陰陽の宴

 ヘィベルの演説を余所に、ヴィシルダは侍従を捕まえて耳打った。


「火を用意しろ、代表キリーシたちの分もだ」

「か、畏まりました!」

「万一の時は、この大部屋ごと焼き払ってくれるわ」


 レオとティグリスが先鋒に立ち、ヘィベルと何やら言い争っている様を、ヴィシルダは背後から眺める。彼らの表情やヴィシルダ側への合図が無い事を見遣るに、意図した時間稼ぎでは無いと思われるが、そこは重要では無い。これを存分に利用させて貰い、態勢を整える事とする、ヴィシルダは次にニヴァーリを手招いた。

 未だ料理を咀嚼しつつ近寄ってくるニヴァーリへ、北方の壁、丁度、ヴィシルダが用意させた椅子の背後になる辺りを叩いて示す。


「ニヴァーリ、ここに穴を開けろ」

「ういっス」


 ヴィシルダの要求に対し、間を置かず頷いたニヴァーリは、天から舞い落ちる羽根を想起させる儚げな手付きで、土壁を撫でた。すると、忽ち土気色の壁は青々とした深緑へと変色を始め、あたかも実る自重に耐えかねて、頭を垂れる枝先の様に、ぐずぐず、と萎えた。

 背後に見ていた侍従などからしてみれば、劇的にも映る光景であったが、既に幾度か目撃しているヴィシルダに取っては、途轍も無く間怠まだるっこく感じてしまう。見物もそこそこに、途中から足蹴を繰り返して開通を助けていた。


「者共、掛かれ!」

「ヴィシルダ王子を守護しろ!」


 漸く“人”が屈んで通れる程の大きさが出来上がった頃、大部屋の中心では両者の決別が確固たる物となっていた。待機していた兵たちが否応無しに色めき立つ。半円を描く第三隊ジェシィ・ラ・タートゥの内側へ、逃げる様に代表キリーシたちが入って来た。

 ヴィシルダは、彼らを暖かく迎え入れ、椅子の裏へと招く。


「カルーニアの方々、どうぞ此方こちらへ」

「ヴィシルダ王子、これは……」

「見ての通り、さぁ、逃げましょうぞ」


 戸惑う代表キリーシたちの手に燃え盛る松明を握らせ、ヴィシルダは次々と穴へ押し込んでいった。その後に続いて出ようとしたヴィシルダの前に割入り、ニヴァーリがさっと穴を潜る。こいつに足りないのは“怖れ”でも“敬い”でも無く“常識”だな、ヴィシルダは苦笑しながら侍従たちに「穴を隠す様に立て、後から追って来い」と命じ、身を屈めた。


 壁を潜ると、月だけが輝く夜空がヴィシルダを包んだ。壁をひとつ挟んだだけで、戦の喧騒は随分と遠くに感じる。大部屋の裏手は何も無い砂地が広がっており、話に聞く未開発地帯だろうか、とヴィシルダは思考する。

 兎も角、ひとまずは身を隠さねばならない。土地勘のある代表キリーシたちの元へヴィシルダが歩み寄ると、中心にいたティグリスが口を開いた。


「ヴィシルダ王子。どうやら、奴は根回しを怠っていた様です。彼らとも話しましたが、入念な準備の跡は伺えません。他のカルーニア兵を動員できれば、鎮圧は容易でしょう」

「左様か」

「今は我々の持つ隠れ家のどれかに参りましょう。狭い首都イェートですから、すぐに見付かるでしょうが……」

「構わん。最悪、港を押えられなければ、ファートへ逃げられる」


 ヴィシルダは後方に開いた穴を見遣る。穴を通って傭兵共が来る気配は無い。だが――可怪おかしい、何かが可怪おかしい。穴からは傭兵どころか、侍従も護衛も出て来ないのだ。ヴィシルダは「後から追って来い」と命じた筈。

