第7話
アラタ達は適当な狩場を見繕い、モンスター狩りに興じる事にした。選んだ狩場は壁と見紛うほどの大木の巨大な根が入り組んだ場所であった。
アラタはボヤきながら地面に散乱しているアイテムを拾ってはザックに詰め込んでいく。その傍らでは、仲間たちが巨大なモンスターを次々と打ち負かしているのが見える。相手は屈強の老人の頭を持った7メートルほどの背丈をしている巨人で、体にはチェーンメイルを纏い、右手には巨大な剣を持っていた。
このモンスターはフォレストジャイアントと呼ばれ、倒すとそこそこの経験値が手に入り、ある程度値の張るアイテムが手に入る上に、一度全滅させてもすぐに復活するので、狩りにはとても効率が良い相手であった。
フォレストジャイアントが馬鹿でかい錆びついた剣を掲げて迫ってくるのを初めて目の当たりにした時は、あまりの迫力に肝を冷やしたが、慣れてしまえば単なる木偶の坊である。
セラ、ユキ、ナオによる絶妙なコンビネーションにかかれば、屈強の巨人たちが大木の根からメキメキと音を立てて生まれるや否や、3人の手により難なく地面に崩れ落ちては泡となって消えていく。
手順はこうだ。
まずセラが前衛に立ち、範囲効果のある炎攻撃を放って敵の注意を引きつける。
↓
ゆっくり向かっていく敵に対し、シャーマンであるユキが魔法で生み出した茨の蔓で敵の進行を阻む。
↓
その間に魔法の詠唱を終えたナオが強力な破壊力を持つ魔法を放つ。
↓
相手は死ぬ。
以下その繰り返し。人、それを作業という。
そしてアラタはと言うと、戦闘では完全に用無しであるため主にアイテム持ちの役割を引き受け、たまに仲間のステータスを伺っては、ピンチに陥った仲間に回復薬を使ったりしている。
「まぁ、そう言うことね。……いや、知ってたし。俺がパーティーに残れた理由、全然知ってたし……」
アラタはアイテムを拾いながら、はぁとため息をついて仲間の様子を伺う。ナオは嬉々として強力な魔法をモンスターにぶちかましているのが見える。
彼女の職業はウィザードで、敵に高ダメージを与える役割を担っており、彼女の放つスキル
敵一体にしか効果を及ぼさないが、そのダメージは下手すると1000を超え、さらにこの魔法が着弾した時に魔法耐性も下げることも出来る。
着弾したエフェクトも派手で、さらに魔法を放つ時、左手に握られた小振りのワンドからエネルギーで出来た弓が現れ、それをアーチェリーのように右手で引いて放つという、なかなか厨二心をくすぐるような演出も人気のスキルである。
そしてシャーマンであるユキは、大地の力を借りた魔法攻撃が得意で、狩りには欠かせない範囲攻撃魔法のスペシャリストだ。
彼女の放つ
またシャーマンの目玉スキルである
ただし難点なのは、この範囲攻撃魔法の効果が詠唱者を中心としているため、術者はモンスターの中心に飛び込まなくてはならないというリスクが存在する。そのため調子に乗ってこの魔法を使いまくると多くの敵の注意を引く事になり、シャーマンのHPと防御力は比較的低い方なので、結果一瞬でモンスターに殺されてしまう恐れがある。だからヒーラーのいない今、ユキはこのスキルを使うことは控えているようであった。
「これでトドメ!え〜いっ!!」
ナオがフォレストジャイアントの残りの1匹に
「ふぅ〜、いっぱい狩ったねぇ。セラっちがいるとすごく捗るよ。やっぱり狩はこうでなくっちゃ!」
ナオは額の汗を拭いながら、充実感に満ちた笑顔で空を見上げた。
