第4話
「モンスターじゃ……ない」
「え?」
「私、モンスターじゃ……ない」
目の前の少女は俯き加減にそう言った。
ひょっとして猫を追い掛け回している姿を人に見られて恥ずかしかったのだろうか、顔をほんのりと赤く染めながら、上目遣いでむー、とアラタを睨んでいる。
「そ、そうか、悪かった。モンスターとか言っちゃって。俺、今使い魔を使ってモンスターをおびき寄せていたんだ……。まさか女の子が飛び出してくるとは思わなかった。わ、悪気はないんだ」
しかもこんなに可愛い……。アラタは早口で言い繕いながらも心の中で密かに言葉を付け足した。
目の前の少女の身長は、見た感じ150cmに届くか届かないほど小柄で、育ちはいい方なのか髪は緩やかなウェーブがかかり、細やかな手入れが行き届いているようだった。
顔立ちにはやや幼さが残り、緩やかに垂れた目と小さな口元をしている。年齢は中学生になったばかりかどうか微妙なところだ。
プラチナブロンドの髪と青く明るい瞳は、さながらファンタジー映画に出てくる妖精のようであったが、髪の色、目の色はゲームのキャラクター設定で任意の色に変更して見せることができるので、恐らくAR技術によってそう見えているだけなのであろう。
アラタはキャラクターの装備している防具や武器を見ただけで、職業を判別することが出来る。彼女が着ている白銀のヘビーメイルはクルセイダー専用のものだ。クルセイダーは剣を操りながら、聖なる炎の魔法も使える汎用性の高い職業である。
しかし注目するところはそんなところではない。今、刮目すべきところは彼女の胸だ。そう、おっぱいなのだ。
女性用のクルセイダー専用ヘビーメイルは、胸当ての部分がキャラクターの乳房のラインにぴったり合わせて変化するという仕様があって、とても恥ずかしいことで有名な装備であった。
そしてアラタには彼女の胸のラインが、小柄な身の丈には少々不釣り合いなほど豊かであることが、気になって気になって仕方がなかった。果たしてあの大きさはリアルなのかそれともバーチャルなのか……。
「ち、違うから……。CONにステータス振ってたら、なんだか大きくなっちゃっただけだから……」
慌てて少女は胸元を手で隠しながら視線から逃れるように、恥ずかしげに体をくねらせてアラタをジト目で睨み始めた。
「す、すまん……」
バレてしまった。彼女の返事を聞いて、アラタは俯きながら寂しいような安心したような複雑な気持ちに囚われた。
しかし恥ずかしながらも律儀に相手をしてくれるところを見てアラタは、こいついい子だ……、と勝手に確信したのであった。
「名前、なんて言うの?」
不意に少女は言った。
「え、俺?俺の名前はアラ……」
「違う」
突然の質問にキョドりながら答えるアラタの言葉を、少女は静かに遮ると、そばで呑気に毛繕いをしている黒猫を指差した。
「その猫の名前……。あなたの使い魔なんでしょ?」
「ああ、そいつか」
あはは、と頭を掻きながら、俺には興味ねーのかよ、ま、それも当然だけどね!と心の中でツッコミを入れた。
「この猫、とても可愛い……」
少女はにへらと、顔を緩めながら黒猫に手を伸ばした。アラタは今日のAIの調子がおかしかったことを思い出し、慌てて彼女の手を止めようとした。
「お、おい、止め……」
そんなアラタの心配をよそに、少女はひょいっと黒猫を抱きかかえ満足そうに体を揺らした。
「よちよち。いい子だねー、お前」
ご機嫌斜めなはずのアラタの使い魔は、少女に抱きかかえられると気持ちよさそうにぐるる、と喉を鳴らして大層ご満悦の様子である。
「……」
「どうしたの?」
「いや別に……」
アラタは思った。現金な奴め、こいつはいったい誰に似たんだ。ま、俺だな。非常に羨ましい。俺もそんな美少女に抱かれて甘えたい。おいちょっとそこを変われ。
「そいつの名前はドラグノフ。適当に付けた。特に由来とかはない」
「そうなんだ……」
少女は静かに返事をすると、少し考え込むように黒猫を抱き上げ言った。
「……じゃあ、ドラちゃん、だね」
止めろ!勝手に名前を変えるんじゃない!そしてその名状しがたきその名を口にするんじゃないっ!確かにネコ型AIではあるけれどもっ!