 ヴィシルダは緊張感の欠けるニヴァーリを捕まえた。


「ニヴァーリ、逆賊の中に件の奇縁持ちが居た。お前も応援に――」


 それは、一瞬の出来事だった。

 ヴィシルダは最後まで言葉を述べる事が出来ず、ニヴァーリはその言葉に顔を顰める事も出来なかった。そもそも、反応など出来る筈も無いのだ。何しろ、“青緑のそれ”はニヴァーリの胸元に突き立てられるまで、誰の眼にも“不可視”だったのだから。

 ニヴァーリの口中からくぐもった声が漏れ出る。


「ぐぅぅ……」

「触手ッ!ビジャルアが追って来たか!」


 ヴィシルダが手元の松明を構えた。炎で円の軌道を描く松明は、気色の悪い触手を地に叩き落とさんと振り下ろされる。触手は松明の先端に燃え盛る火を避け、音も無く血を振り払いながら脱出、夜の帳へと溶け入った。


 月だけがけにきらめく冷めた夜。星の無い空の下、ヴィシルダの放った舌打ちは妙に響き渡った。未開発である弊害か、この場には灯りが全く足りていない。

 ――逃走は叶わぬか――徒広だだびろい地形、逃走を図れろうにも、すぐに捕捉されてしまう。集団で暗闇を駆けるには灯りが足りず、一人で駆けるには土地勘が足りぬ。

 ヴィシルダは八つ当たり気味にニヴァーリへ問い掛けた。


「ニヴァーリ! 生きているな!?」

「急所は……外れてるっス」

「ならば――!」

「……分かってるっス!」

「良し!」


 ニヴァーリは胸元を押え、地にうずくまった姿勢のまま動かない。そこへ、巨人の代表キリーシが心配そうに駆け寄った。


「ニヴァーリ殿、大丈夫で――」

「寄るな代表キリーシ、敵襲だッ! 剣と松明を振り回して索敵しろ! どうやら、無事には帰れそうにないぞ!」


 ヴィシルダは手隙であった巨人の代表キリーシに自らの松明を投げ渡し、左腕に湛え持つ水面みなもから戌枷鎖いぬかさを引き摺り出した。

 代表キリーシたちは言われた通り、暗闇に剣と松明を振り回し、右往左往を繰り返す。だが、その先端が標的を捉える事は無いだろう。何故なら――彼らが血眼に探す彼女達の姿は、大部屋の“屋根上”に在るのだから。


 ――決して、お姉様の邪魔立てはさせない――ミネアは、大部屋にたむろする雑兵では障害たり得ないと見ていた。そして、真に警戒すべきはヴィシルダ達の方だ、とも。

 ――お姉様の御言葉を借りるならば、これも『縁者の甲斐性』――


 そう思い、擬態させたビジャルアをこそりと伸ばしていた所、案の定、ヴィシルダがニヴァーリを差し向けようとしていた。故に、ミネアは攻撃の指示を出したのだ。これで、当初掲げた足止めの目的は果たしている。

 ニヴァーリへの刺突は急所を僅かに外れており、それ故か死んでこそいないものの、その身体は未だ地に蹲って動かない。ヴィシルダは油断なく鎖を構えて辺りを見回しているが、その方向は暗闇、上への意識は欠片も見られない。それは代表キリーシたちも同様、まるで見当違いの方角に棒きれを振り回している。


 そう、足止めの目的は既に果たしている。だが、別に殺したとて問題は無いのだ。ヴィシルダの首は勿論の事、代表キリーシの首にも相応の値札が付いている。

 ――そうと決まれば雑魚キリーシから、それとも初っ端に本丸ヴィシルダってしまうか――


 然し、獲物を前にしたミネアの舌舐したなめずりは、すぐさま中断の憂目うきめを見る事となる。

 蹲るニヴァーリの頭部が幽鬼の様にもたげられる。時を同じくして、ミネアに纏わり付くビジャルアが蠢いた。擽ったそうに身を震わせるミネアは、身体中に抱かれた不快感を問い質す事が出来なかった。

 その時――目が合った?――ミネアは地上に蹲るニヴァーリの緑眼りょくがんと目が合った、気がした。だが、そんな事は有り得ない、筈なのだ。ミネアは灯りの類を持っていない。闇の衣に紛れている今、ミネアの縁が光を返す事は無い。

