食に関わる詩②

さてもう一編、長田弘。亡くなられましたが著名な詩人ですね。


長田弘 詩集 食卓一期一会より

「冷ヤッコを食べながら」 1987


両手にいっぱいの土をつかむ。   

素焼きの鉢にその土をぎっちりつめて   

シソの種を播いたのは春さきだった。   

それからあとはアッという間だ。   

芽がでて茎ができて葉がつくまでには   

散々なことをいくらも経験しなきゃならなかった。   

日々はふたつの拳を持っていて、右の拳は   

予期どおりのものを握っているが、左の拳は   

予期しないものをしっかりと握りしめている。   

鉢にシソの葉が繁ってきたころには、   

ふたつの拳に殴られて、もうフラフラだった。   

毎度のことでべつにおどろく話でもないのだが。   

よく育ったシソの葉をつんで細かく切って、   

夏の夕ぐれ、ヤッコに切った豆腐にのせる。   

冷ヤッコをサカナに旧友たちのことをかんがえる。   

暑い日がつづくけれども、元気だろうか?   

きみらの鉢のシソは今年もよく茂ったか?   

いいことを何か一つくらいは手にしたか?

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