再会

 私の名前は片山芳樹。

 今年28歳になる新米ホームレスである。

 会社が倒産し、さらには保証人になった友達が失踪し借金を背負い一文無し。

 親には田舎の煎餅屋を継ぐ継がないで大喧嘩し勘当されている。

 行く場所がなくなった俺は河川敷で暮らすことにしたのだ。

 捨ててあった段ボールでマイホームも作った。


 指を刺され嘲笑されて、街を歩けば避けられて。そんな毎日だったが、川を見てると癒された。

 昔から水の流れを見てるのは好きだ。だからこの場所を住処に選んだ。


 河川敷に住み着き1ヶ月が経った頃、通行人から嫌な話が聞こえてきた。


「明日から台風くるんでしょ?マジで嫌なんだけど〜。結構強いらしいよ〜」

「なー。会社休みになんないかねぇ」


 台風が来る!どうしよう……。

 俺色々考えを巡らせたが留まることにした。

 この場所がもう気に入っていたし、避難してるうちに他の奴に取られたら困る。

 それに、もう死んだ所で未練は無い。川に飲まれて死ぬなら本望かもな。

 そんなことを考えていた。


 だが一応段ボールにしっかりとビニールをかけ、大きめの石を段ボールの端に沢山乗せて固定する。

 これでとりあえず大丈夫だろう。家に入り寝ることにした。


 次の日の朝、起きると大分強い風が吹いていた。我が家は何とか耐えている。

 中に籠っていようとも思ったがあまりの風の強さに不安になり、錘の石を追加するため外に出た。

 持てるか持てないかギリギリくらい重くて大きい石が良い。

 強風に煽られながら河川敷を歩く。


「あの〜すみませーん!!」


 何やら遠くで女性の声が聞こえる。家ある人間がこんな日でも外に出ているなんて何を考えているんだか。

 そんな事を考えながら石を探す。


「あの!!!」


 気付いたら女性が近くに立っていた。俺に話しかけているようだ。


「聞いてます!?これ台風ですよ!大雨もこれから来ますよ!危ないですから帰った方が良いですよ!」

「あぁ。はぃ。」


 こういう人がたまにいるから困る。正直ほっといて欲しい。帰る家はここにあるんだ。


「あぁ。はぃ。……じゃなくて行きましょ!これで後から流されたなんてニュース見たら気分悪いじゃ無いですか」

「いや、分かりましたんで、大丈夫ですから」


 お前の気持ちなんて知らん。というか人と2言以上交わしたのは久しぶりだ。


「何が大丈夫なんですか?大丈夫じゃなさそうだから声かけてるんですけども。」


 女性が軽く怒り出した。

 怒りたいのはこちらだ。


「もうほっといて下さいよ。僕の家そこなんで。分かったでしょ?それじゃ」

「いやいや、それじゃじゃなくて。要はホームレスなんですね?」


 ズケズケとくる上に面倒くさい。つか俺の明らかに見すぼらしい格好を見て気付け。


「はい。何か文句ありますか?」

「なんでそんな言い方をするんですか?ある訳無いじゃないですか。そんな事よりウチに来て下さい。」

「いや、結構です。そういう憐れみもう飽き飽きなので。」

「死なれると私が見殺しにしたみたいで嫌なんです。迷惑なんです。来て下さい」


 面倒だ。引き下がる気はなさそうだ。仕方なく台風が下がるまでの間お邪魔することにした。


「分かりました。台風の間だけ行きますよ。」


 なんでこんな嫌々なのか、屋根の下に入れるんだから万々歳だろう。とか思うかもしれないが、施しを受けたく無いという下らないプライドがあるのだ。


「初めからそうして下さい。あ、雨降り始めましたね。傘……は持ってないか。私の傘に入ってください」


 そう言うと彼女は傘を差し俺に差し出した。


「え、いや、俺臭いよ?」

「早く行きましょうよ。」


 俺の言葉を無視し、傘を俺に持たせて彼女の住むアパートへ向かう。

 同じ傘に入っているのだから当たり前なのだが距離が近い。俺の事が臭く無いのだろうか、不潔だと思わないのだろうか。


「あの、臭くないですか?」

「私そう言うの気にしないので」


 ふと、高校生の頃を思い出した。野球部で毎日汗だらけになって練習していた。

 そんな高校時代、練習が終わって帰る時に大雨が降った日があった。

 傘を持っていなかったので当時付き合っていた彼女と相合傘で帰ることになり、汗まみれの俺は彼女に同じ様に臭いの事を聞いた気がする。

 その時の返しもこんなだった気が。

 その彼女は親の都合で引っ越してしまいそれっきりだ。

 確か名前は……。


「川添奈美江です」

「それだ!」

「はい?」

「え?」

「だから私の名前です。さっきから名前聞いてるのに答えてくれないので。ちなみに看護師です。」

「あ、すみません。ぼーっとしてて。」


 本人じゃないよな? 同じ名前なだけだよな?

