部長は私の光だったらしい(ジャンル:コメディ)
部長は私の光だったらしい
最近、「中高年の登山中の遭難」が増えているというニュースを目にすることが多くなった。
そんなニュースを見る度に、「調子に乗ったおじさんやおばさんが遭難するんだろうな」なんて、他人事のようにバカにしていたんだけど……まさか、私自身が遭難するだなんて夢にも思っていなかった!
『会社のレクリエーション企画として登山に行きます!』
そんな社長の思い付きでしかない一言に、社員一同がゲンナリしながらも渋々と了承したのが一ヶ月ほど前。
もともと、社長が一代で築き上げた小さな会社だ。誰も社長には逆らえない。
何せ、今どき「社員旅行」だなんて拷問でしかない行事が生き残っているくらいなのだ。お給料は悪くないけど、社内文化はブラックと言えなくもない。
そういう訳で、社員はみんな乗り気じゃないまま登山に挑んだ。最若手である私はもちろんのこと、ベテランのパートのおばちゃんでさえも、陰では不満たらたら。
それでも「初心者向けの山だから」という社長の言葉を信じて、渋々とついて行ったのが運の尽き。
突然の霧。
それでもずんずんと進んでいってしまう社長。
必死に追いすがる社員たち。
なんだこの地獄。
――なんて最後尾辺りで内心でグチグチ言いながら歩いていたら、見事に皆とはぐれてしまったのだ。
もう、バカとしか言いようがない。
おまけに――。
「いやぁ、まいったねぇ……。こういう時は下手に動かないほうが良い。少し休憩しようか?」
私の後ろ、最後尾を歩いていた部長のおまけつき。
本当なら、一人で遭難しなかったことを喜ぶべきなのかもしれないけれども、一緒なのが部長というのが問題だった。
うちの部長。推定アラフィフ。独身。
普段から社長にヘコヘコするしか能がなくて、仕事といえばハンコ押しと自分でお茶を淹れて自分で飲むくらい。
皆が皆忙しい、うちみたいな小さな会社になんでこんな暇そうにしている人がいるのだろうか? って、誰もが疑問に思うような人。それが部長だった。
「でも部長。じっとしていたら皆にどんどん置いていかれるだけですよ? それにホラ、山で遭難した時は上へ上へと登った方が良いって話ですけど」
「いやいや、どうやら我々は完全に登山道から外れてしまってるようだ。こんな濃霧の中無理して歩いたら、下手したら滑落するよ。もう少しすれば霧も晴れるはずだから、それまで待とうじゃないか」
「……部長がそうおっしゃるなら」
「ここは私がしっかりしなくちゃ!」と、色々と提案してみるも、部長には簡単の却下されてしまった。
一応は上司なので、あまり食い下がるのも印象が悪いと思って、おとなしく引き下がる。こんな時まで社畜根性が顔を出してしまう私も私だな。
……だいたい、こんな濃い霧が待っていれば晴れるだなんて、信じられないんだけど?
等と、部長に対する愚痴を心中で散々にぐちぐちしていたら――。
「あ、あれ?」
「霧が晴れたみたいですね。さ、ぼちぼち行きましょうか?」
部長の言った通り、一時間後くらいには霧はすっかり晴れてしまっていた。
狐につままれたような気分のまま、部長の後を追ってひたすらに山を登っていく。
辺りは木々に覆われていて、まともな登山道は見当たらない。まだ昼前だと言うのに薄暗いし、不気味だった。
そんな中を、部長は見かけによらない身軽さでホイホイと進んでいく。私も「部長に負けてなるものか」と必死にそれを追いかける。
――と。
「少しペースを落とした方がいいかな?」
「っ――! いえいえ、大丈夫です! こう見えても学生時代は体育会系だったので!」
ひょろひょろでヨロヨロな部長に気を遣われてしまった!
