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セツナ

第1章「初めてのカップル成立」【幼馴染×幼馴染】

第1話「始まりは失恋から」

 人生とは、何が起きるか分からない。

 何が起きるか、分からないから面白い、と言う人もいるが、今の俺にそんな言葉は届きそうもない。


 俺は今、12年間抱えていた初恋が、失恋という終焉を迎える瀬戸際に立たされているのだ。


***


 俺には、幼稚園のころから片想いをしている女の子がいる。

 幼い頃から彼女――桜野さくらの 桃香ももかを好きな俺は、ずっとその想いを気付かれないように、と必死に隠しながら高校まで一緒に来てしまった。


 どうやら、俺と彼女は結構な腐れ縁のようで、幼稚園の時から、高校に上がってからもずっと同じクラスだった。


 けれど、高校2年生の春。どうせ今年も桃香と同じクラスになるだろうとたかくくっていたのだが、貼り出されたクラス分けの用紙には、俺と桃香の名前は一緒に載っていなかった。

 俺はA組、桃香がC組。こんなことは初めてだった。


 今までは同じクラスが当たり前で、こんなに距離が離れたのは初めてで。正直動揺を隠しきれない自分がいた。

 しかし、結果が出てしまったクラス分けに文句を言っていても仕方がない。

 俺は割り切って新学期を新しいクラスで過ごせるように努力することにした。


 そんな矢先。4月も終わろうか、という時期。

 今までは同じクラスに桃香がいたから、クラスで何かをしようとする時にも、彼女と一緒居ればそれで何事も円滑に進んでいたのだが……

 桃香が居なくなった途端、自分がいかに何もできない人間なのだと思い知った。


 俺はもともと目つきも悪く、身長も高く、桃香曰く「りょーくんは普通の人から見たら、結構、威圧感あるからねー」らしい。

 だからか、俺がクラスメイト達に話しかけたりすると、彼らは一瞬顔を引きつらせながら返事をする。

 それがちょっと寂しかったりするのだが。


 そんなこんなで、新しいクラス友人たちと話せるように、桃香抜きでも一人でクラスに馴染めるように努力をしていた。

 上手くいっているかどうかは分からないが。

 そんなある日の昼休み、普段めったに俺に話しかけてこないクラスメイトが俺に声をかけてきた。


「おい、青海あおみ


 4月に新クラスになって初めて、クラスメイトに話しかけられたので嬉しすぎて、つい俺は立ち上がってしまった。


「お、おう! なんだ!?」 


 その勢いに、話しかけてきたクラスメイトは半身引きながら、要件を教えてくれた。


「あ……いや。なんか女の子が青海を呼んでいたから」


 それだけ言うとクラスメイトはそそくさと、いつもの廊下際にたまっている自分の属するグループに戻っていった。


 俺は言われたとおりに、廊下の方を見ると、確かにそこには俺を待つ桃香の姿があった。


 その姿に俺の心臓はクラスメイトに話しかけられた時よりも、ずっと大きく飛び跳ねた。


「桃香、どうした?」


 平然を装いつつ、廊下で待つ桃香に歩み寄る。

 気のせいだろうが、クラスメート達の視線が俺たちに集まっているように思える。


「いやねぇ、りょーくんに聞いて欲しい話があって。ちょっと付いてきて欲しいんだー。いいかな?」


 そういうなり、桃香は先を歩き出す。

 スタスタと先を歩く桃香についていく。

 どうやら拒否権は無いらしい。

 歩きながら、桃香は俺に話しかけてきた。


「どうっすかー? りょーくん。新しいクラスには慣れたー?」


「んー、まぁ慣れたかな」


 いまだに、クラスメイトに話しかけるとビビられるけど。

 話しかけてもらったのは今日が初めてだけど。

 好きな女の子の前でくらい、意地を張りたいのが男心ってもんだろ?