と、その時トドメを刺したと思っていたフォレストジャイアントがむくりと体を起こし、ナオに対して大剣を振り上げようとしている。座っている状態であれば、受けるダメージは6倍になり、ナオがこの攻撃を受けると一撃で死亡してしまうのは誰の目から見ても明らかであった。
「ナオ、立ちたまえ!そいつはまだ死んでいない!」
それに気付いたユキは、すぐさまナオに大声で警告を発する。
「え……」
ユキの声を聞いて、思わず小さく声を漏らしナオは呆然と前方に視線を向ける。時はすでに遅く、彼女の瞳にはフォレストジャイアントの凶刃が振り下ろされようとしているのが映る。
その束の間、ガツンという効果音が鳴り響き、ナオは思わず身構えながら力強く瞼を閉じた。
しかし覚悟していた衝撃が一向に訪れないので、恐る恐るゆっくりと目を開いた。
そこには2本のシャドウブレードを構えて佇むアラタと、膝の靭帯を切り刻まれて、ゆっくりと体を地面に沈めていくフォレストジャイアントの姿が見える。
先ほどの効果音は恐らくアサシンのスキル、ロングスタンが命中した音であろう。このスキルに掛かったモンスター、及びプレイヤーキャラクターは気絶状態に陥り、12秒間身動きが取れなくなる。
「「あ……」」
一瞬だけ2人の視線が合うが、アラタの方が気まずそうに視線を外し、いそいそと目の前のモンスターの死体からドロップアイテムを拾い、ザックに詰め込み始めた。
「……ちっ」
今、なんで舌打ちしたの……。
背後から感じる嫌悪の気配にビクビクと身を強張らせながら、アラタはアイテムを拾うことに意識を集中させた。他人を助けたのにも関わらず、アラタは余計なことをしてしまったと、逆に罪悪感を感じ始めいたたまれなくなる。
先ほどのフォレストジャイアントは「ネーム付き」と呼ばれるモンスターでこの狩場のボスだ。このモンスターをターゲットした状態でオブジェクトウィンドウを見ると、他のモンスターとは違って青い文字で名前のような英字が表示されおり10レベルほど強い。現れるのは稀でレアなアイテムを期待できのだが、他のモンスターと混じって現れるため、先ほどのようにトドメを刺しきれずに手こずる場合があるのだ。
ナオの無事を確認したユキは、ふぅとため息を付きながらこう提案した。
「そろそろ休憩をとる事にしようか。みんな一旦狩場から離れよう」
ナオは無言で立ち上がると、そのままセラに駆け寄り、「怖かったよ〜><」と喚きながらセラの体に抱きつくのが見える。
アラタはそれを呆れたようにその様子を見ながら、アイテムが詰まったザックの中を覗き込んだ。中身は全く見えないのだが、目の前にアイテムウィンドウが表示されどんなアイテムが入っているかリストで確認することができる。
明らかに拾ったアイテムの体積の方がザックより大きいのだが、見た目は空っぽの時とまったく変わらない。
「なにこれすげぇ、異次元ポケットかよ」
そう言いながらアラタはザックを背負おうと肩に帯を掛けて立ち上がろうとすると、思い掛けず背後につんのめった。
「重っ!!軽いのに重っ!!」
アラタは思わず呻き声を上げて、今まで感じたことのない感覚に顔をしかめた。どうやら電気的に肩から足腰にかけての筋肉に負荷を掛けることで、重さという感覚を再現しているようである。
グローリーエイジ・オンラインでは力のステータスにポイント振ることで、アイテムの所持可能重量が増えるのだが、このゲームではどうやら力のステータスにポイントを振っていないと、プレイヤーの体に重量の負荷が大きくなっていくようであった。
なんとかアラタはザックを背負うと、プルプルと足を内股に震わせながら仲間の方にゆっくりと歩み寄る。その姿にユキとナオはドン引きした表情を向けるが、セラだけが頰を赤く染めながらこう呟いた。
