空間

 雨の日は好きだ。

 傘をさしイヤホンを付ける、そして顔が隠れるくらい深く傘を下げる。

 そうすると外から遮断されて自分だけの空間になった気分になる。

 この感覚が好きだ。


 ビニール傘の内側から打ち付ける雨粒を眺めながら歩く。こういうのって意外と飽きずに見てられる。


 ボンっ


 雨粒に注意を取られすぎて、本屋の軒下で何かにぶつかった。


「うっわ最悪!何すんのよ!濡れたじゃん!」


 うっわ最悪。クラスが同じいつも賑やかな女子だ。

 ギャルっぽくて苦手なタイプ。

 確か名前は・・・何とか唯。

 つか、ぶつからなくてもすでにびしょ濡れだ。雨宿りしていたらしい。

 ヒョウ柄の下着が透けている。とっさに目を逸らしたがこの光景は未来永劫目に焼き付いて忘れないだろう。

 イヤホンを外し謝る。


「すいませんでした。」


(前はしっかり見てなくちゃな)


 そしてまたイヤホンを付け帰ろうとする。


「ちょっと待ってよ!それだけ!?」

「え?」


 振り返るとこっちを睨んでる。だいぶお怒りの様だ。


「えと、本当にすいませんでした。」

「そうじゃなくて!普通クラスメイトが雨の中傘もささず困ってたら入れてあげるとかあるでしょ。」


「そんな普通俺は知らん」と言いたかったがこのタイプにそんなこと言ったら今後の学生生活が危うい。


「はぁ・・・えと、もしよかったら」


 傘の横を少し開ける。


「私濡れてるから高崎も濡れちゃうかもよ大丈夫?」


(お前が言ったんだろうが!!)


 仕方なく俺はカバンから陸上部で使ってるジャージと綺麗なタオルを出した。

 あ、ちなみに高崎は俺の名前だ。


「頭拭いてコレ羽織りなよ。それなら俺も濡れないし。それに体冷えちゃうでしょ。」


 正直言うと透けブラを隠して欲しかっただけなのだが少し言い訳をした。


「ありがとう・・・」


 彼女は少し嬉しそうに頭を拭き、ジャージを着てチャックをしっかり上まで上げた。


 そしてようやく帰路につく。もう傘の中に自分の空間は作れない。


 彼女はおしゃべりだ。色々話しかけて来た。

 どうやら傘が盗まれ、本屋まで走って休憩していたらしい。そして名前は新山唯だった。

 それとなく聞き出すのに苦労した。


「見かけるたびに思ってたんだけどさ、高崎っていつも傘深くさしてるよね。危ないよアレ。ぶつかったのが私で良かったけど。なんであんなさし方してるの?」


(良くなかったけどな。でもまぁそうだよな。意外とまともだなこの人。)


 少し失礼な事を思いつつ理由を話す。


「意外とロマンチックなんだね!でも次からはあんましないほうがいいよ!」


 彼女は笑いながらそして少し怒り顔で、かつ優しく俺に言った。これまでのイメージと違うその表情にドキッとする。

 男はギャップに弱い。


「うん。気をつけるわ」

「そうして!そういえばいつもイヤホンしてるけど何聞いてるの?」


 コロコロ話が変わる上に質問が多い。でも何故か嫌じゃ無い。


「SCANDALが多いかな。あんま知らないでしょ?」

「マジで!?知ってる!つか好き!高崎も好きなんだ!!聴きながら帰ろうよ!イヤホン貸して!」


 そう言うとイヤホンの片方を耳につけもう片方を俺に差し出した。

 差し出されるまま付けて曲を流す


(距離が近いなぁ。いい香りがする。魔性の女って奴か!怖い怖い)


 そんな事で気を紛らわせる。曲は入ってこない。


「ねぇ!」

「はい!」


 変な事を考えていたせいかドキッとした。


「入試の日私たち隣だったの覚えてる?」


(ん?そうだったか?)


 考えていると彼女は続けた。


「あの日、私筆箱忘れちゃってさ、困ってたら高崎が消しゴムとシャーペン貸してくれたんだよ。そしたら消しゴムにペンで『頑張ろ』って書いてあって凄い嬉しかったんだ」


 完全に思い出した。母親が勝手に消しゴムに書いて返してもらった後に気付いてめっちゃ恥ずかしかったやつだ。

 アレが新山だったとは。


「同じクラスになった時・・・ちょ、ちょっと嬉しくて話しかけたかったけど高崎って話し掛けにくいし。」


「気にしないで話しかけてくれて良かったのに〜。てか文字書いたの俺じゃなくて母親だよ。笑」


 以前はギャルと話すなど論外!だったが今はむしろ話しかけて欲しかったとさえ思ってしまっている。


「高崎が書いたんじゃ無いのは後で気付いたよ。てかちょっと考えれば分かる事だったし。」


「でも話さなくて良かったかもよ?こんな奴と話してたら新山の株が下がるよ。」

「そんなこと言わないで」


 厳しい口調になった。


「なんだよ。でもそうだろ?キモいダサ男って思ってるくせに〜笑」


 おちゃらけてみる


「思ってないよ。」


 真っ直ぐな目で俺を見る。


「そんな事言うのやめて。好きな人の悪口言われて気持ちいい人いないでしょ?例え本人が言ってたとしても」


 顔を赤らめ少し震えている。

 俺は頭が真っ白になり固まっている。


「お、女の子が好きって言ってんだからなんか言いなさいよ」


(あれ告白だったのか)


「え、ごめん、理解が・・・消しゴムに書いたの俺じゃ無いんだよ?」


 テンパって消しゴムの件をもう一度確認する。


「だから分かってるって、好きになったらそう簡単にその気持ちは変わらないものなの!つ、付き合って下さい!」


 もう開き直ったようだ。

 同じ傘に入っているせいで距離が近い。こんな至近距離でギャルに告白されるとは。

 現実逃避。


「だからなんか言いなよ」


 ちょっとキレ気味


「少し考えさせて・・・」


 我ながらなんともダサい返しだ。





 雨が降った。傘をさす。そこには自分だけの空間ができる。でも、それは過去の話。

 今では2人の空間になっている。


 俺は雨の日が好きだ。

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