……なんだろう、微妙に屈辱的だ。
そんな私の内心を知ってか知らずか、部長は「疲れたら言ってくれよな」とさらなる気遣いの言葉をかけて、行軍を再開した。
……なんだかもう、私の完全敗北な気がしてきた。
そこから更に一時間ほど登り続けた私達は、木々の切れ目のような平地に辿り着いた。
「ここなら空が見えるね。よし、少し休憩しよう」
部長の言う通り、その平地の周囲だけ木々が生えていないので空が見えた。
抜けるような青空だ。なんだか泣きそうになってきた。
視界が滲んで、少し目が回って……あれ……? なんだか世界が本格的に回り始め……。
「君! 顔が真っ青だぞ!?」
部長の声がひどく遠く聞こえる。
ぼんやりとそんなことを考えながら、私の意識は闇に落ちた――。
「目が覚めたかい?」
次に目覚めた時、私を出迎えたのは部長の心配そうな笑顔だった。
私はどうやら地面に寝かされているらしく、視界の先には満天の星空が広がっている。
いつの間にか夜になってしまっていたらしい。
「私、倒れてたんですか?」
「うん、凄い熱があったんだ。今は下がってるみたいだけど……きっと疲れが溜まってしまったんだね。気分はどうだい?」
「……大丈夫です」
言いながら身を起こす。
バサリッ、と何かが落ちる音に目を向けると、バカみたいに黄色いブランケットが目に入った。どうやら部長が私にかけてくれていたらしい。
「……すみません、足を引っ張ってしまって。部長お一人なら、今頃みんなと合流できてたかもしれないのに」
「いやいや、部下が困っていれば手を差し伸べる――それが上司の仕事だから」
そう言って、ニコリと笑った部長の顔は、いつもと同じ頼りなさげなのに、どこか頼もしくも見えた。
結局、私達はそのままそこで夜を明かした。
携帯も通じない。救助も来ない。明かりはそれぞれが持つ懐中電灯一本ずつだけ。これでは、戻るのも進むのも無理だと判断したのだ。
今は夏だと言うのに、山の夜は異様に冷えた。
部長は一枚しかないブランケットを私に貸そうとしてくれたけれど、私はそれを固辞し「二人で使いましょう」と提案した。
「後でセクハラって言わない?」
「言いませんよ、やだなぁ」
そんな軽口を叩き合いながら、私と部長は寄り添い合って寒さをしのいだ。
晩御飯は、部長が持ってきていた
その羊羹の味を、私は一生忘れてないと思う――。
――翌朝。なんだかけたたましい音で目が覚めた。
「この音は……ヘリだ!」
「ヘリって……救助が来たんでしょうか?」
「そうに違いない。どうにかこちらの位置を知らせないと……」
私達のいる場所は多少開けてはいるが、おそらく上空から見ると木々に紛れてしまうくらいだ。
ライトであるとか発煙筒であるとか、そういったものでこちらから存在をアピールしないと気付いてもらえない可能性があった。
「懐中電灯を空に向けるんだ! あと、何か光を反射するものはないかい?」
「反射……あ、携帯用のミラーならあります!」
ザックから急いで鏡を取り出し、空へ向ける。
ちょうど私達の入る所に太陽光が差す時間なので、結構な反射光が生まれたけれども……これだけでは心もとない。
――私達が必死にアピールしている間も、ヘリは何度か頭上を素通りしていった。やはりもっと目立つ何かがないと駄目なのかもしれない。
「ど、どうしましょう部長!?」
「……よし、奥の手を使おう。君、今から起こることは、皆には内緒だよ?」
部長はにっこりと笑うと、おもむろに帽子を脱ぎ捨て……更には髪の毛まで脱ぎ捨てた。
部長はカツラだったのだ!
カツラの下から現れたのは見事過ぎるハゲ頭!
部長はそのハゲ頭をタオルで何回かキュッキュと音を立てて磨くと、それを空へと向けた。
瞬間――。
「うわっ、眩し!」
太陽光を受けて、部長のハゲ頭が光り輝く。驚くべき反射率だった――。
その後のことを簡単に話そう。
私と部長は無事に発見され、ヘリで救助された。
救急隊員さんに「凄い反射光でしたね。何か大きな鏡でも持ってらしたのですか?」と聞かれたけれども、私と部長は愛想笑いで答えを濁した。
一晩の遭難だったにもかかわらず、世間様ではそのことが大々的に報道されていた。
一時はマスコミも沢山押しかけてきたけれども、社長がその対応を一手に引き受けてくれたので、私も部長も必要以上に世間の注目を浴びずに済んだ。
そして私と部長は……。
「部長、美味しいフルーツパフェを見つけたんですが、今晩いかがですか?」
「お、いいねぇ。よしよし、私がおごるからぜひ行こうじゃないか!」
「やった~」
なんとなく仲良くなった私と部長は、お互いに甘党であることを知り、金曜の夜には飲み会ならぬスイーツ会を開くくらいの仲になっていた。
部長のおごりなのは、ハゲ頭の口止め料も含んでいるからなのかもしれないけど……。
(了)
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