 改めてしっかり顔を見てみると綺麗な顔をしている。俺の彼女だった奈美江は眉も太くてそばかすで、ちょいぽちゃで眼鏡もかけてて、ゆるキャラみたいな可愛さだったはずだ。


「俺は……片岡琢磨です」


 とっさに偽名を使った。なんか嫌な予感がしたのだ。


「そう……ですか。」


 何やら不満そうな表情を浮かべていた。

 ちなみに強風に耐えて傘をさしているためそろそろ俺の手首は限界だ。


「着きましたよ。このアパートです。」

「すみません。お邪魔いたします。」


 アパートに入ろうとすると突然彼女が立ち止まる。


「えと、どうしました? やっぱり辞めておきましょうか? 僕汚いですし。」

「……芳樹だよね?」


 ドキリとした。本当にあの奈美江なのか?

 だとするとこの姿は見られたく無かった。


「い、いえ。先程名乗ったじゃないですか。僕は……」

「そういうの良いから。芳樹がどんな格好でどんな状況だって別になんとも思わないよ。私だよ。 奈美江だよ。覚えてないかな?」

「……久しぶり。」

「やっぱり!傘に入った時からそんな感じしたんだ!懐かしい感じ!」

「あぁ。なんか、雰囲気かわったね」

「あれから女を磨いたんだ!とりあえず中入ろっか!」


 恥ずかしかった。彼女は看護師。俺は無職。

 憐れみを受けて今から家に上がろうとしている。こんな情けない事はない。

 足が動かなかった。


「どうしたの?入ろうよ!色々話そ!」

「俺、やっぱり辞めるよ。ごめん。ありがとね。」


 俺は奈美江に傘を押し付けその場を離れようとした。


「待って!!!」


 俺は思わず立ち止まってしまった。雨に打たれながら背中越しに彼女の声を聞く。


「私に見られたく無かったよね。ゴメンね。でもね、私ずっと探してたんだ。地元に帰っても見つからないし、実家に行っても知らないって言われたし。」


 大きな音をたてながら風が吹き荒れ雨が打ち付ける。

 しかし何故か奈美江の声ははっきりと聞こえる。


「私たち別れた時の約束覚えてる? この先私達会う事ないかもしれない。でも、もし出会えた時にまだお互いの事を好きだったら、また付き合おうねって。」


 その約束を忘れた事などない。

 しかしもうそんな口約束あって無いようなものだと思っていた。

 そういえば奈美江は昔からクソ真面目で真っ直ぐな性格だったな。

 雨が俺のテンパっていた頭を冷やしてくれる。

 だが振り返る勇気がない。当時のこと、彼女への気持ちを思い出したからこそ余計に顔を見ることが出来なかった。

 奈美江は返事の無い俺を見て言葉を続ける。


「もちろん芳樹が覚えてるなんて思ってなかったし、未だに信じてるなんて馬鹿みたいだと……あぁ!」


 悲鳴が聞こえ振り返ると強風に煽られ傘が裏返り、奈美江は転倒して膝をついていた。

 とっさに俺は駆け寄り彼女の肩を抱えて支えていた。


「大丈夫か?」

「うん。……ねぇ、芳樹。良かったらウチ住まない?」

「……良いのか?こんな泥まみれの男でも」

「それを言ったら私も今は泥まみれだよ」

「俺無職だぜ? 」

「就職手伝ってあげる」


 俺達はキツく抱き合い、微笑みあった。


 もうお互い11年前とは大きく変わった。

 しかし、その時の俺らは相合傘で一緒に帰ったあの時にタイムスリップした気分だった。


 壊れた傘を2人で大切に拾い上げ、部屋に入った。


 冷えた体が温まる、心に吹き荒れる嵐がようやく止んだ。



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