第2話「敵情視察はこっそりと」

 俺に思いのたけを吐露とろしきった桃香は、大分すっきりしたようで。

 話し終えたら、「うん! 私頑張るよー」と笑顔でガッツポーズをし、屋上の出入り口に走っていった。

 俺が追いつくのを待ってから桃香は一緒に階段を降りると、呟くように言った。


「でもね。私、りょーくんなら、きっと私の事を応援してくれると思ってたよ。ありがとう」


 そう言い階段で二階に降りると、桃香は照れ臭そうに俺に手を振り、自分の教室に向かって駆けて行った。


* * *


 桃香に恋心を吐き出された夜。一晩ベッドの上でやっぱり応援するべきか、それとも邪魔をするべきか、あーだこーだと葛藤かっとうをしていた。

 一度は邪魔してやろうと決めたものの、桃香が幸せならいいじゃないかという俺と、やっぱり桃香と付き合いたいという俺が交互に出てきて、結果が出ないまま学校に来てしまった。


 我ながら、女々しいやつだと思う。


 結局答えは出なかったが、一つだけ決めたことがあった。

 それは『桃香が好きだという、紅と言うやつがどんな奴かをみてやろう』と言う事だ。


 ベッドの上でぐだぐだと思い悩んだ俺が、苦し紛れに読んだ少女漫画にも書いてあった。


『好きな人の好きな人を知ってこそ、私はその人と初めて張り合えるのだと思う――……!』


 本当にその通りだと思う。

 桃香が好きな奴を知ってからじゃないと、俺はきっと、そいつと張り合うことはできないのだろう。

 だから俺は明日の昼休みの時間に、桃香と紅の様子を見届けることに決めたのだった。


* * *


 午前のつまらない授業を乗り越え、お昼休み。

 俺は持ってきていた弁当箱を早々に空にして、桃香のクラス……C組の前に来ていた。


 そっとクラスメイトにも気づかれないように、桃香のクラスを覗き込む。

 すると桃香は、持参している桃香母の作った可愛らしいお弁当箱を、先ほどの俺と同じように急いで食べ切っている所だった。

 そして小さなそのお弁当箱を、ウサギの柄がプリントされたきんちゃく袋に入れ、手際よくカバンにしまった。


 代わりにカバンから出てきたのは、俺が一度も見た事が無いようなCDだった。

 遠目からだと何のCDだか認識することはできないが、パステルカラーの色味のCDジャケットは、なんとなく桃香の印象に合っているような気がした。


 CDケースを手に持つと桃香は椅子から立ち上がり急ぎ足で、俺がのぞき込んでいる扉とは、反対側の教室の扉へ駆けて行った。

 反対側とはいえ、こちらに気付かないという確証もないので、俺は慌てて身をひそめる。


 廊下に出た桃香を、隠れた場所からこっそりと覗き見ると、桃香は俺のクラスとは逆側のD組の教室の前に居た。

 D組の学生に桃香が声をかけると、しばらくして、男子生徒がクラスの出入り口に出てきた。

 きっと、彼が紅くんとやらなんだろう。


 遠目から見ても、その整った顔が分かるほどの美少年。

 背が高く威圧感のある俺とは真逆で、身長が低く身体全体から人のよさがにじみ出ているような少年だ。


 そう、少年。

 あどけない雰囲気を持っている彼は、少年という言葉がびっくりするくらい似合っていた。

 きっと、女子生徒にもモテるだろう。

 そんな印象を抱くような男子生徒だった。


 俺が何より悔しかったのは、紅と俺が見事なまでに真反対だった事ではなく。

 桃香がこれまで見た事が無いほど、とても嬉しそうに笑っていたことと。

 そしてそんな桃香に笑いかける紅の様子が驚くほどお似合いだったこと、だった。


「「悔しいな」」


 ふと漏れた言葉が、誰かとハモった。


 慌てて見ると壁に隠れて覗いていた俺の横で、何にも隠れずに仁王立ちで、俺と同じように二人を見ている女子生徒の姿があった。


 サラサラとしたビックリするほど癖のない黒髪を背中までのび、生地の薄い黒タイツで覆われたすらっとした足を肩幅に開かれている。そして、その白い両手を胸の前で組み合わせた少女は、もう一度呟いた。


「悔しい」


 あっけに取られた表情で、俺は彼女を見ていたんだろう。

 少女はこちらをギロっと一瞥いちべつすると、両目を釣り上げて言った。


「貴方は悔しくないわけ? 青海あおみ りょう!」


 その恐ろしいまでの剣幕に、俺は『なんで俺の名前を知っているんだ』とか『お前は誰なんだ』とか、そんな事さえも言えずただ言葉をつぐんだ。


「い、いや……悔しい、けどさ……」


 悔しい、けど。

 桃香がすごく幸せそうな顔して笑ってるし。

 なんか二人とも、お似合いだし。

 悔しいけど……このまま諦めてもいいかな、とさえ思っていたくらいだった。


 しかし、女生徒は両手を組んだまま言った。


「私は悔しいし、認めないわ」


 そして、そのまま遠目から二人を指さして言った。


「青海、私は霧島きりしま 吹雪ふぶきよ。あんたと桜野 桃香が幼馴染であるように、私も葉太ようたの幼馴染なの」


 一気にそう言い捨て、そして再び俺に向かって吐き捨てるように言った。


「私は、二人を認めない」


 ビシッと二人を指さしていた右手を戻し、腰に添えると霧島は本当に悔しそうに言ったのだった。


「葉太に、葉太に一番近いのは私だけ……なんだから」


 そんな霧島の様子に、俺は自分の抱えている葛藤に似ているものを感じ、そっと口を開いた。


「あんた……もしかして紅の事が好きなのか……?」


 言うと、少し目を伏せていた霧島はギロっとその視線を俺に向けた。


「そうよ! その通りに決まっているでしょう!?」


 言って、腰に当てていた右手を今度は俺の方に向けて指し、霧島は言った。


「青海 涼! あなたも男なら、桜野が好きだというのなら、私と協力して、あの二人の恋仲を邪魔するのよ!」


 びしっと霧島に指さされながら、俺は先日の自分の事を思い出した。

 そして厄介な奴に厄介なシチュエーションで捕まってしまったな、と思った。

 桃香に屋上に呼び出された日に二人の恋路を邪魔すると誓った俺と、全く同じ目をしたこいつの隣で。

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