第5話「雨降る教室で固い決意を」
佐藤さんから請け負った、気になる彼の事を調べてほしい、という依頼の糸口をつかんだ俺は、図書室の一角で悠々と少女漫画を読んでいた。
そう、少女漫画。
少女漫画はいいぞ。夢もロマンも、ときめきもキラメキも詰まっている。
昔、桃香におすすめの少女漫画を貸し付けられてから、俺は一気に少女漫画の果てしない沼に落ちてしまったのだ。
最初の頃こそ「そんな女が読むような漫画なんか」と思っていたが、実際に読み始めてみるともう駄目だった。
片思いの男の子に近づきたいと願うヒロイン。少しでも彼の事を知りたいと思うヒロイン。自分は彼に似合わないのではと悩むヒロイン。
ヒロインの行動全てが等身大で、感情移入しかできなかった。
昔から、桃香に片思いをしていた俺だったが、桃香は俺の事を幼馴染以上に見てはくれなかった。
その事実に直面するたびに、俺を助けてくれたのは少女漫画だった。
漫画の中のヒロイン達の一生懸命な姿を見て、俺は背中を押され続けてきたのだった。
今読んでいる少女漫画も、本当にいい作品だ。
漫画の中では、片思いをしている少年へ、ヒロインが必死にアタックをしているシーンの真っ最中だった。
ヒロインは一目ぼれをした少年の事が忘れられず、彼の事を知ろうと一生懸命後を追って、そして彼に好かれるための努力をしていた。
はぁ……いいなぁ。頑張ってほしいなぁ……。
大の男が一人、図書室で少女漫画を片手に感慨に浸っているのはかなり変な姿だろう。いや、俺もそう思う。
一度読み終えた漫画を、もう一度頭から読もうと表紙を開けた瞬間、後頭部にドンと何かが当たる気配がした。
「いたっ――」
慌てて振り返ると、そこにはギリッとこちらを睨みつける霧島が立っていた。
「あら、ごめんなさい。当たってしまいましたね……」
しかし、その霧島は目つきこそ鋭いが、口調はまるで赤の他人に対するような言葉遣いだ。
見ると、本棚の角から佐藤さんの想い人――天野くんがこちらにやって来ていて、慌てて俺も席を立った。
「いや、大丈夫なので気にしないで」
つまり、霧島は『早く場所を変えるわよ』と、いつまでも席を立たずにいた俺をけしかけに来たようだ。
……という事は、彼女も天野くんの手がかりを何かつかんだんだろう。
先に図書室を去っていた霧島に続くように、俺もそそくさとその場を後にした。
図書室を一歩外に出ると、霧島が鬼のような剣幕で俺をしかりつけてきた。
「
いや、こればかりは俺が悪い……俺は素直に頭を下げた。
「すまんかった」
俺が素直に謝ったのが意外だったのか、霧島は面食らった顔で口ごもる。
「いや、別にそこまで怒ってないですけども……」
もごもごと口を動かし、そして俺の手元の少女漫画へと視線を向ける。
「あなた、それ――」
言われてから、自分の手元にある
「な、なんだよ!」
どうせまた、こいつに馬鹿にされてしまう。
思い切り身構えるが、霧島はそれ以上は何も言わずに先を歩き出した。
「別に、なんでも無いです。ほら、行きますよ青海」
霧島の後を追いかけしばらく歩くと、階段の脇からこちらを覗き見ていた佐藤さんに合流できた。
「あの、ありがとうございます!」
顔を合わせるなり、頭を下げる佐藤さんへ俺は「いや……」と手を振ると、立ち話も落ち着かないので、とりあえず俺の教室に行くことにした。
教室に着くと、もう生徒は誰も残って居なかったので気兼ねなく話をすることができそうだった。
俺はとりあえず自分の席に座り、その周りに霧島と佐藤さんの二人が座る形となった。
「それで、だ。一応俺たちが話したことを伝えるな」
一つ息を吐くと俺は口を開いた。
まずは俺の話からだ。
「佐藤さんが気になっている彼は、やっぱり三年生だったみたいだ。彼の持っている赤本に名前とクラスが書いてあった」
言って、書いてあった彼のクラスと名前を伝える。
「
佐藤さんは、まるで大切なものを扱うように、彼の言葉を口に出した。
「それでその、天野くんの持っている赤本の大学だけど――」
続けざまに俺が口にした大学名はこの辺りじゃ有名な、国立大学だった。
その大学を受けるという事は、彼は相当優秀な学生という事だ。
息を飲む佐藤さんに、今度は隣の霧島が口を開いた。
「ちなみに、きっと彼が大学で学びたいのは天文学とか気象学、でしょうね」
さらっと、あまり聞いたことのない学科名を、話題に出す霧島。
なんでそんな事が断言できるんだよ、という視線を奴に投げかける。
「彼が席を立った後、気象系の本を物色していたのよ。きっと、佐藤さんの見た大きい図鑑とかも同じ感じだと思いますけれど」
霧島が言うには、気象系の本――様々な空や雲の写真集や天文系の文芸書を彼は見ていたらしい。
「そこまで分かれば、彼との話題作りもしやすそうだな」
グッジョブ、霧島。
中々やるな、と霧島に拍手を送る俺。もちろん心の中だけで。
ちらりと佐藤さんを見やると彼女もキラキラと瞳を輝かせていた。
「こんな短時間で、そんなに調べていただけるなんて……流石ですね!」
濁りないまなざしで言われて俺は頭をかく。
そんなに手放しで褒められると恥ずかしい。
しかし、その直後霧島さんは言いづらそうに、言葉を詰まらせた。
「あの、それで……もしよかったら、もう少しお手伝い、していただけませんか……?」
本当に申し訳なさそうに、彼女は続ける。
「お二人に『見てるだけじゃダメだ』と言われた言葉、その通りだなって思いました。動かなきゃ始まらないんだ、って痛感しました……」
俺たちの事をじっと見ていた佐藤さんが、言葉を区切ると下を向いた。
「でも……今の私じゃ、まだ一人では自信がないんです。ワガママなお願いであることは承知しているんですが……もう少し、お手伝いいただけませんでしょうか……」
佐藤さんの必死のお願いに、俺と霧島は目を合わせる。
俺はそっと視線を下げると、意を決して口を開いた。
「俺は手伝ってもいいぞ」
佐藤さんの必死さに胸を打たれたのもあったが、彼女と天野君の恋路を見守りたいという気持ちも強かった。
隣の霧島が俺の言葉にバッと顔を上げる。
「わ、私も」
慌てて口を開いてから、バツが悪そうに視線を逸らす。
「私も手伝うわ。……青海と一緒なのが癪だけど」
こいつは……いつもいつも、一言余計だ。
「じゃあ、そういう事みたいだな」
俺は後頭部を指でかくと佐藤さんに向き直った。
「佐藤さんの恋を成就させようぜ」
「そうね」
霧島もさすがにこれには茶々を入れずに頷く。
佐藤さんが嬉しそうに何度も頭を下げた。
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
いざ、天野くんへ佐藤さんのアピール大作戦……決行だ。
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