後を託す者

 俺とマイラは教会を出る。外には、運転手の言葉通り大勢の人が集まっていた。

 クルスク、エレーナさん、カティアさん、管理人さん、ヴァレンチン……と、先程舞踏会に参加した面々が揃っている。

「マルス、みんなお前が急にいなくなって心配したそうだ。星への始発駅に戻る前に、挨拶しておけよ」

 クルスクは俺に教える。

「クルスク、君とエレーナさんは……?」

 俺はクルスクの隣に立つエレーナさんを見て聞いた。

「ああ、俺たちの関係は白紙にした――と言っても、無しにしたわけじゃない。はじめからやり直そうということさ。マレンコワ、ブレジネワ関係無く、ただのクルスク、エレーナとして」

「……はい。お互い、これから忙しく、試練が続くと思います。けれども、私にはクルスク様……いいえ、クルスクがいれば羽ばたくことが出来ますから」

 エレーナさんとクルスクは互いを見つめ合う。

 その表情を見て、二人の10年の空白は、とっくに埋まったと理解した。

「くるすく、えれーな、おめでとう!」

 マイラは二人にぎゅっと抱き着く。

「はは、ありがとうマイラ」

「ええ、ありがとうございます、マイラさん」

「クルスク、これで君も任務で死ぬわけにはいかなくなったね。待ってくれる人がいるのだから」

「ああ。だから、お前が成功させて、俺たちへ繋げてくれ」

 俺とクルスクは当たり前のように右手を出し、握手していた。

 昨日は友情に亀裂が入ったと思っていた。しかし、今日の出来事で、俺たちはもっと強い絆を手に入れたのだ。


 教会からレフさん、子どもたちも出て来た。

 俺とマイラを中心に、スタールィ地区の人々が集合する。

 俺はみんなを前に声を大きく挨拶をする。

「みなさん、俺のために集まってくれてありがとうございます。俺、ここに住んで良かった。今はここも大切な故郷です。貴方たちのことは、忘れません!」

 1年前、この地区に訪れたのは偶然だった。それから半年間、俺は傷心を住人たちとの生活で少しづつ癒すことが出来たのだ。もし、別の場所であれば、さらに心はすさみ、犯罪に手を染めていたかもしれない。そして、マイラと出会えた。

 今日、この地区に戻り、レフさんと会い、使命を再認識した。

 だから、全ては必然なのだ。

「現実は自分の思い通りにいかなくて、辛いと感じることがたくさんあるかもしれません。けれど、希望によって人は前を向くことが出来ます。その証を、俺はみんなに見せたい。だから、生きることを決して諦めないでください!」

 大切なことを気づかせてくれた恩人たちに、ありったけの想いを送った。

「……」

 住人たちは静まり返る。

 俺があまりにも大げさなことを言ったので、面食らってしまったのか。

「マルスさん、ありがとう。貴方だからこそ言える言葉です。貴方が今日僕たちのためにと思ってしてくれたこと、決して忘れません。貴方の成そうとしていることはきっと世界中に届き、人々を変える。僕は信じています」

 その中で、レフさんは応えてくれた。

「マルス、前の俺ならお前の言うことなんて鼻で笑ってた。けどな、今は違う。希望ってのはいいものだな。自分がどん底にいたとしても、それがあれば、上を向いて、前に進むことが出来る。だから、お前はみんなを照らす星になってくれ」

 次に反応したヴァレンチンは俺に熱いまなざしを向ける。

「その通り。わしはお前さんがいつかユマシュワに並ぶ、いや、それ以上の偉業を成すと信じておる。その時はアパートの名をマルスガスチーニッツアマルスの宿屋とでもするかのう」

 管理人さんの言葉に周囲から微笑が漏れた。

 三人の激励の後、ニカが俺の前に近づいた。

「マルス兄ちゃん、これまで恥ずかしかったけど、今だから言うよ。俺、兄ちゃんみたいな人が父ちゃんだったら、良かった。ううん、きっと俺の父ちゃんは兄ちゃんみたいな人なんだ。だから、俺は初めて見た時から気になってた。それは母ちゃんも同じだったと思う。それでよけいに兄ちゃんがいなくなった時、悲しかった」

「ニカ……」

 ニカの想いに、俺は胸がうたれる。

「そのことはもういいんだ。俺はもう子どもじゃないから。男が自分の使命を果たす時に、決して後ろは振り返らない。母ちゃんが言ってた意味が分かるよ。兄ちゃんもそうなんだろ。でも、覚えていて欲しいんだ。みんなのことを。たとえ、どんな遠くにいっても」

 ニカは歯をくいしばり、涙をこらえていた。

 その表情を見て、彼は既に少年でなく、大人なのだと実感する。

 きっと、父さんも俺が自分の将来を見出した時、同じ想いをしたのだろう。

 後を託す者がいる。それを発見した喜びは、初めての感情だった。

「ニカ、もちろんだよ。君は俺にとって弟であり、息子後を託す者なんだ」

 俺はニカの両肩に手を置いて、目をまっすぐに見て、告げた。

「とおちゃ――」

 ニカの表情が崩れ、俺の胸に飛び込んだ。

「お、おれ、父ちゃんは生きてるって信じてる! だから、ここで待って……う、わあああああ……」

 溜まった感情を爆発させるかのように泣きじゃくった。

「ああ。ニカ、君の父さんは生きてる。君が父さんのことを想っているかぎり、いつまでも……!」

 俺はニカを力強く抱きしめた。

 この子は俺の弟であり、息子であり、もう一人の自分なのだ。

 俺は、星になる。この子たちの未来を照らすために。

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