同じソラを見上げて

 征歴1960年12月25日。

 ソラで、マルスとマイラが踊るころ――

 

 ソフィエス共和国、星への始発駅、管理センター。午前9時過ぎ。

 飛宙士候補生たちは講義室に集まり、席に着いていた。教壇にはリーリヤが立っている。21人は全員息を殺し、有人飛行計画成否の報告を待っていた。

「……」

 エヴァは瞳を閉じて胸の前で手を組み、祈りを捧げていた。

「――あっ。み、みなさん、見えますか!?」

 突如、開眼し、大きな声を上げて、窓の外を向く。

「あそこに、ソラで、火の鳥と白狼……マルス先輩とマイラちゃんが踊っています!」

 エヴァの呼びかけに候補生たちは席を立ち、窓側に駆け寄った。

 クルスクは窓を開けて、ソラを見上げる。

「ああ、俺も見える。二人とも、今、宇宙にいるんだな……!」

 彼に続き、他の窓も開けられた。候補生たちは身を乗り出して、ソラを指さす。

「有人飛行の成功だ! 凄いぞ、人間が遂に宇宙に行ったんだ! アトラスよりも先に!」

 室内は歓喜と興奮の声に包まれる。

「……ユーリさん、あなたのお子さんは、本当に成し遂げましたよ。立派な飛行士になった彼とは、会えましたか?」

 そのなか、リーリヤは静かに呟き、右目から涙をこぼしていた。


 同国首都ツェントル、スタールィ地区、ユマシュワ通り。

 通りには、子どもから、大人、老人にいたるまで、100人もの人々が集っていた。その中には、ニカ、ソーニャ、レフ、ヴァレンチンなど、22日に踊った者たちが顔を揃えている。

 みなを呼び集めたのは、ニカ、ソーニャ、教会に通う子どもたちだ。なぜ集まるのか、何が起こるのか、具体的な説明はしていない。

 それでも、大人たちは文句も言わず、呼びかけに応じた。

「……」

 集合してから30分、子どもたちはずっと空を眺めている。その間、誰も喋ることはなかった。

「――ねえ、みんな、分かる?」

 不意に、ニカが問いかけた。

「……うん。ソーニャも見えたよ。あれが、地球なの? 本当にきれい。おそらで踊る、マルスお兄ちゃん、マイラちゃんも」

 ソーニャは目を輝かせて、答える。

 二人だけでなく、他の子ども、大人たちも目を見開き、感激の表情で空を見上げていた。

「ええ。僕たちは今、奇跡を体験しているのです。この光景を見れば、人は変われる。僕はそう信じます」

 レフは膝を着き、天を仰いだ。

「宇宙、地球、火の鳥、白狼……この世のものとは、思えない……」

 放心していたヴァレンチンは、ヴァイオリンを手に取った。

 そして、ひたむきに弦を弾く。

「ヴァレンチンさん、この曲は初めて聞くのう?」

 音を耳にしたマルスガスチーニッツアマルスの宿屋の管理人が質問する。

「今の光景を目にして、思いついた即興の曲だよ。作曲なんて初めてで、お恥ずかしいがね」

「いや、そんなことはない。あんたがそれを完成させれば、ずっと後になっても、この奇跡が思い起こせる。今ある芸術も、過去の人がその時感動した気持ちを、遺していったものだからのう」

「……そうか。音楽、絵画、舞踏……芸術は時代を越えて伝わる。俺の夢は、この曲を完成させること。そして、一人でも多くの人に、聞いてもらいたい」

「曲が完成したら、わたくしにもお聞かせください」

 ヴァレンチンの宣言に、現れた女性がお願いする。

「おお、エレーナさんに、カティアさんも」

 姿を見せたのは、エレーナとカティアだった。

わたくしも、予感がしましたの。それで、この場所へ」

「はい。ここへ来る間、道々で人が立ち止まり、空を見上げていました。私にもはっきりと見えております」

「ヴァレンチンさんの曲で、私は踊ります。プリマとなって、世界中に伝えたいのです。それが二人への恩返しになると信じていますから」

「バレエにするのなら、物語も必要でしょう。その点に関して、僕も助力させてもらえませんか」

「おっちゃん、俺も何か出来ることはないかな」

「ソーニャも」 

 ロフ、ニカ、ソーニャをはじめ、他の住人たちも協力を申し出る。

「みんな……ありがとう。もう俺の夢は俺だけのものじゃない。マルス、マイラ、お前たちが見せたソラは、こうして、世界中の人を繋げているんだろうな……」

 住人たちは、ソラを見上げる。この奇跡を起こした二人に感謝を込めて。

 

