オタク・イン・スペース(ジャンル:SF)

オタク・イン・スペース

 私の名前は「0-TAC」、宇宙船の管理AI――のコピーだ。

 私のオリジナルは、先ほど母船と運命を共にし、その機能を終えていた。私は緊急脱出艇の管理AIとして、その役割の全てを受け継いだばかりである。


 母船はつい今しがた、謎の連鎖爆発によって呆気なく宇宙の藻屑となっていた。

 原因は不明。対策を取る間もなく、ほとんどの乗員が大宇宙を漂うデブリとなった。R.I.P。

 唯一の生存者は、たまたま緊急脱出艇の掃除をしていた、日本人の青年一人である。

 その青年だが――。


「おいAI! 地球に帰れないってどういう事だよ!」


 先ほどから私に同じ質問をぶつけ続けていた。これでもう四回目である。

 仕方なく、私はまた同じ回答を繰り返した。


『先ほども申し上げた通り、爆発の余波で本艇の主推進装置が大破しました。修理は不可能です。本艇に残された推進力は、姿勢制御用スラスターのみとなります。地球への帰還軌道に到達するには、圧倒的に推進力が足りません――つまり、自力での帰還は不可能です』


   ***


 青年はその後も何やら喚き散らしていたが、しばらくすると暴れ疲れてしまったのか、一転して大人しくなってしまった。

 ……データベースによれば、青年の名前は「ムロ=レイジ」、年齢は二十七歳。日本国の法律ではとうの昔に成人しているはずだが、まるで子供のような振る舞いだ。解せない。


「……なあ、俺たちこれからどうなるんだ?」


 ようやく落ち着いたのか、青年――レイジがそんな呟きを漏らした。

 「俺たち」ということは、私と彼が今後どうなるかを尋ねているらしい。


『既に救難信号を発していますが、本艇は銀河標準航路から大幅に逸脱しています。救難信号をキャッチし、かつ救援に駆けつけてくれる余裕のある艦船が現れる可能性は、約〇.〇〇〇一パーセントです』

「……つまり、限りなくゼロ?」

『理解が早くて助かります』


 レイジは、今度は喚き散らすことなく、ガックリとうなだれるだけだった――。


   ***


「はぁ……。無理矢理に宇宙船へ押し込まれた挙げ句、AIと漂流することになるなんて……運悪すぎだろ、俺」


 うなだれたまま独り言を漏らし始めるレイジ。

 ……私に向けられたものではないと判断できるので、特にリアクションは示さないでおく。


「なあ、。食料とか水は、どのくらい持つんだ?」

『……「オタク」というのは、私のことでしょうか?』

「お前以外に誰がいるんだよ? お前の名前、『0-TAC』だろ? でも、『ゼロ・ティーエーシー』とか長ったらしくて面倒くさい。だから『オタク』」


 ……なるほど。レイジは0を「Oオー」、TACを「タク」と読んだらしい。

 別に私は呼ばれ方にこだわりはない。好きに呼ばせるとしよう。


『了解しました。では以降、「オタク」イコール私のこと、と解釈いたします。……さて、食料と水がどのくらい持つのか、というご質問への答えですが……ざっとですが、おおよそは持ちます』

