第5話「思い出話は電車にて」

 待ち合わせからしばらく、もたついた二人も、遂に水族館への移動を開始するために電車に乗った。


 水族館は、県の中心部に位置する俺たちの地元から、電車で20分ほど移動した場所にあった。


 俺たちの地元の県を走る電車は少し変わった作りをしている。

 一応関東には含まれているが、電車を使う人間があまり多くはない。

 そのため、電車の作りが人を沢山乗せるため、と言うよりは居心地の良い空間を作るために、シートの配置を新幹線のような形にしている。

 具体的に言うと、二人がけのシートが向き合う形になっているのだ。そのため非常に居心地が良い作りになっている。


 通勤などで東京の方に行く便には、人を沢山乗せられるように車両の壁に座席シートが一直線に並んで向き合っているものもあるのだが、基本は新幹線のような個室を意識したつくりになっている。


 桃香と紅が、先に座席に座ったので、俺と霧島はしばらく時間をおいてから後を追い、声は聞こえるが、姿は見えないような位置のシートに座ることに成功した。


 乗車した駅を出発した瞬間から、桃香と紅はキャッキャと会話を始めた。

 先に口を開いたのは、桃香だった。


「無事に電車間に合ってよかったねー。電車乗って20分くらいで、着いたらすぐに水族館だからペンギンさんのショー間に合いそうだね!」


 がさごそと紙が開かれるような音がしたので、きっと桃香が事前に用意していたパンフレットでも開いているのだろう。

 紅もそれを一緒に見ているのか、水族館の催し物の話を始めた。


「ペンギンさんいいね! あっ、その後、アシカさんのショーも近くであるみたいだよ。行ってみようか」


 などと、二人で楽しそうに水族館での行動を話している様子は、本当に楽しそうでお似合いだった。


 そっと、斜め前に座っている霧島に目をやると悔しそうな表情を浮かべていた。


「ペンギンやアシカに、さん付けする葉太……かわいい……」


 あまりにも、一致しない表情と言動が面白くて、俺はくはっと笑ってしまった。


「霧島、お前本当に紅の事好きなのな」


 しかし、それに霧島は困ったような顔をして怒った。


「……あなたに“お前”呼ばわりされたくないわ。……まぁ、私は葉太の事大好きだけどね」


 そう言った後に、困った顔が僅かに綻び、柔和にゅうわな微笑みが見えて。

 それがとても女の子らしくて、霧島の意外な一面が見れた気がして少しドキッとした。


「そんな事より、あなた。そんな大きな声を出していると、あの二人に気づかれますよ」


 言われ、ハッとして俺と霧島は人差し指を唇に当てて黙りこんだ。


 黙ってしばらく隣の二人の様子に聞き耳を立てていると、会話が途切れていた。

 ひやっとして、二人の声が再び聞こえるまで、霧島と黙っていると、桃香の声が聞こえた。


「……あっ! ごめんね紅君。なんだか、幼馴染の声がした気がして黙り込んじゃった」


「いやいや、大丈夫だよー。オレもなんだか幼馴染の声がした気がして黙っちゃった」


 言ってから、二人は一瞬の間を開けて笑った。


「お互いなんだか、似た者同士だね」


「うん、私もそう思っていた所だよー」


 笑い合ってから、ふと思い出したように、桃香がつぶやいた。


「そう言えば、私りょーくんと……水族館に行ったことあったんだ」


 本当に呟くように言った、その言葉を紅は聞き逃さなかった。


「りょーくんって、桜野さんの幼馴染?」


 言われて、桃香はハッとしたように言った。


「あ……ごめんね? 今は紅くんと居るのに、他の男の子の話なんかして」


 しかし、紅は「いいよ」と言った。


「桜野さんの話もっと聞きたいから、話して」


 その声は、とても優しくて、きっとその顔も優しく綻んでいるのだろうと思った。


 その言葉にホッとしたのか、桃香は話を始めた。


「りょーくんはね、人見知りで、顔もいっつもしかめっ面で、背も高いから人にいつも怖がられてるんだけどね。……でも、私とずっと仲良くしてくれててね……」


 ウキウキと話をする桃香。俺の事をそんなに楽しそうに話されると、恥ずかしすぎる。

 さっきから、こっちをにやにやと見ている霧島の顔さえ見れない。恥ずかしい。


「りょーくんとも、小学生くらいの頃に一緒に水族館に来たなぁ……って思い出しちゃった」


 言われて、俺も桃香と小学生の時に今から行く水族館に行ったことを思い出す。

 あの時もずっと桃香と同じクラスで、何度目か覚えていないくらい、一緒に行った遠足の時だった。


 桃香と俺は隣同士でバスの席に座っていて、桃香はずっと俺に話しかけていた。


「ねぇねぇ、りょーくん。見てみてー」


「りょーくんって呼ぶなよ、恥ずかしいだろ」


 そう言っていた俺だが、当時からきっと桃香の事を好きだったのだと思う。


「……で、なんだよ。何があるんだ?」


 言って、その桃香が指す指の先を見ると、そこには確か――……。


「あっ! 見てみて!」


 思い出を思い出す前に、桃香のそんな声で現実に引き戻された。


 窓の外を見ると、そこには、昔桃香が指さしていた水族館の姿があった。


 それを発見したと同時に、電車のアナウンスが響く。


『もうすぐで、○○駅に到着いたしまーす』


「着いたね! 降りよう、紅君」


 そう言って、桃香は紅の手を引き、電車を降りてしまった。


 慌てて、俺と霧島も後を追い、急いで電車を降りた。


 二人の姿を追いながら、霧島が俺に話しかけてきた。


「あなたも、本当に桜野さんが好きなのね」


「は!? なんだよ急に?」


 驚いて大声を出す俺に、霧島は笑いながら言った。


「桜野さんがあなたの事を話している時、あなた本当に嬉しそうな顔してたわよ」


 そう言って、霧島はふふっと笑った。


「あなたでも、あんな顔するのね」


 そう言って、先を行く霧島の背中に向かって


「うるせぇーよ」


 と、俺は呟くように言った。

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