第3話
命令には問題なく従う事を確認したアラタは安心して、ふう、とため息を漏らしながら、自分の両手に収められている2本の短刀を握り直した。
シャドウブレードと呼ばれるそれは、赤黒く禍々しいまでに湾曲した刃渡50センチほどの短刀で、アサシン専用の武器である。形状としてはククリナイフが一番近く、内反りの部分に刀刃がある。ゲームの中では暗器の設定があり、見た目は半透明で僅かに透き通って見えるのだが、ぶっちゃけそれがゲームに影響を与えることはない。
くの字に曲がった刀刃には薄っすらと魔法文字が彫り込まれており、この武器がなんだかの魔法を帯びているのが分かるのだが、その効果も確率で追加スタミナダメージを与えると言うもので、そもそもスタミナというパラメーターが存在しないモンスターを狩るには無用の長物である。
「これも結構、値の張るレアアイテムなんだけどなぁ……」
アラタは両手に握られた得物を見つめながら寂しげに呟くと、茂みの向こうからモンスターの雄叫びが聞こえてくるのに気が付いた。
「よし、来たか」
この雄叫びはオークと呼ばれるモンスターの物であるとアラタは瞬時に悟ると、気を取り直して上半身をやや前に倒し、両手の武器を八の字に構えながら、モンスターへの攻撃に備えた。
どういう原理なのか地面からズシン、ズシンと僅かな揺れを感じ取ることができる。まるで足の内部にゲームコントローラーの振動機能を埋め込んだ感じであまりいい気分がしない。
だんだんと大きくなるモンスターの雄叫びと地面の揺がはっきりと感じ取れるようになっている頃に、アラタにはなぜかそれらが2つ、3つと重なっているように感じられた。
「……あ、あれ?なんか、多くね?」
それらが一体のモンスターだけでなく、複数のモンスターによるものだと気付き、アラタの顔面は次第に青ざめていく。
「5つ、6つ……いやもっと……」
そしてアラタが異常を察した時はすでに、目の前の茂みからにゃーんと自分の使い魔が飛び出すのが見えたのと同時であった。
「ブオァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
「で、でけええええええええええええええええ!!??」
茂みの向こうから半狂乱でゴツゴツした棍棒を振り回しながら迫り来るオークの群れを目にして、アラタは慄きの声を張り上げた。そのデカさはアラタが見上げるほどで、2.5メートル以上はありそうだ。
凶悪に怒りの感情で豚面を歪ませたオークは緑色の強靭な巨体を活かしながら、アラタと同等の大きさと思えるほどの得物を叩きつけようと飛びかかってきている。
こんなもの食らうとひとたまりも無い、とアラタは横に飛んで攻撃を逃れようと、半ばスライディングのように地面に飛び込んだ。
硬くてざらりとした地面の感触を感じながらも、アラタが仰向けになって身を起こすと、10体ものオークの群れが目の前に立ち塞がっていた。
「ち……」
アラタは震える体を起こしながら、小さな声を零した。
このままだと、何もしないまま死んでしまう。自分のキャラクターのレベルはMAXの60レベル。オブジェクト情報を見ると目の前にいるモンスター群のレベルは20レベル。実力的には負けることはないはずだ。せっかく外行きの服を買って、世間の冷たい視線を受けながらここまで来たのに、こんな所でつまづいてたまるかと、アラタは半泣き状態になりながら叫んだ。
「ちくしょーめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!!」
とある映画の嘘字幕シリーズにあるような雄叫びをあげながら両手の武器を構え直すと、シャドウブレードがまるでナイフアクションのようにビュンビュンと音を立てて回り出し、自然とアラタの手に収まる。
目の前にはオークが再び巨大な得物を振りかざして、今にもアラタに向けて振り下ろさんとしている。しかしそのアクションが終わる前にはアラタが必死で繰り出した斬撃がオークを襲う。次々と切り刻まれるオークの傷口から、緑色の血飛沫のエフェクトが大量に溢れ出す。
「ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうっっ!!!!」
振り下ろされたオークの攻撃もステップで回避しながら、アラタは叫び続けながら攻撃の手を休めない。そのつかの間、オークの膝が折れてゆっくりと地面に倒れていった。
「やったか!?」
アラタは最も有名な敵生存フラグのセリフを吐きつつ、地面に崩れ落ちたオークの体を見つる。HPが尽きたオークの体と緑の血液はブクブクと泡を立てながら地面に吸い込まれるように消えていき、その後にはドロップアイテムだけが取り残されていた。
