたら止まることのない感情があふれ出しそうだった。


「僕もね、佐藤さんといるの。すっごく楽しいんだ」


 そう笑顔を浮かべたまま告げる彼の背後に、光が差す。

 どうやら、いつの間にか雨は止んでいたらしい。

 重く垂れこめていた厚い雲が、少しずつ薄れていてその合間から夕暮れの空が見えてくる。


 それを見て、天野さんはバス停の外に手を伸ばした。


「あ、やっぱり止んだ」


 まるでそのことを知っていたかのような彼の言葉に、私はようやく口を開くことができた。


「雨が止むって、知ってたんですか……?」

「知ってたよ」


 私の問いに彼は間髪入れずに答えた。「80%くらいの自信しかなかったけどね」とお茶目に笑って。


「雨が止むのも知ってたし、それまでひどく降るのもわかってた」


 そう、いつも彼は天気の事をよく知っていた。

 的確に傘を持って来て、ちょうど酷くなる前にちゃんと帰って。


「そんな僕がなんで今日は傘を忘れたと思う?」


 天野さんはそう、初めて見る意地悪っぽい表情で聞いてきた。


「なんで、雨が止むまで待たずに佐藤さんと、あいあい傘したと思う?」


 その答えを、好意的にとるなら、きっと――。

 いやでも、そんなわけない。

 天野さんが、そんな――。


 何か言おうとするが上手く言葉が出てこない。

 それを見かねたのか、天野さんは私の少し冷えてしまった手を両手で握った。


「僕も、佐藤さんが好きだ。付き合ってほしい」


 身体が今までの比じゃないくらい、かぁっと熱くなった。

 それはまるで。私の手を包み込む彼の手の温もりが凄い勢いで、熱を増しながら身体中に染みわたっていくような心地だった。


 まるでそんな、夢のような出来事に私の脳は壊れてしまいそうだ。


「は、い……」


 だから、それだけしか言えなかったけれど。

 きっと私の顔は真っ赤に染まっていただろう。


 そっと手を握られたまま、私は天野さんと恋人同士になった。

 雨の止んだ夕焼けの空に見守られながら。

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