「アラタ、生まれたての子鹿の赤ちゃんみたい……かわいい……」
──
「いやー、さっきのはヤバかったねぇ!でもスリリングで、もうちょー楽しい〜!」
俺は全然楽しくないのですが……。無邪気にはしゃぐナオを尻目にアラタは心の中で密かにボヤいた。
アラタ達のパーティーは狩場を離れ、手頃な木の幹に腰を下ろしながら休息を取ることにした。相変わらずアラタの使い魔にご執心なセラにナオが声を掛ける。
「ねぇねぇ、それ何?どうしたの?」
「ドラちゃんって言うの。アラタがくれた」
「何それ!?猫型ロボットだから?マジウケる〜!」
「……いや、あげてないからね」アラタはぼそりと抗議の声をあげるが、悲しいかな誰もその声を気に止めようとしない。
ユキはメンバー全員の様子を伺ってため息を付いた。
「ナオだけじゃなくて、みんなも気をつけてくれよ。どうやら視点が俯瞰ではないから、状況が把握しづらいようだ。休む前には必ず周辺を確認すること。このパーティーにはプリーストがいないのだから下手すると全滅して全員幽霊になってしまう。そうなると楽しい会話も出来なくなってしまうのだからな」
ユキの忠告にセラとナオは「は〜い」と素直に返事をかえした。アラタも小さく頷きを返すと、恐る恐る手を上げた。
「な、なぁ、俺だけ荷物持つのって、ちょっと違くないッスかね……」
「…………」
途端にメンバー全体に広がる気まずい沈黙。その沈黙を最初に破ったのはナオであった。
「……なんかアラタってさ、たまに独り言言うよねー」
「独り言じゃねーよっ!!俺はみんなに言ってんのっ!!」
半泣きになりながら抗議の声を上げるアラタにナオは冷ややかな視線を投げつけながらいった。
「じゃーなに?全員ってことはセラにまであんな重い荷物、持てって言うの?それって酷くな〜い?」
その言葉にアラタはうっ、と言葉を詰まらせた。その様子に見るに見かねてユキが仲裁に入る。
「まぁまぁ、戦闘にあまり参加できないからと言ってアラタくんだけにあれだけの荷物を持ってもらうのは確かに心苦しい。持てる量は限られそうだが、各自の携帯バックに持てるだけのアイテムを入れて、少しでもお互いの負担を軽減しようじゃないか」
ユキの言葉にナオは「わかった……」としぶしぶ承諾した。
アラタはそんなナオの態度を見ながら、ふと考えにふけった。このパーティーに加わって分かった事なのだが、ARのゲームをプレイすると、年功序列が生まれやすい。
オンラインゲームだとお互いの顔が見えないので、リアルの年齢など気にも留めないのだが、現実世界でリアルに顔を見合わせてしまうと、無意識に年長者の発言が優先させてしまうようだ。
ユキは見た目が落ち着いた大人の女性であるのに加え、演技じみた紳士な口調で語りかけてくるので尚更である。
この場で一番の上級者は恐らくアラタであろうが、発言権の強いユキがリーダーでいるのは理にかなっているように思えた。
「さっきはさ……」
ザックからアイテムを携帯バックに移しながら、ナオはアラタにこっそり話しかけた。
「……なんだよ」
「助けてくれて……ありがと、ね」
思いも寄らないナオの謝辞に、少し驚くような表情をすると急に恥ずかしくなっていくのを感じ、アラタは明後日の方向に視線を逸らして顔をぽりぽりとかいた。
「……気にすんなよ。ってかお前に死なれたら、ヌーカーが居なくなってみんな困るんだよ」
「は?お前?」
さっきのしおらしい態度とは打って変わって、急に冷たい口調で問い詰めるナオ。
「い、いや、ナオ……」
「会ったばかりなのに、気安く名前で呼ぶ?何様?」
ああっ!面倒臭いよ、このビッチ!
