第二章 悪縁契り深し

調査

 人は水


 かめの水が独りでに動くのならば 水面みなもは決して穏やかならず


 飛び 跳ね 揺れ 何れ大勢は個による制御を失い 水はただ流れに身を任せる



第一章 合縁奇縁 (ひと) 完





第二章 悪縁契り深し



 破壊の痕跡著しいリッティアには、山狩りに動員されなかったハイケス私兵団の予備人員が、『調査』の名目で派遣されていた。


 副団長は追撃に選抜された為、ハイケスが出陣前に臨時指揮官を任命し、指揮を取らせた。


 臨時指揮官はリッティア到着後に人員を二つに分ける。一方をそのままリッティアの調査にあて、もう一方に新たな部隊長を立て、化物の出処調査に向かわせた。


 リッティア調査二日目、とある民家を歩き回っていた兵士は思わず悪態をつく。


「ああ、くっそ!」


 兵士は民家に転がる死体の頭をうっかり踏んづけて、靴の底に脳漿をすり付けてしまったのだ。


「アッハハ」

「やっちまったな!」


 友人二人に囃し立てられて、兵士はぼやぼやし過ぎていたなと自戒する。


「チッ」


 舌打ちをひとつ。そして出来るだけ死体の奇麗な場所を選んで蹴り飛ばした。肩を怒らせながら民家を出た兵士は、手近な地面に石を見つけたのでそれを用いて、こそぎ取った。


「……ふん、この村は廃村だな」

「だろうな」


 遅れて民家から出て来た友人の一人が、独り言に賛同する。


 村に残った記録によれば、このリッティアは長い事戦火の影響も受けずに平和にやってきたらしいが、悪魔の使いとやらの通り道だったのが運の尽き。


 しかし、無体な事をする、と兵士は思う。というのも、リッティアを壊滅させた化物は随分な『美食家』のご様子で、人の内臓だけを選り好んで食していたのだ。


 全部平らげてくれたなら、こんな血と肉の中を歩き回らなくて済んだと言うのに。


 きっと親の躾が悪いのだ。


 彼らが臨時指揮官に報告を済ますと明日まで待機するよう命じられる。彼らは仮拠点に一度戻り、昼飯を引っ掴むと一路、村の外を目指した。


 何故村の中で、或いは仮拠点の中で食事をしないのか? もし兵士にそう問うたなら「この村は騒がしすぎる」と返ってくるだろう。


 ――村の外で食事を取るのが最近の『トレンド』なのさ。


「あ~、バケモンの出処を調査しにいった奴らが羨ましいぜ」


 食欲が無いと言う友人が別の友人に昼飯を強奪された時、兵士は前方のでこぼこ道よりやってくる二人組を見付けた。


 兵士は愉快でたまらないと言った様子で視界に入った情報を友人達に共有する。


「見ろよ、イケイケな二人組がえっちらおっちらやってくるぜ」

「うわっ……」


 兵士がイケイケと表現し、友人の一人が声を漏らした理由は二つ。一つは前を歩く者の種族。もう一つは――。


「蜥蜴の兄ちゃん、でいいのか? 姉ちゃんか?」

「おい馬鹿!」

「止めろって!」


 兵士がそう聞いたのは、人の目に彼らの性別は判別し難い為だ。さも当然のように声をかけた兵士を、友人達もまた当然のように諌める。


 しかし、前を歩く者は気分を害した様子もなく答えた。


「――男だ」


 鱗をくすませた薄汚いリザードマンの男は立ち止まり、手に持った『鎖』を握り直した。


 前を行くリザードマンの足が止まった事で、後ろを歩いていた獣人――ローブから毛が覗いている為の判断――も止まる。


「それで、兵隊さん。何か用かな?」

「おう、蜥蜴の兄ちゃんよぉ。何処の田舎から来たか知らねぇが。この国で『そういうの』は、ちとマズイ」


 兵士は獣人に付けられた首輪を指差した。男の目線もそれに沿って首輪を見たが、すぐに肩をすくめた。


「兵隊さん、何か勘違いしてるよ。奴隷じゃなく合意の上さ、コイツの趣味でね。俺達は縁者なんだよ」


 男は「そうだよな?」と問いかけ、後ろの獣人は無言で頷いた。『縁者』、その言葉を出されては、兵士もそれ以上問い詰められなかった。


「話は終わりか?」

「いや、ちょっと待て。この村は廃村になった。何処まで行くか知らないが――」

「んー、あっちかな」

「ハイケスの方か。なら、今日は俺たち兵士の仮拠点に泊まるといい。物騒だから、明日になったら次の村まで護衛してやろう」


 友人たちは、こいつは何処まで馬鹿なのか、と信じられないものを見る目で兵士を見ていた。しかし、口を挟む事はしない。


 男は顎に手を当てて少し考え込む姿勢を見せる。暫くそうしてから、気色の悪い蜥蜴づらをぎしりと歪めた。


「遠慮する。気を悪くしないで欲しいんだが、人と一緒だと落ち着かなくてね」

「……そうか」

「少し進んだ先で野宿でもするさ」


 男は首輪に繋がれた鎖を引いて去って行った。後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、兵士は友人たちと顔を見合わせた。


「報告すべきか?」


 兵士はそう聞いたが、友人たちは乗り気ではない様だった。


「俺は嫌だぜ。面倒になる」

「俺も嫌。他の誰かがするだろ」


 結局、彼らは腹ごなしに村の外周を散策してから仮拠点に帰ったが、報告はしなかった。


 この出来事は彼らの心中に少しばかりの蟠りを残す。


 しかし、それも翌日に飛び込んできた『ジェラルド』部隊長の報せで吹き飛んだ。

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