「や、やれるじゃん!?俺!!俺、やれるじゃ……って、痛っっっってーーーーーな!!!!」
喜ぶ暇もなく、背後から僅かな衝撃がアラタの体を刺激する。見渡すと横にも後ろにも自分が棍棒を構えたオークに取り囲まれていることに気が付いた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
慌てて飛びずさるアラタ。元いた場所には巨大な棍棒が地面に突き刺さっていた。どうやら攻撃を受けても見た目ほどのダメージは受けないらしい。
それを知ったアラタは覚悟を決めて、2本の武器をオークの群れに向ける。
「こうったら、やれるところまでやってやろうじゃねーか!!」
そう叫ぶとアラタは半ばヤケクソになりながらも、オークの群れに斬りかかって行った。
──取り囲んでいたオークは次々に倒れて行き、やがて最後のオークが地面に消えた頃、アラタのHPとスタミナはカラカラに尽きかけていた。
「やっと、やっと倒せた……。」
アラタは仰向けに倒れ込みながら、肩から大きく息を吐き出した。どうやらステータスの値も僅かながらリアルな体に影響を与えるようで、HPやスタミナが尽きかけると体に負荷がかかるようになっているらしい。アラタには開発者の力の入れようが、どころが間違っているような気がしてならない。
「なんだろうこれ……、想像以上に糞ゲじゃね?もう俺がレビュー書かなくても絶対流行らないし、このβテストに参加しなくても良かったんじゃ……」
もう俺、帰ってもいいよね……。
あまりの虚しさに自然と涙が溢れてきて、青空がじんわりと滲んで見える。体も1年ぶりの激しい動きについて来れず、プルプルと膝が笑ってしまい立つことも億劫だ。
実は先程の戦闘はアラタのキャラクターの実力であれば、簡単に勝利を収めることが出来た。これ程までに苦戦してしまったのは、ただARゲームで戦闘をする感覚にアラタがまだ慣れていないだけである。
しばらく寝転がっていると、HPもスタミナも順調に回復していく。しかし両手には痺れた感覚はまだ治らない。おそらく過呼吸によるもので、キャラクターのステータスがリアルの体力を表示しているわけではないようだ。
もうしばらく休んでいても良い気もするが、これ以上この姿勢でいると危険だ。腰を地面に接地させていれば、HP、魔力、スタミナの回復スピードが大幅に上昇し、回復魔法やアイテムから受ける効果も増加するのだが、回避率がほぼ無くなり、攻撃を受けた際のダメージは6倍になって、モンスターにやられてしまうリスクが急激に高まるからだ。
アラタは仕方なくおもむろに体を起こすと、膝に手を置きながらゆっくりと立ち上がった。
まだ集合には時間がある。それまでにはある程度ゲームに慣れていないと、次に行われるイベントに出遅れてしまう。
アラタは、側で蝶のNPCと戯れている自分の使い魔に、もう一度モンスター引っ張ってくるよう命令を出すことにした。さっきと同じ狩場なら、ある程度倒したばかりなのでまだそれほどモンスターは湧いていないだろう。
「ドラグノフ、次はモンスターを一体だけ引っ張ってきて来てくれ。一体だけだぞ?頼むから俺をモンスターに集団レイプされるよな事態だけは避けてくれよ」
すると黒い使い魔はさっきと同じようににゃーん、と茂みの中へと入っていった。
大丈夫かな、と心配になりながら使い魔が飛び込んで行った茂み見守りつつ、アラタは次に来るであろうモンスターの襲撃に備えることにした。
それから暫くしても使い魔が戻ってくるような気配がない。一度倒したモンスターは時間が経過すると、同じ狩場に出現するはずなのだが、まだ早かったのかもしれない。
そう思いながら前方を睨みつけていると、不意に茂みがガサガサと揺れ始めた。
「帰って来た!」
地響きや唸り声が聞こえないことは、どうやら小型のモンスターをおびき寄せたことに成功したに違いない。次はさっきのようなヘマはしないように位置取りはしっかりしないと、そう考えながらアラタは武器を強くにぎしめながらモンスターの出現を待ち構えた。
「にゃーん」
この鳴き声の主は使い魔のものではない。明らかに人間でしかも女の子の声である。そして目の前に飛び出して来たのは、自分の使い魔と、その使い魔を猫のポーズで追いかける美しいプラチナブロンドの髪をした少女の姿であった。
「美少女型……モンスター?」
かくしてアラタの使い魔は醜くくて獰猛なオークではなく、かわりに可愛い美少女を連れて戻ってきたのであった。
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