「えー? どうせ、りょーくんの事だから、今日初めて話しかけられたとかでしょー」


 意地を張る俺の心に、悪意なく笑って言う桃香の言葉がズサリと刺さる。


「ぐっ……!」


 言葉に詰まる俺に、桃香は笑って「図星だねー」と笑って見せた。


 振り返って笑う桃香がとても可愛くて、反論しようと思っていた気持ちがすっかり消えてしまった。


 そのまま、世間話をしながら桃香についていくと、最上階の3階から更に階段を登ろうとしていた。そこは屋上につながる階段だ。


「屋上に出るのか?」


 うちの学校は、他の学校のように屋上への出入りを禁止していない。だから立ち入りは自由なのだが、なぜか禁止されないと立ち入りたい気持ちも薄れるらしく、そんなに人が沢山いるわけではない。

 だから、よく屋上の片隅で告白されるとかあるらしいが、俺はそんな場面にまだかち合った事が無い。


 桃香はよく、何か話したいことがあると、俺を屋上に呼び出す。

 だから、今回の事自体は特段珍しい事ではない。


 俺は、この程度の事で「告白か!?」などと期待したりはしない。

 何年桃香に片想いをしていると思っているのだ。

 こんな事で心を動かされるようでは、これからもド天然の桃香に振り回され続ける運命になってしまう。

 それは回避したいところである。


 今回はなんだろう、と桃香が話し出すのを待ってみるが、当の本人は「今日は寒いねー。春なのにねー」なんて世間話に花を咲かせている。

 それに適当に相槌を打ちながらも、彼女が本題に入るのを待ってみる。

 しかし、中々世間話から抜け出さない桃香にしびれを切らして、俺は話を切り出すことにした。


「聞いて欲しい話、ってなんだ? 早く話さないと昼休み終わるぞ」


 言うと桃香は『あー気づかれてしまったかー』とでもいうように、顔を固まらせた。

 口を開いたり、閉じたり。

 顔をしかめたり、いきなりほころばせたり。

 俺の前で百面相をしだす桃香。


 まるで、これから告白をするかのように。


 そこに考えが至った瞬間、ぼっと顔が赤くなった気がした。


 長い間、桃香に片思いしてきた俺の想いが遂に報われるときが来た……のか。

 長かった。

 幼稚園の時に桃香に惚れて以来、天然でかなり分かりにくい桃香に振り回され続けてきた。

 幼い時は何度も告白まがいのようなことを伝えては、はぐらかされてしまうという日々を送っていた。

 自分たちが成長して高校生になってからは、あまり自分の気持ちを桃香に伝えることはなくなったが、それでも好きな気持ちは変わらず。むしろ日に日にその気持ちは大きくなっていくばかりで。


 幼い頃に気持ちをはぐらかされ続けてきた俺は、成長していくにつれ、気持ちを素直に伝えることが出来なくなっていった。

 桃香に対しても、クラスメートに対しても。

 もともと目つきが悪いこともあり、倦厭けんえんされがちな俺だが、それが歳を重ねていくにつれ顕著けんちょに出てくるようになった。


 桃香とは腐れ縁で幼稚園から高校までずっと一緒に育ってきた。ずっと彼女を思い続けていた想いが、ようやく報われるときが来たようだ。


 そこまで考えを巡らせ、ひとつ息を吐くと自然と気持ちが整ってきて、俺は静かに桃香に向き合うことができた。


 俺が何も言わずに静かに桃香に向き直る。すると桃香はしばらく先ほどのように、せわしなく百面相をした後、ふぅ、と一つ息を吐いた。そうしてようやく落ち着いたようで、俺に向き直ると、静かに口を開いた。


