第11話
さっきまでの喧騒がまるで嘘であったかのように消滅し、辺りは不気味な沈黙に包まれていた。
時折弱々しい嗚咽とすすり泣くような声だけが羽音のように聞こえる。
あの出来事は悪夢だったのだろうか。
アラタは酸欠状態で朦朧とする意識の中、体を起こしながら周囲を見回す。
会場には力尽きて倒れたプレイヤーの体が無数に転がっており、地面はおびただしい血と肉片で赤く塗りつぶされていた。
この死屍累々とした光景を目の当たりにしても、アラタは目の前で起こっている状況を未だ現実として受け入れることは出来ず、ただ呆然とする他なかった。
つい先ほどまで2000人のプレイヤーで賑わっていたというのに、今はもう立っている者は誰もいない。
それどころか生きている者が何人いるかも分からない。
そんな地獄絵図と変わった会場に、ジャジャンと場違いなほど軽快ななSEとともに、明るい声音が響き渡る。
「それではこれからイベントの内容を説明します」
女神イリスと名乗る巨大なホログラムが自らの両手を空に広げながらそう告げるとイベント用設備モニタにイベントの説明図が表示された。
「この島のいたるところには、AIを搭載したキャラクターが存在します。AIを搭載したキャラクターというのは、例えば先ほど登場した誅罰者AIもその一つです」
イリスが片手を上げると、突如として処刑者AIが突如として女神イリスの横に現れ、周囲はわずかな悲鳴とともにざわめきが走る。
「ご安心ください。この処刑者AIキャラクターは今回のイベントには登場しません。ユーザがルールを犯さない限りは、ですが。そしてAIキャラクターはイベントクリアを妨害するなど、あらゆる手を使ってユーザーに干渉してきます。その干渉をかいくぐりAIキャラクターを討伐してください」
イリスはその事務的な笑顔を崩すことなくそう告げると、彼女の前に青いクリスタルが現れた。
「AIキャラクターはユーザの皆様と同じく、体のどこかにクリスタルが埋め込まれており、HPを0にすると体から自動的に剥離されます。
もしAIキャラクターのHPが1以上の状態で強引にクリスタルを外すと、その場合クリスタルを外したプレイヤーもまた、直ちに死んでしまいますのでご注意ください」
おいおい、今しれっとヘビーなことを口走らなかったか……。
おそらく戦わずして報酬を獲得するいわゆるチート対策なのだろうが、それにしてはあまりにもペナルティがでかすぎる。
しかし、生殺与奪権はゲームの運営側にあるのだから今は従うしかない。アラタは揺れる視界の中、僅かな情報でも聞き逃さないように、混濁した神経を最大限に振り思考を働かせた。
「イベント終了時までにAIキャラクターのクリスタルを所持しているユーザの皆様は、元の生活に帰ることができる権利を得ることができます。
ちなみにイベント終了日時は今から144時間後、ちょうど6日後の同じ時刻です。
もし期限までに1つもAIキャラクターからクリスタルを得ることができなければ、あるいはHPが0になったり、自分のクリスタルが外れてしまいますとクエスト失敗となり、この島から出ることはおろかその場で死んでいただくことになります。
どうかご了承くださいませ」
ちょっとしたことが生死に繋がる理不尽なルールに、この場にいるプレイヤー全員が、今の状況がいかに異常であるかを再認識した。
運営側はプレイヤーを人間だと思っていない。むしろプレイヤーの生死を弄んで自分達が楽しんでいるきらいがある。
もはやこれはゲームのバグどころの騒ぎではない。運営会社は今頃何をやっているのだろうか。一先ず考えられることは、事態の収束を期待し最大6日間生き残ることを最優先にしなければならないということだ。
ならばやるべきことはシンプルだ。 こんなバカげたイベントには付き合う必要はない。
この場に生き残っているものだけで集まり、小さなコミュニティを作って共同生活を行うことでリスクを最小限に留めることが最善であろう。
しかしアラタにとって最善方法を思いつくものの、いざ実行に移すことを想像すると無意識に頭に冷や汗が流れ出してきた。見知らぬ人間と共同生活を送るくらいであれば一人でAIキャラクターとやらを狩り、あとは6日間をいかにエネルギーを使わず息を潜めながら安全に生きていくかを考えて行くほうがマシなのかも知れない。
そのような算段を立てている矢先、女神イリスがこう言い放った。
「なおイベントクリア報酬として1千万円の報酬、そして獲得したクリスタル1個につき1千万円の賞金が付与されます。
手始めにユーザの皆様の口座にイベントを無事クリアすることを見越して1千万円を振り込ませていただきました。どうぞご契約の金融機関の口座にインターネット照会でご確認くださいませ」
プレイヤーの視界に半ば強制的にHUD内でゲーム外へのサイトに繋がるWeb Viewが表示され、一体何の認証機能が使用されたのか分からない間に自動でIDとパスワードが入力されて、交通費振込のために知らせていた銀行口座のネット通帳が表示される。
その瞬間、アラタは自分の口座に見慣れない桁数の金額が振り込まれているのが眺めながら、会場の空気が僅かに張り詰めるのを感じた。
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