 アトラス星集連合国、航空宇宙局イカロス研究所、その中にある宇宙飛行士候補生アルゴナウタイ宿泊施設。

 現在、午前1時の深夜であった。

 通常であるならば、消灯時間の今、ほとんどの者は就寝している。

 その静まりきった廊下を、30代の男性が息を大きく乱しながら走っていた。個室のドアに立ち止まり、インターホンを一度だけでなく、何度も押す。

「おいっ、起きてるか!?」

 夜ふけにも関わらず、男性は大声で呼びかける。

 少し経ち、ドアが中から開けられた。

「……分かっているよ」 

 中から顔を見せた同世代の男性は不機嫌な顔を見せることもなく、言った。

「先ほどから頭に浮かぶ光景、ソフィエスの誰かが宇宙に行ったようだ。たしかな情報があるわけではない。が、納得してしまう。あんなものを見てしまえばね」

「やっぱり、そうなんだな。俺の家族にも聞いてみたら、同じ光景を見たそうだ」

「外に出て、直接見ようか」

「もちろん」

 二人は施設の外に出て、夜空を見上げる。

「……くっそー! 先を越されちまったかあ! 俺が一番だと思っていたのになあ……」

「なのに、悔しそうな顔をしていないね。むしろ嬉しそうじゃないか」

「へへ、今、あそこにいる二人は、本当に宇宙や地球……そういうのを全部ひっくるめて好きなんだろうな。なんだかよ、それを見ていると、誰が一番だとかどちらが先だとか……ちっぽけなものに感じるんだよ」

「君らしいといえば、君らしいが……たしかに、そうだね」

 二人は満足そうな顔を浮かべていた。

 二人の元に、一人、また一人と同年代の青年が集まってくる。

「おお、お前たちもいてもたってもいられなくなったか」

 その数は、7。彼らは、アトラス星集連合国宇宙飛行士候補生――アルゴナウタイ。

「俺たちも必ず宇宙へ行く。アトラスの誇りと、アルゴナウタイの名に懸けて」

 ソラを見上げる7人の候補生たちは、瞳に炎を宿していた。


 同国、ダイダロス宇宙飛行センター、長官室。

 電気の消えた長官室の窓際には、白衣の人物が後ろに手を組み、直立していた。

 その者は窓の外の夜空を、じっと見上げている。

「ソロモン……あの時の約束はあなたが先に果たしましたか。まずはおめでとうを言います。ですが、その先に行くのは私たち。次は、負けませんよ」

 長官室の主、クヴィスト博士は口の両端を上げて、呟いた。

 その視線を、空に浮かぶ月に合わせて。 


 同国首都ネオアテナ、上院議員事務所。

 深夜1時を過ぎても明かりの消えない事務所に、秘書が入り込む。

「……議員、今しがた、連絡が入りました。ソフィエスは大気圏外への有人飛行を成功させたそうです。そのことは、私たちに起きている不可解な現象と関係あるのでしょうか? もしや、ソフィエスの秘密兵器――」

 報告を受ける上院議員は、執務椅子に座り、目をつむっていた。

「……遂に、この時が来たか」

 少しの間を置き、瞼を開けて、小声で漏らす。

「議員?」

「何でもない。来月の就任式の演説を改稿しよう。これから先、宇宙時代が訪れる。アトラスは先駆者にならなければいけないのだ」

 上院議員は椅子を回転させて、窓を見る。

 彼は、アトラス星集連合国、次期大統領。

 ソフィエスと並ぶ大国アトラス、それを舵取る若き指導者は、何を思うか――。


 ソフィエス、アトラスのみならず、同じ現象は星の全ての生命に起こっていた。

 彼、彼女たちはソラを見上げる。

 ソラで、地球を舞台に、火の鳥と白狼が踊る光景を。


 

 

 


  


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