そう心の中で叫びながら、アラタは顔を引きつらせながら声を絞り出すように言った。
「す、すみませんでした……ナオ様……」
その言葉に、未だに不満なのかナオは顔をしかめようとしているのだが、頬のあたりがプルプルと震えている。そしてついに耐え切れなかったのか、ぶふっと吹き出して急に笑い声を上げた。
「あははははっ!ナ、ナオ様って……ご、ごめん、そ、そこまで気を遣ってもらわなくても……くくく、苦しいっ!あははははっ!」
そこまで笑う事かよ、とアラタにはナオの笑いのツボが分からず戸惑ってしまった。
「……じゃあ、なんて呼べばいいんだよ」
ぼそりと呟いたアラタに、涙を指で拭いながらナオは息を整わせながら答えた。
「はぁはぁ……、も、もう、ナオでいいよ。ってかナオ様って……あはははは!」
「……」
再び笑いの波がぶり返してきたナオを見て、アラタは呆れて果てて黙ってしまった。
「そう言えばさ、仲間がピンチの時も回復薬投げてくれていたよね。見かけによらず結構仲間思いなんだね、アラタって」
「見かけによらず?」
なんだよそれ、と訝しげに問い返すアラタに、ナオはキョトンととした表情を向けて、ああ、と声を上げた。
「もしかして、まだ自分の顔見ていないかんじ?鏡持ってるから、なんなら見てみる?」
ぷくく、と笑いを押し殺しながらナオは腰のポーチから、結構ひどいよ、と四角い手鏡を取り出した。
アラタはその手鏡を覗き込むように見てみると、自分の想像していた自分の顔とは全く違うものが写っているのが見えて思わず叫び声を上げた。
「……なんじゃこりゃああ!」
白っ!そして恐っ!鏡に写っていたのは、不吉なくらい青白い肌に、死んだ様な目の下には濃い隈をデカデカとしつらえた、不気味で痩せこけた顔であった。
「ああそうか、当時メモ帳に名前を書くと人が殺せるマンガにハマっていて、その作中に出てくる探偵役のキャラがやたらカッコいいとか思っちゃって、そんな感じのキャラメイクをした気がするぅ……。あれがカッコよく見えるのは、現実だと相当なイケメン顔に限るのか……。そりゃ、みんな俺のこと全力で避けるわ、当たり前だよなぁ……」
鏡を持ったまま早口で言い訳しつつ硬直するアラタを見て、ナオは指を指してお腹を抱えながらゲラゲラと笑い転げた。
「も、もしかして、時々猫背で歩いているのも、そのマンガのキャラになりきってた感じ?い、イタすぎぃ〜!」
「も、もうやめて!とっくに俺のライフはゼロよっ!ってか、ナオもあのマンガの読んでたのかよ、あれいいよなぁ!?今度語り合おうぜ!?」
「それはヤだ。あんまし知らないし」
そんなやりとりをアラタはナオと繰り広げていると、ピコーンと音がなり、by adminと書かれたメールアイコンが目の前に表示された。
「ん、運営からのメールみたい。なんだろう?」
どうやらナオにも同じメールが届いたらしく、首の後ろに手を回してクリスタルをいじり始めた。
「運営チームからのお知らせです。みなさん、もうグローリーエイジARには慣れましたか?間も無くイベントの発表が行われます。つきましては最初の広場にまた戻ってきてください。広場までの道のりは矢印のガイドに従って……」
アラタもメールを開くと、メッセージとともに立体的な矢印が地面に表示され、半透明の白いラインが森の外へと伸びていくがの見える。
「そろそろ時間みたいだな。では広場に戻るとしよう」
ユキの声にセラとナオは軽快に返事をすると、アラタは再びザックを背負い始めた。荷物を分け合ったおかげで幾分か軽くは感じるが、やはり力のステータス特化のプレイヤーキャラクターがいないこのパーティーで荷物を分担したとしても、その効果はたかが知れている。
引き篭もり期間が長いアラタにとっては、少しくらい軽くなったとしても、文字通りまだ荷が重いようだ。ついには内股でプルプルと膝を震わせているアラタを見て、セラがまるで鹿の出産を取り扱ったドキュメンタリー映像を見るかのように「がんばれ、がんばれ」と小さな両手を握りながら応援してしまう始末である。
そんなセラにアラタは諦めたような力のない笑顔を返すと、覚悟を決めてなけなしの根性を振り絞りながら歩みを進めることにした。
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