第4話「雨の日の図書室はお静かに」


「図書室よ」


 と、佐藤さんの想い人を探すために立ち上がった霧島に続き俺と佐藤さんは、廊下を早足に歩いた。


 梅雨時期の廊下はじめじめしていて、生徒も多くはいない。みんなこんな天気の日はさっさと家に帰りたいだろう。

 人が少ないことも手伝って、俺たちは思ったよりも早く図書室にたどり着くことができた。


 廊下からそっと、図書室に足を踏み入れるとそこは空気がしん、と静まり返っていて俺は一気に音をたてないように、と緊張してしまう。

 入り口から中の様子を覗うと、中にいる人はまばらで少ない。しかし観覧用の机に座っている人は数人いた。

 おれはそっと、隣の佐藤さんに小声で話しかける。


「例の人はいるか?」


 佐藤さんは室内をしばらく見渡した後、嬉しそうに目を輝かせて俺の肩を叩いた。


「います! あそこの窓際に座っている……あの人です!」


 その声は小声だったが、彼女の興奮が見えるような声だった。

 とりあえず彼の姿を見つけることは出来た。次は――


「じゃあ、彼に近づきましょう」


 短く霧島が言った。


「ええっ!?」


 佐藤さんが驚きの声を上げるが、それに関しては俺も霧島に同意見だった。


「そうだな。ここで見てるだけじゃ始まらないからな」


 佐藤さんは相変わらず、あたふたと手を振っていた。


「え、そんな、無理ですよ……! いきなり声を掛けたらあの人も迷惑だろうし……」


「なに言ってんだよ」

「なに言ってるのよ」


 思わず出た言葉が霧島とハモる。

 はっとお互いに目を合わせ、霧島が慌てて目をそらす。

 苦手な女と声を合わせてしまったことに、気まずい気持ちを抱えたまま、俺は佐藤さんへ言った。


「見てるだけじゃ、あの人の事知れないし、佐藤さんの事も知ってもらえないんだぞ?」


 そう、これは少女漫画からの受け売り。


「動かないと、恋は恋のままで終わっちゃうんだ」


「ふっ」


 言った瞬間、隣から鼻で笑うような声がきこえた。


「意外とロマンチストなんですね」


 隣で馬鹿にしたように笑う霧島を、俺はギッと睨みつける。


「うるせぇ」


 しかし声を潜めながらひとしきり笑った後、霧島は歩き出した。


「でも、いいじゃないですか。佐藤さんの恋は、恋のまま終わらせませんよ」


 なんでこいつはいつも勝手に動き出すんだ。と舌打ちをしながら、俺は隣で呆然としている佐藤さんに声をかけた。


「佐藤さんは、恥ずかしいなら今日はここにいていいから。俺たちに任せて」


 俺の言葉に佐藤さんは、こくんと頷くと「おねがいします……」と頭を下げた。




 佐藤さんに背を向けて、霧島の隣にそっと並ぶ。

 声を潜めながら、俺は奴に話しかけた。


「お前さ、あんなこと言って……何か案はあるのかよ」


 尋ねた瞬間、霧島はさっと近場の本棚の間に身を潜める。


「うおっ」


 慌てて俺もそれに続くように、身体を滑り込ませた。


「いきなり動くなって何度も言って――」


 抗議を唱えようとした瞬間、霧島はこちらを睨みつけながら人差し指を唇に当てた。


「黙ってください」


 言われ俺は口ふさぐ。

 そうだ、ここは図書室。しかも佐藤さんの想い人にバレないように動かなければいけない。

 言われた口をつぐんだ俺に対し、霧島は説明を始める。


「まずは貴方が、彼の近くの席へ座って偵察をしてください」


 彼の周りの席は、利用者が少ない図書室だったのでしっかりと空いている。

 近くに座って様子を見るならば、確かに同性の俺の方が適任だろう。

 それは分かった。


「で、お前は何をするんだよ」


 霧島に問いかける。

 これで、何もしませんよ? なんて言われたら絶対こいつを許せない。

 しかし、霧島は霧島なりに考えていたらしく即座に口を開いた。


「私はこの辺りで本を探しているフリをしながら様子を見ます。彼がもし席を立ったら私がそれを見張る……というのはどうでしょう」


 確かに、それはいい案かもしれない。

 近くに座った俺が、彼が席を立つタイミングでそれに続いたりしたら、流石に怪しすぎるだろう。


「よし、じゃあそれでいくか」


 俺は霧島に頷いて見せ、そして彼に向かって歩き出した。


「しくじらないでくださいね」


「お前こそな」


 背中を向け、小声で言いあう俺と霧島。

 いよいよ、偵察作戦スタートだ。




 作戦通り、俺は佐藤さんの想い人が座っている席の近くに向かう。

 流石に隣に座ってしまうとあからさまか……と思ったので、彼の座る席の斜め前に腰を下ろすことにした。

 そっと椅子を引きそこに座ってみるが、彼は作業に集中しているらしく、俺が座ったことに対してピクリとも顔を動かさなかった。

 とりあえず第一関門は突破した、と言うところだろうか。


 机に向かって作業をしている彼の手元には、大学受験のための赤本が置かれており、それを横目にルーズリーフに問題を解いていっている。

 赤本が手元にあるという事は、やはり彼は受験生という見立ては間違っていなかったかもしれない。


 しかし、真面目に勉強をしている彼に話しかけることは難しそうだ。

 まぁ、見知らぬ人間に突然話しかけられたらびっくりしてしまうだろうし……今回はこうやって近くから様子を見てみるしかなさそうだ。


 適当に本棚から持ってきた本を読むフリをしながら、チラチラと彼の様子を覗き見る。

 しばらく熱心に問題を解いていた彼だったが、しばらくすると持っていたペンを置いて、腕を大きく上にあげて背伸びをした。


 ふわぁ……と大きな欠伸も一緒に出ていて、俺は『受験生さんお疲れ様です』と心の中で彼をねぎらった。

 そして、背伸びを終えて腕を下ろした彼は、椅子から静かな動作で腰を上げると、律儀に椅子を中にしまって席を立った。


 彼が、歩いて本棚の隙間に消えていったことを確認すると、俺はさっと手を伸ばし彼の赤本の表紙を確認した。

 先ほどチラリと文字が見えたのでもしかして、と覗き見をしたのだが、ビンゴだった。


 そこには彼のクラスと名前が、整った字で書かれていた。


『3年A組 天野 智紀』


 やはり三年生だったようだ。読み方は(あまの ともき)だろうか……。

 彼がやってくる前に、赤本をさっと元通りに戻すと、さっと手元のメモに名前とクラスの書き残す。

 彼が席を立ったので、今度は霧島の仕事のターンだ。

 大丈夫だろうか、と一瞬心配をしてしまうが、あいつは自分の失敗を許さなそうな感じがするので、きっと大丈夫だろう。


 俺はあの女が苦手だ。

 けれど、あいつはこういう事はしっかりこなしそうだ。という霧島に対する謎の安心感が俺にはあった。


 ふぅ、と一つ息を吐いて、そういえばカバンに桃香から借りていた少女漫画が入っていたことを思い出す。

 手元のよくわからない本を置いて、少女漫画を手に取る。ページを開くと、その素晴らしくファンシーな世界に入り込むことにした。

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