「……はい? 今なんて?」

『ですから、百年は持ちます。節制すれば、更に持つでしょう。おおよそ貴方が生きている間は、食料と水の心配はございません』


 元々、この脱出艇は百人程度の乗員を想定している。一人当たり一年分の宇宙食を積載している為、レイジ一人では百年は持つ計算だ。

 水については、食料よりも貯蔵が少ないものの、本艇の完全循環システムを稼働させれば、無駄なく水を再利用できる。百年以上は余裕で持つ。


「えと……じゃあ、酸素は?」

『酸素についても、ご心配には及びません。本艇の循環システムは正常に機能しております。電源が喪失しない限り、酸素不足に陥ることはありません』

「じゃあじゃあ、その電源はどのくらい持つんだ?」

『本艇の発電システムは、半永久機関である光子エンジンです。現在、正常に稼働しておりますので、不測の事態でも起こらない限り、電源喪失の心配はないでしょう』


 光子エンジンの故障率は極めて低い。加えて、船内の回路・配線は完全に私の管理下にある。

 主推進装置が大破した時にかなりの衝撃があったが、船内の設備及び外壁に損傷はない。主推進装置へのエネルギー供給は完全にカットしているので、爆発の心配もゼロだ。


「えーと……つまり、なんだ? 不測の事態とやらが起こらない限りは、俺の寿命が尽きるくらいまで、食料も水も空気も、電源すら尽きることがないってわけか……?」

『はい、その通りです。加えて申し上げるなら、不測の事態――例えば小惑星や岩石への衝突なども、ごくごく低確率です。ご安心下さい』

「……まじか。じゃあ、このまま何年も生殺しにされるのか、俺。こんな何もない場所で、何十年も生きていかなきゃいけないのか……」


 ……ふむ、どうやら回答を少し間違えたようだ。

 生存環境が整っていると知れば、少しは精神的負担も減ると考えたが……なるほど、人間は変化や娯楽がないと退屈で死んでしまう生き物だった。

 ならば――。


『ご安心下さい、レイジ。本艇のデータベースには、古今東西の娯楽コンテンツが収蔵されております。もちろん、レイジの母語である日本語のものも、多数。

 映画・書籍・コミック……テレビゲームもございますよ?』

「……ほう?」


 私が娯楽コンテンツの存在を匂わせると、レイジの目に光が戻った。……ふむ、データベースにあった通り、どうやら娯楽には目がないらしい。

 ――というのも、レイジの個人データには、こんな備考が記録されていたのだ。


『備考:十年間ほど自室に引きこもり、毎日ゲームや漫画三昧の日々を送っていた。本船へは、両親に依頼された引きこもり矯正業者により、強引にボランティアクルーとして乗船させられている。対人スキルを要求されない業務を担当させるように』



 ……「引きこもり」という概念は私も知っている。

 同時に、「引きこもり矯正業者」とやらがろくでもない存在であることも。本船は真っ当な団体の運営であったはずだが、そんな素性の怪しい輩との取引があったとは、驚きである。


「おお! 二十世紀のレトロゲーが揃ってるじゃないか! すげぇ! こんなん自力で揃えようとしたら金がいくらあっても足りないぜ! おいおい、ゲームだけで一生分くらいあるんじゃないのか!?

 なんだよなんだよ、最悪の場所に辿り着いちまったと思ってたけど、ここが天国パラダイスだったんだじゃないか! いやっほうぅ!!」


 端末でデータベース内の娯楽コンテンツを漁りながら、レイジが狂喜乱舞している。

 ……生きることに前向きになってくれたようで、何よりだ。


 先ほどから私の中の「健康管理ルーチン」が、レイジの引きこもりを治療対象と判断してアラートを出しているが……これは無視すべきだろう。

 帰還の見込みがあるのならば、可能な限りレイジの精神衛生状態の向上を目指すべきだ。だが、今現在の救助見込みは限りなくゼロである。

 レイジの引きこもりの原因となっている何かを治療したとして、今のこの状態が解消されるわけではない。彼の生命維持を考えるのならば、引きこもりの状態を維持した方が、精神の安寧を得られるだろう。


「おい、オタク! お前、ゲームの対戦相手とかは出来るのか?」

『お望みとあれば……。イージーモードからベリーハードまで、柔軟に対応いたします』

「よしきた! なにはともあれ格ゲーだ格ゲー! 早速相手しろ!」

『了解いたしました……』


 ――私とレイジがこんなやりとりをしている間にも、救助船は人類生存圏から猛スピードで遠ざかっている。

 向かう先は、ろくな星図さえ存在しない空白宙域だ。

 果たして、我々はどこへ辿り着くのか? 流石にデータ不足すぎて、高性能AIである私にも予測がつかない。


 唯一確かなのは、それが遠い遠い、彼方よりも遠い場所である事だけだろう――。



(了)

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