すかさず心の中で必死にツッコミを入れるアラタ。
「ねえ、わたしにこの子を譲ってくれない?」
そう言って少女は、ダメ?と言いたげに上目遣いでアラタを見つめた。
「無理だよ。黒猫の使い魔はアサシン専用で、主従関係の契約は解除できるけど、アサシンの職業のプレイヤーでないと使い魔にすることは出来ないんだ」
なに、このあざといロリ巨乳は。一体どこでそんなテクを身につけて来たんだ。お兄さんはお前をそんな子に育てた覚えはありませんよ、と勝手に自分が少女の兄であるかのような妄想をしながら、アラタはうんざりとした口調で答えた。
「ふーん……。お前のご主人はケチだねぇ?」
少女の僻みにゃあ、と返事を返す黒猫。
言っとくけど、俺のせいじゃないからね……。ドラグノフも、お前は俺に何か恨みとかあるの?アラタはそんな愚痴を込めながら、黒猫をあやす少女の姿を見つめていた。すると少女がポツリと小さな声で何かを呟いたのが聞こえた。
「ドラちゃん、わたし迷子になっちゃたんだ……どうすればいいと思う?」
「迷子?」
思わず少女の呟きにアラタは聞き返した。
「あなたには言ってない」
ああ、そうですか。少女の言葉にアラタは決まりの悪い表情を返した。
「……だけど、そう。仲間とはぐれてしまったの」
少女は黒猫を器用にあやしながら、困った顔をアラタに向けて頷いた。
「仲間か。パーティーを組んでいるのか?ならパーティーチャットで自分のいる座標を伝えて迎えに来てもらったら良いんじゃあ……」
「やってみたよ?だけど……」
アラタの提案に言葉を濁す少女。
「だけど?」
「仲間からも迷っちゃった、って返事が……」
二次遭難かよっ!お前のパーティーはポンコツ揃いかっ!?アラタは頭を抱えて唸った。
だが無理はない。パソコン版である前作「グローリーエイジ・オンライン」では画面の右上にミニマップがあって、方角に固定して表示されていたため、俯瞰で操作しているとx軸とy軸の方向が分かりやすかった。
「グローリーエイジAR」でもミニマップは目の前にホログラムとして表示されるのだが、いざ1人称視点になってみると方向感覚に関してはある程度慣れる必要がある。
考えてみればアラタもミニマップを見て目的地へと実際に移動が出来るか少々不安であった。
まだ集合に時間もあることだし、ここでミニマップに慣れておくのも良いかもしれない、とアラタは考えた。
「も、もし良かったら……」
アラタは顔をポリポリと指で掻きつつ、明後日の方向に視線を向けて、しどろもどろに言葉を紡いだ。
なぜこれ程までに気の利いた言葉がすんなりと出てこないんだ、アラタは自分の意気地のなさに歯痒さを隠せない。
「ん?」
「俺が仲間のところまで案内……してやるよ」
勇気を振り絞ってようやく出てきた言葉に、少女は少し驚いた表情をして、すぐに柔らかな笑顔になった。
「ほんとに……?」
「ああ、だけどあまり過度な期待はするなよ。俺もあんまり慣れていないもんだから……」
その少女の嬉しそうな笑顔を見て、ああやっぱりこいつはいい子だ、とアラタは改めて思った。
「それじゃあ……はい」
少女は首の後ろにあるクリスタルに触って何やら操作をし始めた。しばらくするとアラタの目の前にとあるウィンドウがポップアップした。
「わたしの名前は、セラ。あなたは?」
「お、俺は……」
アラタは目の前に現れたウィンドウに震える指を伸ばした。あの時、あれほど自分が望んでいた物が、すぐ側にあることに、生まれてこの方経験したことのない感動を覚える。
「俺はアラタ。よろしく頼む……」
ウィンドウには「セラからパーティーへの招待が届きました。パーティーに加わりますか? YES/NO?」と書かれているのだが、アラタの目にはなぜかぼんやりと滲んであまり良く見えなかった。
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