3時間遅れの帰宅

 1960年12月23日午前7時。

 目覚めた俺とマイラは荷物を持ち、部屋を出る。

「……くぁ」

「……ふぁ」

 俺たちは同時にあくびを漏らした。

「出発の日なのに、寝不足だ。昨晩は盛り上がったからなあ……」

「うん。えば、りーりやがあんな顔になったの、初めて見る……」

 俺は昨日、首都ツェントルから星への始発駅へ帰った後の出来事を思い出す。


 22日午後9時。

 俺とマイラは首都スタールィ地区を車で発ち、急いで星の始発駅に帰った。時刻は、既に午後9時を過ぎている。宿舎に入っても、中はひっそりとしていた。消灯時間は近い。候補生たちは自室に戻っているのだと理解した。

 出発前にみんなと過ごす最後の夜だったのに……。自分の責任とはいえ、俺は寂しく感じる。

「まるす、みんなねむっちゃったのかな……」

 マイラは小さな声で聞いた。

「……まあ、しかたないさ。でも、リーリヤ中佐に会えば、雷が落ちるだろうね。門限を大幅にすっぽかしたから……」

 21日の夜、中佐は俺たちに「午後6時までに戻れ」と言った。

 23日は朝早く出発する。そのために早く戻り、よく休めといった意味なのだと俺は理解した。――という以外に、出発前の晩、「何か」があるのではという期待も。

 しかし、約束を破ってしてしまった俺に、中佐は何を思っているのだろうか。

 まず怒られると予測して、気が滅入る。みんなと会えない寂しさと同じく、中佐を怒らせてしまったことも辛かった。

 出発には、中佐から笑顔で送り出して欲しかったから。

「ともかく、中佐に帰還を報告しよう。あの人に今日何があったかを包み隠さず伝えないといけない」

「まるす、りーりやに怒られるなら、わたしも。遅れたのは、わたしのせいでもあるから。一人で怒られるより、二人のほうがいいよ」

「マイラ、ありがとう。その気持ちだけでも充分嬉しいよ」

 健気なマイラの頭を俺はなでる。

 覚悟を決めて、中佐の元に行こうと足を進めた。

 その直後、

「ベロウソフ候補生、今、何時だと思っている……?」

「――り、リーリヤ中佐!?」

 いきなり聞こえた彼女の声に、即座に俺は足を停める。

 中佐は地下食堂室へと繋がる階段から現れたのだ。こつこつと軍靴の音を立てて、直立する俺の元に近づく。

「……」

「もう一度問う。今は何時で、私が指定した門限は何時だったかな」

 俺は間近にいる中佐の顔が怖くてまともに見られなかった。

「……い、今は午後9時。中佐が指定した門限より3時間が過ぎています」

 かろうじて小声で答える。

「約束の時間を守れない者は軍人、いや、人としても失格だ。マイラと一緒の休日だからといって、浮かれすぎなのではないか? そんなことでは、ロケット飛行の本番もどうなることか」

「……中佐、遅刻をしたことは事実で、いくら謝罪しても足りません。ですが、俺は今日、実りのある1日を過ごしました。俺がなぜ飛ぶのか、それを再認識したのです。なので、みなの想いが込もった飛行計画は、絶対に成功させます」

 中佐の目をまっすぐに見て、強く宣言した。

「まるすの言ったことは本当だよ。今日の経験は、まるすが飛ぶために必要だったことなの。でも、遅刻をしたのは……ごめんなさい」

 マイラは中佐に頭を深く下げた。

「……」

 俺たちの返事に対して、中佐は腕を組む。

 押し黙る表情から、何を思っているのか伺い知れない。

 俺とマイラも自然に無言になってしまった。 

「……ふ、言うようになったな」

 沈黙の檻を破ったのは、中佐だった。微笑を浮かべている。

「お前の今日の行動については、チャーチフから電話でしっかりと報告を受けている。……まったく、お前はどこにいっても騒動に巻き込まれるな。そういう運命の元に生まれたから……なのかもしれんが」

「試練は超えるために与えられると思っています」

「うん。きょーじゅも同じこと言ってた」

 俺の言葉に、マイラも続けてくれた。

「少しだけお前たちの若さが羨ましくなったよ。たった1日でまた成長するとは」

 中佐は俺を許してくれたのか、表情が柔和になった。

「ただし、遅刻は遅刻。しっかりと罰は受けてもらうからな……クク」

 が、再び表情は鬼面のごとく変わる。

「ひっ――!?」

「きゅっ――!?」

 その顔に、俺とマイラは縮みあがった。

「そうだ、二人とも夕食はまだなのではないか?」

 とうとつに中佐は話題を変える。

「……あ、そういえばそうですね。お昼にブリヌイを食べてから、何も」

「あぅ、わたしも……」

 午後からの騒動で、食事どころではなかった。

 指摘されると、今ごろお腹が急激にすく。

「では、地下食堂に行くといい。お前たちの分の食事は残してある」

「はい。お気遣い、感謝します。しっかりと栄養を摂り、充分に休眠し、明日の出発には遅れません」

 俺は中佐に向かって頭を下げる。

「まるす、はやくごはんたべにいこっ」

 マイラは俺の服のすそをひっぱりせがんだ。

「ふふ、マイラが空腹で倒れる前に早く行け」

 中佐の許可を受け、マイラはぴゅっと階段に走る。俺も小走りに向かった。 

 

 



 

 






  


 


 

  



 

 

 






  


  

 

 




 

  

 



 

 

 

 

 

  

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