 ビジャルアは尚も蠢く。


「ミネア! 飛べ!」

「馬鹿、喋るなって――!」


 ミネアの小言はヴィシルダの放った鎖の投擲で飲み込まれた。

 ――何ッ!――動転の眼前に、廻転を加えられた先端の錨が躍り出る。一体、如何いかなる仕掛けを用いたか、ミネアには皆目見当も付かなかった。だが、悠長に思考を続ける暇は無い。ミネアは反射的に身を捩り、地を蹴った。


 ヴィシルダの顔が愉悦に歪む。

 ――先端の錨に明確な手応あり!――


ったッ! ニヴァーリ!」

「空中っス!」

「うおおおおおおお!」


 ヴィシルダはらしくも無く雄叫びを張り上げ、戌枷鎖いぬかさとらえた罪囚ざいしゅうを地に引きずり降ろさんと、水面みなもの底へ鎖を引き絞った。

 空中で猛烈に身体を牽引されるミネアは、左脹脛ふくらはぎった錨を引き抜こうと試みる。然し、踏ん張りの効かぬ状況下の為か、それとも奇縁の持ち合わせた性質が故か、錨は更にい込みを増すばかり。

 ビジャルアは擬態の維持を優先して動かず、ミネアの身体は受け身も満足に取れぬまま、カルーニアの乾いた砂地へ強烈に叩き付けられた。その動きを奇縁に感じ取り、緑眼りょくがんに視て取ったニヴァーリが叫ぶ。


「落ちたっス!」

「それくらい、音と感触に感ずるわ!」

「まだ動いてないっスよ!」


 ――完全に動きが割れている!――彼らの必死の叫びがハッタリなどでは無い事は、ミネアの左脚にった錨が如実に物語っている。臼歯を食い縛るミネアは、尚も引き絞られ続ける鎖の力に抵抗を試みた。

 他国より流れ着いた曲刀を地に突き立て、根深く生えた“雑草”をつか――


「なッ、カルーニアに“草”だと!?」


 まさか!――ミネアは首を思い切りもたげさせ、息苦しくも振り向いた。“草”はニヴァーリとヴィシルダの足元を中心に最も生い茂っている。恐らく、いや、間違い無い、ミネアの胸中に抱かれた疑念は確信へと変わる。

 ――ならば、これ以上の隠密は無意味――ミネアはひとつの決断を下す。


「びしゃびしゃ! 左脚を切り落とせ! 擬態が解けてもいい!」

「了解!」


 ミネアを包んでいたビジャルアがほどけてゆく、その一部が青緑の色を取り戻した瞬間、即座に刃となって振り降ろされた。しなる触手は肌に接触した瞬間、一時的、部分的に硬化し、左の膝下を切り飛ばした。

 膝下に刳ったまま飛んでいく錨を視界に捉え、ミネアは笑みを深める。然し、この動きはヴィシルダに取って予想の範疇であった。


「甘いわ!」


 ヴィシルダが右手に握った鎖を思い切り振り下ろす。鎖を伝わる力は減衰を見せず、先端に向かって直走る。その力はやがて錨にまで届き、宛ら蛇の如きうねりを見せたかと思えば、次の瞬間には斬り飛ばされた左脹脛ふくらはぎから脱出、ミネアの奇麗な切断痕に再度い付いた。


 ――畜生!――

 ミネアは曲刀を地に突き立て、歯を食い縛る。


「クソッ! びしゃびしゃ、踏ん張れ!」

「やってる! けど、すげぇ力なんだよ! 持ってかれそうだァ!」


 擬態を解いたビジャルアもミネアと同様に、乾いた地面に触腕の杭を打ち込んで抵抗を試みている。だが、ヴィシルダの手元に引き絞られてゆく鎖の力は、杭を打ち込んだ地面ごと引っ繰り返さんばかりだ。


「――じゃあ、踏ん張るな!」


 ミネアは自棄糞ヤケクソ気味にそう叫び、曲刀を握る手で乾いた柏手を打った。これは擬態を用いぬ正面戦闘の合図――やるんだな、ミネア!――ビジャルアが地面に打ち込んでいた触腕の杭を引き抜く。瞬間、ミネアは牽引の最中に残った右脚で地を蹴り、その身体しんたいはビジャルアと共に離陸した。