「あのね、りょーくん。私ね、好きな人がいるの」


 ――来た。

 俺はこの瞬間を待っていた。

 桃香から告白をしてもらうのは不本意だが、長い間片思いをしていた俺へのご褒美だと思えばいいのかもしれない。

 100%自分への告白だと思い込んでいる俺は、天にも昇る心地だった。


 そう、俺は浮かれていた。

 そんな俺に非情にも桃香は真実を口にする。


「隣のクラスの、くれないくんって男の子なんだけどね」


 その言葉を聞いて、俺は目の前が真っ白になった。

 物理的に目を閉じたわけでもないのに、目の前がくらんで足元がぐらっと揺らいだ気がした。

 今までずっと片思いしていた桃香に、好きな人。

 そんな事今までは全くなくて、油断していたところがあったのは確かで。

 俺は今までになかった事態に戸惑った。


 しかし、ついに言いたかったことが伝えられた桃香はすっきりとした表情を浮かべて、俺に続けて言う。


「紅くんはとても優しい人なんだよー。私、最初に会った時から紅くんの事、いいなって思ってたんだけどー」


 気持ちを吐き出した桃香は気楽なもんで、次々と聞いてもいない自分の恋の話を続ける。

 聞いているのはとても辛い。けれど、桃香の楽しそうな顔を見ていられるのは嬉しい。

 悲しい。惚れた弱みってやつだろう。

 だから、俺は気になっていたことを、聞いてみることにした。


「でも紅って奴、隣のクラスなんだろ? なんでそんな奴の事、好きになったんだよ?」


 俺がそう聞いた瞬間、桃香は待ってました! とでもいうように、キラキラと目を輝かせて、凄い勢いで言葉を続けた。


「それがね! ほら、うちの高校って体育の授業とか2クラス合同でしょー? この前の体育の時間に、私転んじゃってね。その時に真っ先に駆け寄って来てくれたのが、紅くんだったんだー」


 その時を思い出してか、桃香はうっとりとした表情を浮かべている。


「『大丈夫?』って言って、紅くんは私の事を支えてくれて、先生に『オレ、桜野さんを保健室に送ってきます』って言いきって、先生がいいですよって言う間もなく、私を保健室に連れて行ってくれたんだ」


 「ちょっと恥ずかしかったけど、嬉しかったなぁ」と、えへへ~と言う擬音がつきそうなくらい幸せそうな表情を浮かべて、桃香は笑った。


「その後、紅くんは保健室で擦りむいた私の膝を消毒したりして手当てしてくれたの。その時から私、多分彼の事が好きだったんだと思うんだ」


 言いながら、桃香はその時のことを思い出すように目を細めている。


「それから、クラスは違うけど、何度か紅くんと話をしに隣クラスに通ったりしてたんだ~」


 俺の返答がないことなど、気にする様子もなく、桃香は一気に紅とやらとの話を続ける。

 それを聞きながら俺は、自分の初恋が砕け散ってしまった事へのショックと同時に、昔から手塩にかけて育ててきた娘が親離れをしてしまった時の父親のような気持ちとのダブルショックにさいなまれていた。


 ……というか、桃香は自分から好きになると、そんなに積極的に行動をする女の子だったんだな……。お父さんショックだよ。と、なぜか父親の気分の方が勝ってしまうくらいに俺は混乱していた。


 そして、そんな俺の気持ちなどガン無視で、桃香は続ける。


「それでね、今度紅くんとデートをする約束をしたんだ。今度の日曜日なんだけどね。その時に私、勇気を出して告白しようと思うんだ」


 言ってから、桃香は今までにないくらいの笑顔を浮かべて続けた。


「りょーくんには、今までいっぱい仲良くしてもらったから。一番先にりょーくんに伝えたかったんだ。ごめんね? 一方的にお話ししちゃって」


 なんて少し気恥しそうに言う桃香の優しさとか、俺への気遣いとかが、素直に嬉しかった。

 けど、どうしても桃香に恋人ができてしまうことは、俺には耐えられそうになかった。


「ありがとう、桃香。嬉しいよ。その紅への告白……頑張れよ?」


 耐えられそうにないくせに、俺は好きな子の前ではかっこつけたがりなので、つい、そんな虚勢を張ってしまう。


「えへへ。ありがとうりょーくん! 私頑張るね!」


 そう笑った桃香の笑顔を見て、俺は……


 全力で、桃香の恋路の邪魔をしようと決意した。

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