候補生の一日

 俺たち候補生の一日は決まったスケジュールに沿って行われる。


 ・午前六時起床、着替え、朝食。八時三〇分より座学。一二時昼食、昼休み。

 ・午後一時から、候補生は各々に割り当てられた訓練。俺は基礎体力向上のトレーニング。

 ・午後五時の訓練終了後、シャワー、夕食。一〇時の消灯までは自由時間。(自由といっても、遊ぶ者はなく、座学の予習、復習。あるいは軽い運動)


 行動だけでなく、食事メニュー(朝昼晩に必ず牛乳一杯、チョコレートの摂取が義務)さえも規定され、守るべき規則だらけの生活は、まるで軍隊のようだった。この部隊は空軍によって設立、運営されているので当然だが……。養成校を辞めて以来、自堕落な生活を送っていた俺には、慣れるのに随分苦労した。

 苦労といえば、午前の座学である。訓練はある意味、体をしゃにむに動かせば良かったが、座学は頭、脳細胞を全力で使わないといけない。

 俺たちは辞書のような教本を何冊も並べ、講義室で国立大学からの講師の教えを受ける。

「今日から受講するベロウソフ君のため、これまでの復習をしよう。まず、物体を地球の重力から振り切り、高度一〇〇〇〇kmの大気圏外、即ち宇宙に達するための速度とは? クズネフォワ君、答えたまえ」

「はい、秒速七.九km、時速にして二八四四〇kmになります」

 講師に名指しされたエヴァは、すらすらと答える。

 時速二八四四〇km!? 音速が一二二四kmというから、その二〇倍越えだ。飛行機での音速越えがようやく一三年前にアトラスで果たされたというのに。

「よろしい。我々が誇るMロケットはこの速度に達成し、人工衛星PSを宇宙に飛行させることに成功した。次は、人である。問題は、果たしてその速度、加速に人が耐えられるのか? 宇宙空間に達した時、何が起こるのか? 空気、重力、方向の無い環境はどのような影響を及ぼすのか? それは全くの未知数である。なので、諸君らは徹底的に学び、鍛え、備えるのだ。衛星と違い、生きて戻らなければ意味はないのだから」

 そんな途方もない速度で飛ぶロケットに乗り、未知の宇宙空間に辿り着き、帰還する。

 簡単ではないことは分かっていたが、具体的な数字を知ると重みが増す。それは、人類史数百万年で誰も果たしたことがない偉業なのだから。

 チャーチフが手を上げる。

「我々が飛行する前に、動物実験は行わないのですか」 

 その質問は最もだった。製薬産業などでは新薬を人に投与する前、動物実験を行う。兵器も同じ。アトラスではサルを飛ばしたとも聞くが。

 不意に、隣に座るマイラが俺の手を握る。彼女を見れば、悲しそうな顔をしていた。

 もしかして、動物という言葉に反応したかもしれない。

「不明だ。動物実験が行われたかどうかは、分からない」

 その問いに、講師は意外な答えを出した。

「は?」

「この有人飛行計画には何万という人員、複数の機関が絡んでいる。一講師である自分に、必要以上の情報は与えられていないのだよ。光の当たらぬ部分を覗けば、どうなるか……」

 講師は委員会の存在を示唆する。

 まただ。委員会。奴らはこの国で知り過ぎようとする者の前に現れる。

 この国で栄達したければ余計なことを知ろうとするな。喋るな。見るな。

 養成校時代、左遷されたという噂の教官もそんなことをほのめかしていた。

 そんなきな臭さはあったものの、俺は座学が面白いと感じるようになった。ロケットに関すること、宇宙に行く具体的な方法を学べることで、自分がそこに行く姿を鮮明に思い浮かべたから。


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