 まずたゆまず棒線ぼうせんに張っていた糸が不意に開放された様に、ミネアは弾丸の速度でヴィシルダに向かってゆく。ヴィシルダは水面みなもへ引き絞っていた鎖を引っ掴み、防御のたわみ確保の為、思い切り引き出した。


代表キリーシ共! ほうけているんじゃない! 斬れ! 松明を振り翳せ!」


 状況に付いて行く事が出来ていない代表キリーシへ、ヴィシルダの檄が飛ぶ。彼らはそれに反応を見せるも、然し、一歩踏み込んだのみで終わる。これではミネアに刃を届かせる事は出来ない。ミネアの身体は既にヴィシルダの頭上へと到達しているのだ。


 ――跳躍し過ぎたか――これ程までに高く飛び上がってしまっては、ミネアの曲刀は届かない。だが同時に、相手の攻撃も届かない安全圏とも言える。ミネアは右脚に触れた。

 ――刺突の合図――ビジャルアはその意図を察し、矢庭やにわに刺突の雨を降らせた。然し、ミネアの膝下を切断せしめた鋭さは、そこに無い。地面という俎上そじょうが無く、そして空中という踏ん張りが効かぬ場が差障さそさわり鋭さは半減、或いはそれ以下にまで落ち込んでいる。更には、自らも高速で動いている所為で狙いも定まっていない。

 攻撃を的中たらしめる要因の悉くが欠落しているが故に、刺突の雨は当然空を切る。数少ない的を射た軌道もヴィシルダが手繰る鎖によって防がれ、皮膚を数箇所ほど掠めるに留まった。

 この一合は互いに決定打を放てず、ミネアはヴィシルダの頭上を通過した。触手を回収したビジャルアが蠢く。


「ミネア! どうすんだ!?」


 防御の為にヴィシルダの手が割かれ、水面へ引き絞られる力は“一時”停止していた。その隙を突いてミネア、ビジャルアは先程より幾許いくばくか広い距離を取る事に成功している。だが、ビジャルアが触腕の杭を打ち込んだ所で、鎖が水面へと引き絞られ始めた。

 先の再現となるか――否、加之しかのみならず、今度は間に代表キリーシたちが立ち塞がった。次に接近すれば、彼らが構えるやいば、或いは燃え盛る松明の火のどれかがミネア達を掠めてゆくかもしれない。

 ――びしゃびしゃに取って、火は掠るだけでも致命的――


「分離して別々に戦えば、俺がヴィシルダぐらいはやってやる! そうしたら逃げられる!」

「――『分離して別々に』? 何を言っている。そんな物、以ての外」


 ヴィシルダを殺せば――恐らくだが――奇縁は消失するだろう。だが、ミネアにはある予感が合った。


「分離すれば十中八九、私とびしゃびしゃのどちらか、乃至は両方が死ぬ」


 ミネアは死を目前の物と捉えていた。ミネアはビジャルアにしがみつき、残された右脚になけなしの力を込め、地を掴む。


「この状況、私とびしゃびしゃが揃って切り抜けるには、二つの力を合わせる必要がある!」

「合わせるったって――」

「射出するんだよ!」

「お前、その脚でか!?」


 ビジャルアの体組織が僅かに震えた。だが、ミネアの眼はどの角度から観察しても、本気の色しか見えない、映さない。


「びしゃびしゃ、山で戦った時も、食堂の時も、お姉様を投げた時も、化物とやった時ですら、ずっと――『手加減』してた。……そうでしょ?」


 図星であった。ビジェイの種族は、身近な家畜との触れ合いで命の脆さを学ぶ。少し力の扱いを間違えただけで、生命は容易く壊れる、そう学んだビジャルアの眼には、人という種も又、同様に映っていた。

