コスモナウト
ソラで俺を待っていたのは、ユーリ父さんだった。
「そのフライジャケット、よく似合ってる。つまり、ちゃんとした飛行士になったということだ」
父さんは、最後に会った時と同じ声、調子で話しかける。
「……」
俺は言葉が返せずに、つ……と、涙をこぼしていた。
「お? どうしたんだ。いきなり泣いて。大きくなっても、そんなところは変わらないなあ」
「僕、ずっと父さんに会いたかったんだ。それで、ようやく……」
「そうか、俺とお前では時間が違うんだな……。俺もお前と会えて、嬉しいよ」
父さんは俺の頭を撫でてくれる。それで感極まり、父さんに抱き着いた。
「父さん、ここにくるまでに色々なことがあったんだ。父さんがいなくなって、俺は全てを諦めた……」
父さんがいなくなってからの2年間を、全て話した。
飛行士養成学校を辞めて、ソフィエス各地を放浪し、首都に流れ着くまで。マイラと出会い、教授から飛宙士候補生に選ばれたこと。星の始発駅、中佐からの指導、戦友たちとの訓練の日々。自分の故郷、出生の真実を知った。ロケットに乗り、ソラに到達したことを。
「全部、知っているよ。がんばったな、マルス。お前は体だけでなく、心も成長した。俺の、自慢の息子……立派になった」
父さんはほほえみ、俺の肩に手を置く。
「――」
父さんが、俺を一人前の男として認めてくれた。
この言葉を聞くために、俺は生きてきたのだ。
「……ありがとう。けれども、俺一人でここまで来れはしなかった。さっきも話した、みんな、それに、マイラがいたからだよ」
「マイラか、良い子だよな。お前にとっての最高の相棒……そんな相手と出会えたというのも、感慨深いよ。……エヴァちゃんに未練はないのか? もし、あのままいったら、恋人になるつもりだったんだろ」
「な、何を言っているのさ。俺はもう決めたんだ。そんな優柔不断じゃ、二人に失礼じゃないか」
「ハハ、悪い悪い」
俺は一旦父さんから離れて、辺りを見回した。
「父さん、ここが俺たちの目指していた場所なの?」
「そうだと思う。俺も気づいたら、この場所にいたんだ。先客も大勢いたよ。見たら、驚くぞ。中には、俺とすごく気の合う飛行士もいたな。ほら」
父さんは背後を振り返る。その先には、複数の人影が見えた。
「先客……え? まさか――」
現れた人物の顔に、見覚えがあった。
世界初の動力飛行機を開発した兄弟。二人はその飛行機を組み立てている。小さなロケットを囲んで議論している三人は、ドラッヘ、アトラス、ソフィエスのロケット開拓者だ。
「……」
俺の先達とも言える人物を目の当たりにして、震える。
彼らのみならず、周辺にはさらに人が増えた。男女、若年から老齢まで、国籍、人種も入り乱れている。
彼、彼女たちは、コスモナウト。すなわち、俺を呼んだのは――
――そのとおり。わたしたちは、きみをまっていた。
理解すると同時に、コスモナウトたちは俺へ一斉に視線を集める。
その中から、一人、俺の元に近寄る者がいた。
「あ、そんな……」
彼は、俺の知るソロモン教授だった。
「教授、あなたがここにいるということは……」
地上の彼は、既に……。
――教授……そうか、君の宇宙のわたしも、病魔と戦っているのだな。
「君の宇宙の私? あなたは、一体?」
「彼は、あなたの知るソロモン教授とは似て非なる存在です」
俺の疑問に、新たに現れた人物が解説する。
「マイラ……」
教授似の人物の隣に現れたのは、マイラだった。
「異なる宇宙では別の名で呼ばれて、初の宇宙飛行士を導く役割を担っています」
今の彼女は、宇宙の心としての側面が表れている。
「異なる宇宙、別の名……つまり、この場所は」
出発前、マイラが語っていた言葉を思い出す。
『別側面で視れば、二人は違う世界に巣立ったの。それに、まるすは知ってる。肉体の滅びは全ての終わりじゃない。魂、意思は永遠。無限の宇宙、世界に私たちは生きている』
――君の考えている通りだ。この地は、
「あなたたちが俺をここに呼んだ。いったい何が起きるのですか?」
「新しい宇宙を誕生させるのです」
「俺が、宇宙を?」
「宇宙がはじまるよりも前は、無でありました。それがなぜ、宇宙という世界が誕生したのでしょう? 意思です。異なる宇宙、世界の誰かの意思が、無にゆらぎを与えた。ゆらぎは波紋となり、拡がり、今の宇宙を形つくっています」
この宇宙を誕生させたという、何者かの意思。
それは、神と同義なのではないだろうか。
――その者の意思は、呼びかけるのだ。われらのもとにきたれ、ここにて、まつ。……と。
「そうか、あなたがたと俺は同じ声を聴いて、この地を目指した。そして、継ぐ者を呼ぶ」
――わたしたちは、器と魂がひとつにあるうちにここには辿り着けなかった。しかし、君は違う。器、魂がそろってここに来たのだ。真の意味での、コスモナウトと呼べる。
「ええ、あなたは
「……」
コスモナウトの真の意味を知り、俺の中に途方もない感覚が生じる。
ただ、自分の夢を追いかけた俺が、そんな大それたことを……。
「マルス、難しく考えることはないさ。お前はお前なんだ。自分が一番に願うことをすればいい」
そんな俺に、父さんは肩に手を置いて教えてくれる。
「……そうだね。俺は、ユーリ父さんの息子、マルス・ベロウソフ。ただの飛行機バカで、ソラを見上げるのが何よりも好きなんだ。それに、今は、食いしん坊で、ちょっと天然気味のかわいい子に惚れている。その子と添い遂げたいのが一番の関心ごとかな」
「……」
――……。
俺の告白に、マイラ、周囲のコスモナウトともども目を見開いてしまった。
「ふふっ」
――はははっ!
