合縁奇縁 始まり

「見事! 大義であった!」


ヴィシルダは頭上に舞い降りたハンナを強く抱きとめる。ハンナは気を失っているのか一切の反応を示さず、目を閉じていた。


 ヴィシルダが笑みを浮かべると、ハンナの腹中からビジャルアが囁く。


「兄ちゃんありがとよ! ついでに足も拾ってくんねぇ?」

「ほう、腹話術か。此亦これまた見事」

「いや、ここだよここ! 確かに腹だけど!」


 土手腹に空いた傷の中に青緑の物体が蠢く。ヴィシルダは其れが先刻見留めた痴れ者が纏っていた物と推し量った。


「面妖な。北方伝来の菓子の如き……」

「菓子でも何でも良いから足拾ってくんね? 足」


 ヴィシルダが促されて見渡せば、悪魔の使いの死骸付近に食い千切られた脚を見付けた。


「傷跡の出血止めるだけで精一杯なのよ。足は今拾っとけば後でくっつくかもだし」


 ハンナの食い千切られた右太腿の傷には薄く青緑の膜が張っており、その為か出血は既に止まっている。


「ふむ、あい分かった」


 ヴィシルダが腕にハンナを抱えて下馬すると、そこにグリューらと共に負傷者を検めていた副団長が駆け寄って来た。


「報告します! ジェイスは死亡! アイジープは存命! しかし依然として一刻を争う状況であります!」

「……この村では満足に治療も出来ぬか」


 ヴィシルダは共に戦った戦友の死を憂いた。そして、腕に抱えたハンナが復活を遂げた経緯に思い至る。


「この女の腹中に収まる物体になら、助けられるかもしれない」

「えっ? 俺?」

「――はっ?」


 両者の困惑を余所に、ヴィシルダは腹部に向けて囁いた。


「この女を死の淵から呼び戻して見せたのだ。出来ぬとは言わせぬぞ」

「……」

「アイジープを治しては呉れまいか」

「……うっす」


 無事に承諾を得たヴィシルダは満足そうに副団長――最後まで共に戦った豪傑に向き直った。


「何時まで地に伏せている。立て」

「は、はっ!」

「お前とおれは既に戦友! 有効打こそ与えられなかったものの、おれを庇い悪魔の使いを引き付けた忠義は見事! 大義であった!」

「こ、光栄であります」

「褒美を取らせよう。今後の活躍を期待するぞ。望むなら王都での地位も与えよう!」

「はっ、有難き幸せに存じます! ですが、私はハイケス様の家臣であります故!」

「フハハハハ!」


 ヴィシルダは戦友の肩を叩き、歩を進めた。悪魔の使いの死骸付近に転がっていた右脚を拾い上げる。


 拾い上げた右脚にハンナの腹部から飛び散った飛沫が薄く幕を張る。れは止血の処置であろう、とヴィシルダは見当を付けた。


しかし、帝国の騎士甲冑を纏う女が、何故なにゆえ斯様かような田舎に……」

「ハンナ、生きてるか?」

「びしゃびしゃ、お姉様は? 答えるのです」


 ヴィシルダの背後から声をかけたのは、ウォーフとミネアだった。ウォーフは両脇に気を失ったガロアと、全裸に帝国騎士鎧を纏うミネアをそれぞれ抱えている。


 ガロアは先刻の戦闘時、余りにも悪魔の使いに近すぎた為にヴィシルダが一度は見捨てざるの得なかった者だ。


 それをウォーフが救出した場面をヴィシルダは目撃している。あれも又、天晴見事な働きであったと心の中で称賛した。


「生きてるよ、家畜と基本は変わんねぇし多分いける」

「なる早でやるです」

「けど、生命力をどっかで補給しねぇと現状維持で手一杯だ。体積の殆どが吹き飛んじまったしよ」


 ――生命力。此奴らが喰らう餌の事だろうか。人で無いのなら何を喰らおうとも驚く事はないが。


 ヴィシルダはその疑問を尋ねる。


「生命力と? それが無ければアイジープは治せぬのか?」

「あ~、手が回らねぇかもな。こっちを優先してぇ。ミネアが煩えし」

「当然なのです」

「……ふむ。では生命力とやらを用意しよう。どの様な物だ?」


 ハンナの腹部から細長い腕が顔を出した。それは緩慢な動きでハンナの身体を這い、ヴィシルダの腕に絡み付く。


「――!」


 脱力。ハンナを取り落とす寸前で、細長い腕はヴィシルダの腕から離れた。


「まあ、こんな感じ。死なない程度に20人ぐらいから貰えれば、割とすぐかな」

「……成程」


 ヴィシルダの視線の先には負傷者の面倒を見ているハイケス、マイト、生き残りの豪傑が一人。


 ――他は傭兵とおれか。


 ひと先ずハイケスの生命力から頂戴しよう、そう思った時だった。


 山間の盆地に一陣の風が吹き抜ける。それは、血腥い戦場の後には似つかわしくない程、爽やかなものであった。


「う、うぅ……」


 風がそうさせたのだろうか……。気を失っていたガロアが意識を取り戻し始めた。ガロアは何かを振り払うように、顔を横に振りながらゆっくりと持ち上げていく。


 またも、小さな風が吹いた。前髪が舞い踊り、その下に覆い隠されていた瞳が白日の下に晒される。


「なんと――」


 なんと、『美しいあか』だろう。その瞬間、ヴィシルダの心臓は火を掛けられた様な熱を帯びたのだ。

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