 ミネアは激昂の中に気合を張り上げる。先程の自棄糞気味の叫びではない。魂の底から響く、不退転の覚悟に満ちた叫びだった。


「人はな、そんなに脆かねェんだよ! 残った右脚ぶち折るぐらいでやれや!」

「――ああ! もう、しらねぇぞ!」


 その言葉を肯定と受け取り、ミネアは右腕を軽く上げた。右進の合図。

 ――ミネア、分かったぜ。けど、後で文句言うなよ――言葉も無く、ビジャルアはミネアの意図の大部分を察していた。これは、間に控える邪魔な代表キリーシたちを迂回する意図があるのだ。左脚に刳った鎖を取り除く為、狙うは“ヴィシルダ”ただ一点。

 ――行くぞ!――ミネアを中心に据え、ビジャルアは地を這って迂回を始める。地の草に両手を添えるニヴァーリは、与えられた役目を愚直にこなそうと、声を張り上げた。


「動き出したっス!」

「見れば分かるッ! ニヴァーリ、少し離れていろッ!」

「了解っス!」


 だが、彼女達の姿が割れている以上、戦闘の心得に乏しいニヴァーリをこの場に留めていても仕方がない。ヴィシルダは彼を一旦、戦線から下がらせた。

 動き出した彼女達を追い、代表キリーシたちも移動を始める。だが、引き絞られる力を逆に利用して這うビジャルアに、彼らは全く追い付けない。じりじり、とヴィシルダへ引き絞られながら、遂にビジャルアは邪魔な代表キリーシたちを振り切った。

 代表キリーシたちを間に挟む為、立ち位置を変え始めたヴィシルダの両眼が見開かれる。


「なッ!」


 驚愕するヴィシルダの視界に飛び込んで来たのは、およ此世このよの物とは思えぬ、形容し難い光景だった。ビジャルアの体組織が、頼りない松明の火に照らされて縮こまり、にわかに変色を見せる。

 その刹那――アレは!――ヴィシルダの脳内に蘇ったのは、在りし日の死闘の記憶であった。この気配、悪魔の使いとの死闘が佳境に至った折、ハンナの身体を上空へ打ち上げた物に違いない。然し――何かが違う。あの折、彼奴は変色などしていなかった――ヴィシルダの背に冷や汗が吹き出る。


「『凝縮』、しているのか……?」


 寸前、ビジャルアの体組織が輝きを放った様にも見えた。


 ――これをやると、体が半壊するから嫌なんだ――


 曲刀を備えたミネアは弾丸。

 触手の撃鉄が、今――落ちる。


 思えば、ハイケスの裏門を蹴破ったハンナは、これと比べれば蠅も止まろう。

 ――はや――図らずも、横薙ぎの形を取って突き進む弾丸は、爆発的な速度を伴い、瞬く間にヴィシルダの懐へと到達した。防御どころか、ヴィシルダは反応すら儘ならない。


 大陸伝来の曲刀が、密度の高い腰骨の感覚を感じ取った。ヴィシルダの右腰から、斜めへ、地に向かう角度で侵入したやいばは、陰茎いんけい陰嚢いんのうの上部を通過、臓腑ぞうふ臀部でんぶを避ける様に突き抜けた。


 ミネアの身体が顔面から地に激突。

 曲刀の刃は共に地へと突き立った。


 静寂が辺りを満たした様に思えたのは、ヴィシルダの錯覚である。此の場に於いて、ヴィシルダの聴覚だけが水面みなもくぐっていた。接触、被弾の衝撃で泣き別れた上半身は吹き飛び、その視界に、ニヴァーリの驚殺きょうさつした表情が映った。


 ――ニヴァーリ、何とう顔をして――


 くぐもった音の中、ハルボルンに聞いた鐘の音だけが明示的に鳴り響く。


 ――ひとつは彼の地に渡り 半死半生に生きる道

 ――貴方は 死生の中間を彷徨い歩く事となる それでも


 ヴィシルダが選択したのは半死半生に生きる道。

 『死生の中間を彷徨い歩く事となる』彼/彼女がそう言った意味をヴィシルダが察するには、意識が暗転してゆく数瞬では不足であった。


 ニヴァーリがヴィシルダへと駆け寄り、地に倒れ伏したその身を抱き止める。しかと抱き止められていると言うのに、ヴィシルダはその体温を感じ取る事が出来なかった。


 奪われてゆく――何かが――流血に伴って溢れ出たのは――

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