第6話「スタミナ弁当の罠」


 電車から降りた後、桃香と紅は並んで歩いていた。

 俺と霧島はその少し後ろを歩いた。


 二人に気づかれないように、二人の声が聞こえるくらいの距離を空けて歩く。

 奴らに気づかれないように様子を見守るのが一番の目的なので、気づかれてしまっては一巻の終わりだ。

 しかし、会話の内容も気になるし、適度に近づいて様子も見たい。

 この加減が非常に難しい。


 駅からしばらく歩くと、目的の水族館が見えてきた。

 その外観は冴えない田舎街には、不釣り合いなほど洒落ているデザインをしている、そこは遠目から入り口付近を見ても、土日の家族連れやカップルたちで賑わっていた。


 水族館の外に設けられている、公園に鐘のついた時計塔を意識したモニュメントがドシンと構えていた。


 その時計のモニュメントに視線をやると、ちょうど針が頂点を指し12時のお昼を告げる鐘が鳴り響いた。

 それと同時に前を歩く二人の元から、俺たちにも分かるほどの大きな腹の虫が鳴く音が響いた。


 驚いて、そちらを見ると左側を歩いていた紅が恥ずかしそうに右手で頭をかいた。


「……はは、恥ずかしいな。実は朝急いで家を出てきたから、朝ご飯を食べてこなかったんだ……」


 紅がそう言うと、隣を歩いていた桃香は、両手をパチンと合わせて言った。


「それなら、先にお昼ご飯にしよ? 私、葉太君とお昼食べたくって、今朝お弁当作ってきたんだー」


 そう言って、桃香は右腕にかけていたバックを紅に見せるように少し高く持ち上げた。


「ちょうど公園もあるし、ちょっとそこでご飯食べていこうよ」


「えっ、本当!? オレのために、お弁当作って来てくれたの……? 桜野さん優しいんだね……! 嬉しい。食べたいな!」


 桃香の言葉に満面の笑顔を浮かべて、紅は公園に歩みの行先を変えた。


 公園に向かう二人の後を追いながら、俺はこの前桃香に助言したことがうまくいったな……とほくそ笑んだ。


* * *


 桃香から紅とデートをすることになったと聞かされて、霧島と桃香達を邪魔する共同戦線を張ることになった後、俺と霧島は本人たちにばれないようにそれぞれの幼馴染に間違った助言を行うことにした。


 俺は、デートが行われる前々日くらいに、桃香と話す機会があった。


「紅君とのデート、何着て行こう~! 女の子らしいほうがいいかなぁ? でもあんまり、かわい子ぶるのもダメかなぁ……?」


 なんて、俺の部屋に何着か洋服を持ち込んで、俺の部屋にある鏡の前で、自分の身体に洋服を合わせながら、独り言を呟く桃香。


「悩むのは非常にいいと思うけれど、それを何故俺の部屋でやるのか……」


 俺はベッドに横になりながら、桃香のファッションショーを横目に、桃香がお土産で持ってきてくれた少女漫画を読み進める。


 漫画の中では、主人公の女の子が、素敵な男のキャラと出会い、恋に落ちるシーンだった。

 桃香もヒロインと同じように、紅に好感を抱き恋に落ちたのだろう。

 最初こそ紅に反発心を抱いていた俺だったが、こうして、桃香の恋路を見ていると、案外紅の奴は悪い奴じゃないのかも、と思うようになってきた。


 けれど、だから応援しよう。と言う気持ちに100パーセントなれるわけではない。


 霧島と共同戦線を張った以上、二人の恋路を邪魔するほかない。


 そんな事を考えていると、桃香がまるで今思い出しましたとでも言うように、俺に相談してきた。


「ねぇねぇ、りょーくんあのさ」


「なんだよ」


 どうせ紅の事だろ、とか思いながら、俺は少女漫画から顔を上げ、桃香の方を見た。


 そうしたら、案の定桃香は顔をポッと赤らめながら、言った。


「あのね、紅君と今度水族館に行くじゃない? その時に、その……お弁当を作っていこうと思ってるんだけど、どんなお弁当にしたらいいかなぁ」


 その相談を聞いた瞬間、俺は『来た!』と思った。

 桃香の恋路を邪魔するアドバイスをするなら、ここだろ!


 そう思った俺は、嬉々としてその質問に答えた。


「そうだなぁ、男だったら、やっぱりニンニクたっぷりのスタミナ弁当だろ」


 言って、心の中で付け足す。


(まぁ、紅はどうせニンニクとかそういう男らしい物は苦手だろうけどな)


 しかし、そんな俺の心の声など知る由もなく、桃香は嬉しそうに笑った。


「そうだよねぇ、男の子だもんね~。よし! スタミナ弁当作って持ってこー!」


 うふふーととても嬉しそうに笑う桃香に悪い事をしたという罪悪感を抱きながらも、俺は心の中でそこに居ない霧島に親指を立てた。


 上機嫌になった桃香は、ずっと手に持っていた洋服を身体に当てたまま、俺の部屋を出て行った。

 その他の洋服を散らかしたまま。


「こら、桃香! 俺の部屋に洋服置いていくな!」


 たまらず、俺は洋服の形をすぐさないようにまとめて、桃香の後を追いかけた。


* * *


 そうして実際に桃香が紅へと、にんにくたっぷりのスタミナ弁当を作ってきたわけだが。

 その時の話を、隣を歩く霧島に話をしてみると、霧島は顔を大きくしかめて「あなた最低ね」と言い捨てた。


「にんにくの匂いがきついスタミナ弁当なんて、デート中に喜んで食べる人がいるわけないでしょう……。何よりそんな料理を女の子に作らせるんじゃないわよ……」


 はぁ……とため息を吐き霧島は言う。


「あぁ……俺もちょっとだけ反省してる」


 言って、俺も自分の腹が減っていることに気づく。


「そうだ、俺たちはご飯どうする? 今のうちに買ってくるか?」


 俺が言うと、霧島は「それですけど……」と顔を下に向けながら少し言いづらそうに言った。


「私も……その、お弁当作ってきたんですけど……」


 言いながら、霧島は手提げのカバンの中から、小さいお弁当箱を二つ取り出した。


「いえ、食べたくないなら食べなくていいんですけど」


 そう言って、再びお弁当を手提げカバンへしまおうとしている霧島の手を掴んだ。


「いや、食べる、食べるから! せっかく作って来てくれたんだから、食べるよ!」


 そうギュッと手を掴むと、霧島は顔をかぁぁと赤らめた。


「手を握らないください。怒ります、よ」


 表情と言動が一致しないが、ここで怒らせては俺が困る、と慌てて手を離す。


「ごめん。でも、せっかく作ってくれたんだから食べたい。いきなり掴んじゃって、そのごめん」


 言うと、霧島は手を止め、近くのベンチを指さす。そこは程よく桃香と紅と距離が離れていて、なおかつ木陰でご飯が食べやすそうだった。


「じゃあ座って食べようぜ」


 言うと霧島は当たり前でしょう? とでも言うようないつもの調子で後をついてきた。


 ベンチに座り、霧島のお弁当を開くと、そこには綺麗に並んだTHE・お弁当のおかずというようなおかずが並んでいた。ウインナーに卵焼き、ミニトマトにミートボール。しまいにお米は海苔が綺麗にまかれたおにぎりと言う徹底っぷりだ。


「すごいな……」


 目の前のあまりの完璧な『お弁当』に俺は声もろくに出せずに感動していた。


「早く食べなさいよ。二人の様子がちゃんと見れないでしょ」


 俺の感動など気にした様子もなく、霧島は淡々と同じ中身のお弁当を口に運んでいた。


 その言葉に「それもそうだな」と頷くと、急いでお弁当を口に運ぶ。


 霧島のお弁当は見た目もさることながら味も中々美味かった。

 けれど、それより気になるのは桃香の事だ。


 そそくさとご飯を胃にしまうと、お弁当を広げている二人の会話が聞こえる位置に移動をする。


 移動し終えると、二人はちょうど今からお弁当の蓋を開けようとしている所だった。


「じゃあ、お弁当開けてもいい……?」


 紅がお弁当箱に手をかける。

 紅の正面に座っている桃香と同じように、俺と隣にいる霧島もごくりと唾を飲み込む音が聞こえるくらい固唾をのんでその様子を見ていた。


 ――パカッ。


 お弁当の蓋が遂に空く。

 三人の視線が紅に集まる。

 紅は一瞬驚いたような表情を浮かべた後……。


「えっ、何これすごく美味しそう……!」


 と、目を輝かせて言った。

 俺と、霧島は「嘘だろ……」「嘘でしょ……」と二人して落胆の声を上げた。

 半面、桃香は本当に嬉しそうに顔を綻ばせていった。


「本当……!? りょーくんが、こういうお弁当の方がいいって言ってくれて、作ってきたんだ……!」


 それを聞いて、紅はお箸に手を伸ばしながら、桃香に言った。


「桜野さんの幼馴染は、本当いい人だよねー! オレ、よく意外って言われるんだけど、こういうご飯すごく好きなんだ! ありがとう!」


 ニコニコと笑う紅に、桃香はお箸を渡しながら「えへへ」と笑った。


「うん! 本当にりょーくんに感謝だよー」


 桃香にそう言われると、照れてしまうが、隣にいる霧島の視線が痛い。

 霧島の方を見れないまま、俺は弁解をした。


「……お前だって、知らなかっただろうがよ……」


「知らなかったけれど、仲良くなってしまったじゃないの! もう……」


 肩を落とす俺らと対照的に、桃香と紅は幸せそうにお弁当を食べ続けた。

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