第4話「尾行は必ず変装とセットで」
そうして、俺らが事の成り行きを見守っている間に日付は進み、桃香が嬉々として話していた週末。日曜日がやってきた。
桃香が紅に告白するためにデートに誘ったのは、地元から少し離れた場所にある水族館だった。
桃香がデートの場所に選んだ水族館は、イルカやペンギンのショーがあったりして家族連れにも楽しめる王道なデートスポットだ。その上その水族館は、屋内の水槽のディスプレイなどは暗めにセッティングされており、カップルにも楽しめる仕様になっている。
そんな水族館を指定した桃香のセンスはさすがだと感じた。
いや、複雑だけど。
水族館へは桃香と紅は電車で移動をするらしい。
その情報を仕入れた俺と霧島は、二人の待ち合わせ場所の近くで同じように待ち合わせをし、尾行を開始することにした。
桃香たちが合流する30分前に待ち合わせをした俺たちだったが、この日を迎える前に二人で決めたことが一つあった。
いくら水族館内が暗いとはいえ、桃香も紅も俺たちの事はよく知っているので、尾行がバレる可能性も大いにある。
そのため霧島と俺は話し合って変装をすることに決めた。
普段は黒髪短髪で、目立たない格好を心掛けている俺だが、今日はこの日のために購入した探偵がよく被っているようなキャスケット帽を目深に被り、色の濃い大きめのサングラスを装着した。
とても怪しいが、これならぱっと見で俺だとばれることは無いだろう。
そんな変装した俺が、待ち合わせスポット……ではなく駅近くのコンビニで雑誌を立ち読みしながら霧島を待っていると。
ソロソロという擬音が付きそうな様子で、長い黒髪をおさげにきっちりと詰めて、柔らかい素材でできたつば広の、よく熟年の女優が被っているような帽子をかぶった女が一人やってきた。
「……」
「……随分、印象が変わるもんだな」
合流したというのに一言の挨拶もない霧島に、俺は精一杯の勇気を出していった。
霧島は、普段はかけていない黒ぶちの眼鏡をくいっとあげると、憎々しげに言った。
「今回の事を母親に相談したのが、運の尽きだったわ……」
聞くと『紅のデートを見守りに行くから洋服を貸してほしい』と母親に相談した霧島は、目の色を変えた母親の全力のコーディネートで見事地味女への変身を遂げたらしい。
「まぁ、結果的に大幅な変身が出来てよかったけど。ちょっとこれは……恥ずかしいわね」
などと、同じような格好をしている人間になんの気遣いもせずに霧島は言ってのけた。
まぁ、これ以上お互いの変装に触れると墓穴ばかりが増えそうなので、俺は早々に飲み物などを買って、桃香と紅が待ち合わせをする、待ち合わせ場所スポットのモチーフの前に移動をすることにした。
待ち合わせ場所に移動すると、既に紅が待っていた。
自分の腕時計を確認すると、まだ聞いていた待ち合わせ時間よりも15分ほど早い。
さすが……モテる男は待ち合わせもスマートだ。
紅の私服は思ったよりもカジュアルで、小さい身長の割にそれが際立たない、カジュアルながらも少しスマートなコーディネートがされていた。
白いTシャツの上に、暖色系の明るいチェックのシャツ。ズボンは濃い色のベージュで、いかにも春、といったようなコーディネートがされていた。
その普段はふわふわのくせのある髪の毛も、制服の時とは違い、僅かにワックスなどでセットをしているようだった。
待っている間、携帯を触って時間をつぶしている紅に気づかれないように、俺は霧島に話しかけようとした……が、
「……お前何してんの」
そこには、一心不乱に私服の紅を写真に収めようとしている、いやむしろ何枚かすでに無音カメラで写真を撮っているのかもしれない、霧島の姿があった。
俺の声にはっとした、霧島はバツが悪そうに眼をそらすと「いいじゃない別に」と言った。
「だって、葉太の私服……かっこいいんだもの」
呟くように言った、霧島の言葉には俺は大いに同意だった。
同性の俺でも見とれるくらい、かっこいいし絵になっている。
これは桃香が惚れるのもわかる。
時計の針が、予定されていた約束の時間を指す直前、パタパタパタという跳ねるような音と共に駆けてくる女の子の姿があった。
袖と裾が自分の身体よりも少しあまるような少し大きい印象を受けるようなロングカーディガンを揺らしながら、そのカーディガンの下に白いフリルのついたブラウスといくつかのプリーツがなびく赤いプリーツスカートを身に着けた桃香だった。
まるで子犬を連想させるような桃香は、足音に気づき顔を上げた葉太に、駆け寄ると肩で息をしながら、言った。
「ごめんね、紅くん……! もしかして結構待たせちゃった……?」
本当に申し訳なさそうにそう言う桃香に、紅は両手を顔の前で振った。
「いやいや、今さっきオレも来た所だから大丈夫大丈夫。オレの方こそ、何だか桜野さんを急がせたみたいでごめんね?」
などと、随分前から待っていたくせにそれを微塵も見せない余裕の対応をしてみせた。
「もし、ちょっと落ち着いたら、ゆっくり電車に行こうか。それともコンビニでお茶でも買っていく?」
その上この、桃香を気遣う紳士な対応だ。これに落ちない奴などいないだろう。
それに桃香は左手に着けた腕時計を見ると、慌てたように両手をブンブンと振った。
「私の事は気にしなくていいよ……! それより紅くんこそ喉乾いてない? 今日ちょっと暑いよね……!」
桃香の言葉に、紅は考え込むように顎の下に指を当てると、しばらく思案した後に、その指をパチンと鳴らした。
「じゃあ、そこのコンビニで二人分の飲み物買っていこ?」
……と、自分を心配する桃香の意見も、少しいじっぱりな桃香の意見も尊重する提案をして。
そんな完璧な振る舞いに俺は敬服せざるを得なかった。
「お前の幼馴染かっこよすぎるな」
「当たり前でしょ。葉太なんだから」
俺があっけにとられながら、霧島に言うと、霧島は自分の事でもないのに、誇らしげに胸を張った。
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