一瞬の間を置いて、この場にいた全員が笑い出す。
しばらく笑いは収まらなかった。そのおかげで、俺は少し恥ずかしさを覚える。
――……新宇宙の創造よりも、好きになった女の子のことか。君は、わたしたちの想像を遥かに超える逸材だな。
「……本当に。こんなところで告白だなんて、もっと雰囲気を……いえ、何があっても、決して自分を見失わない。私も、だからこそあなたを……」
マイラはそれまでの硬い表情を崩して、ほおを赤らめる。
「……娘が嫁に行く時の父親の気分っていうのはこんなものかな。感慨深いよ。ついこの間までは、父さん父さんと俺の後を追いかけていたマルスが……」
父さんはちょっと涙ぐんでいた。
「娘じゃなくて、息子だよ。……あなた方に聞きたい。マイラは、俺とともに地球に戻れるのでしょうか。彼女が消えてしまうというのなら、俺は……」
――心配は無用だ。彼女は、君の星で過ごしたことで、人としての心、器を得た。それは彼女が十分に分かっているはず。
「はい。あなたとともに過ごし、私は人の心を知った。……誰かを好きになる。その感情が、こんなにも素敵だったことなんて。ありがとう、まるす」
マイラは顔をほころばせる。それはいつもの、花の咲くような笑顔だった。
「俺もだよ。君と出会えたから、俺は夢を取り戻せた。人生が、世界がこんなにも素晴らしいということに気づいたんだ。だから、俺はもっと前に進み、色々なところへ行き、様々な命と会いたい」
俺はマイラの両手を握る。
「うんっ、いっしょにいこっ」
マイラも強く握り返す。
――そうだ。この二人のように宇宙は出会い、交わり、次なる宇宙を生み出していく。歩みは未来永劫、途切れない。
「俺も、まだ停まるわけにはいかない。息子がこんなにがんばっているんだ。もっと、前へ行くぞ!」
「父さん……俺も、負けないからね!」
どんな時でも、前を見ている。やっぱり父さんは俺の目標だ。
「ああ。だからこそ、もう、別れの時だ。直接会えなくても、寂しくはない。目指す場所が同じなら、いつも俺たちは互いを感じることが出来る。その証拠に……」
父さんは自分の両側を見る。
左にはボリス兄さんが、右には眼鏡をかけたおしとやかそうな女性がいた。
「うん。だから、さよならは言わないよ」
「まるす、あなたの隣にも挨拶をしたい人がいるよ」
「あ……」
マイラに言われて、気づく。すぐ側にいたのは、産みの両親だった。
二人はとても穏やかな顔で、俺を見つめている。
「父さん、母さん……」
母さんは、俺を両手で優しく包んでくれた。
20年前の記憶がよみがえる。この温もりが、産まれた世界を生きるに値すると教えてくれたのだ。
母さんの長い抱擁の後、父さんは俺の頭をなでてくれた。
手が触れただけで、この人の想いが伝わる。
父さんは、ずっと母さんと俺を想ってくれていたのだ。
「ありがとう。あなたたちのおかげで、俺はこの世界に産まれることができたんです」
――あなたが生きているということが、私たちの生きた証になる。マルス、どうか、愛する人とともに幸せになって。
「……はい」
四人の父母、兄に囲まれて、俺は最高に幸せだった。
俺が目指していたソラは、家族と再会する場所でもあったのだ。
……だけど、安寧の地にいつまでも留まっているわけにはいかなかった。
「みんな、俺たちは行きます。帰りを待っている人たちがいるから」
俺とマイラは手を握り、コスモナウトたちの元より離れる。
――マルス・ベロウソフ。マイラ。君たちの旅は、まだ始まったばかり。この先、君たちの宇宙がどのような進化を遂げるのか、楽しみだ。
先ほどまで青色だった空は、紫色の夜になった。
コスモナウトたちは光となり、夜空には満天の星が輝く。
また会いましょう。同じ志を持つ永遠の友人たち。時の果てで――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます