第3話 非日常の中で非日常を楽しむ
修学旅行の出発当日。
秋晴れの空を見ながら学校に集合したら、最寄り駅まで歩いて電車に乗り、新幹線で熊本に向かう。一日目はほぼ移動で終わる予定だ。
夕湖の高校は制服着用と決まっているが、4泊の旅程でずっと制服だと汚れも気になるので、修学旅行のみ私服だ。普段制服しか見ないクラスメイト達の私服は新鮮だった記憶がある。
時間通りに来た新幹線に乗り、座席を回転させて向かい合わせにした。藍が隣で、向かい側に知子と笑美が座った。他の席も、同じように回転させて向かい合わせにしたり、通路を挟んだ席の子としゃべったりと騒がしい。
ここからは、ただただ移動である。その間何をするのかというと、一応「修学」旅行なので、地理に関する課題を行う。このほかに、国語の課題で修学旅行に関する短歌を作るというものもある。
とはいえ、課題はほとんど建前なので、ひたすらおしゃべりに興じたり、人によっては本を読んだりと好きに過ごすのだ。
夕湖も、一応目についた本を持って来てはいたが、藍たちとしゃべるのに忙しかった。
昼食は駅弁だ。
この新幹線はチャーターなので、車内販売のお姉さんは来ない。その代わり、全員にお弁当が配られた。
そういえば、新幹線だけではなく電車もチャーターできると知ったのはこの修学旅行だったように記憶している。通常のダイヤを乱さないよう、たまに止まったり駅を通り過ぎたりしながら進むのだ。
お弁当を広げた12時半ごろにも新幹線は停止していて、ちょうど夕湖たちの席の方の窓から海が見えていた。
「わー、海を見ながらお弁当って贅沢」
「ほんとだね。ん、お弁当も美味しい!」
「うん、なんか野菜が美味しいからきっといいお弁当だよ」
「お茶まで美味しい気がする」
「確かにー!」
きゃわきゃわと食べる昼食は美味しい。
しばらくしゃべった後、夕湖はトイレに向かった。
身体がギシギシいう気がしたので、夕湖はすぐに席には戻らず、ドアの近くの空間へ滑り込んだ。
腰を逸らしたり、腕を頭の上で組み横に引っ張って脇腹を伸ばしたりとストレッチしていると、後ろに誰かが立った。見られたことに気づいて、恥ずかしく思いながらも振り向くと畑中君がいた。ストライプのシャツにジーンズで、やはり私服は新鮮に映る。
「あはは、ずっと座ってたらなんか身体が固まる気がして」
「ん、分かる。俺も足がしんどい」
言いながら、畑中君は片足をプラプラさせた。
「だよね。畑中君、大きいから余計辛そう」
「うん、椅子が狭い。あと、弁当が足りなかった」
「え、そう?私たちはちょっと多いくらいだったけど」
やはり育ち盛りの男の子だからだろうか、結構大きめのお弁当だったのに足りなかったらしい。夕湖は驚いて目を瞬いた。
「持ってきた菓子パンがなかったら詰んでた」
「お菓子じゃなくて菓子パン持って来てたの?」
「絶対途中でお腹空くと思って。お菓子もあるけど、それだけじゃもたないから」
へにょり、と笑った大きな畑中君を見上げて、さもありなん、と夕湖は頷いた。
「そっかぁ。晩御飯は夜の7時だもんね。あれかな、最悪途中の駅でトイレ休憩のときに買い食い?」
「あー、それいいかも。正直、そろそろお腹空いてきたから」
一応、ある程度の金額のお小遣いを持って来ていいことになっている。駅での買い食いを禁止されてもいないので、問題ないだろうと夕湖は提案した。しかし、まだ2時を過ぎたところだというのにもうお腹が空いているらしい。
「まだ休憩まで少し時間あるし、チョコレート持って来てるからあげる。甘いのって腹持ちするよね」
「え?あ、でも」
「いいからいいから。あ、トイレ済んだ?」
「うん、戻るとこだった」
「じゃあ行こう」
畑中君の席の方が、夕湖たちの席よりもトイレに近かった。夕湖は畑中君と一度分かれて通り過ぎ、いったん席に戻った。
「おかえりー」
「うん、もっかい行ってくる」
言いながら、夕湖はチョコレートの袋を手に取った。
「出張?」
「うん、チョコレートのお届けに」
「いってらっしゃーい」
「すぐ戻ると思う」
「はーい」
藍たちは何かの話題で盛り上がっていたらしく、夕湖が去ってもすぐまたしゃべっていた。
畑中君たちの席は、3人掛けの席を向かい合わせにしており、男の子5人で座っていた。
見ただけで暑苦しい。
「チョコ届けに来たよー」
「あ、吉野さん」
すぐ反応してくれたのは西口君だ。大ちゃんもいて、あと2人も多少話したことのあるクラスメイトだった。
どうやら、ちょうどトランプで遊んでいたところだったようだ。
夕湖は、畑中君の隣の空いた席に座った。畑中君が戻ったときにはゲームの途中だったのだろう、彼の手にはトランプはなかった。
「はい、チョコレートいっぱい持って来てたんだよね」
「あ、ありがとう」
畑中君は、若干照れながらも、夕湖の手からいくつかのチョコレートを受け取った。大袋で持ってきたのは、たまたま家にあったからだ。
「いいなー。俺も欲しい」
「うん、いいよー」
大ちゃんが言ったので、結局その席にいた5人全員に少しずつチョコレートを分けた。すると、お返しにスナックの小袋やガムなどを受け取った。
「見て見て畑中君、わらしべ長者みたいになったー」
「ははは、これもあげるよ」
畑中君も、飴を取り出して渡してくれた。
「え、あげに来たのに貰ってたらおかしい気がする」
「カロリーはチョコレートの方が高いから」
夕湖の言葉に、畑中君は斜め上の答えを返してきた。どうしてもただ貰うのは納得いかないらしい。
「うぅ。じゃあ、せめてもうちょっとあげる」
仕方なく、夕湖は畑中君に追加でチョコレートを手渡した。強引に渡したので、当然彼の手に触れた。
「っ!……ありがとう」
空手をしているからなのか、男の子だからなのか、手のひらが夕湖よりもずっと硬いように感じた。
「どういたしまして」
少し頬がピンク色に染まったようだが、畑中君は大人しく受け取ってくれた。そして、夕湖は自分の席へと戻っていった。
1泊目の宿で無事に宿泊し、次の日はクラス行動だ。
クラスごとに何をするかを決めていたので、夕湖たちはテレビで少し有名な動物園に来た。他のクラスは、熊本城周辺やアクティビティ、体力勝負なのか阿蘇の登山など、それぞれに分かれて行った。
担任の先生が、ヘリコプターは高いからやめといた方がいい、と教えてくれた。ちょっと気になっていたのは秘密だ。
ここからは自由行動で、16時に門のあたりに集合だ。昼食も、自分たちで好きに買って食べる。そこは子どもではないので、それぞれに任される。
特に班も決められておらず、適当に友人と見て回る。とはいえ、元々農家宿泊で決まっていたグループはそれなりに仲の良い友人なので、結局夕湖たちは4人で回ることになった。
テレビで見たことのある動物たちを見たり、ふれあい体験でもふもふに癒されたり、ショーで笑ったりと、とても楽しく過ごした。
昼食は少し時間をずらしたので比較的空いているときにレストランを利用できた。
動物園を堪能して宿泊施設に戻ると、登山やアクティビティを選んでいたクラスの子たちがぐったりしていた。ちらっと聞けば、登山とはいえさすがに途中までしか行かなかったそうだが、先生がどんどん登ってしまって付いていくのがやっとだったらしい。夕湖たちは、動物園を選んでよかった、と心の中で合掌した。
3日目は朝から学年全員移動した。途中の施設で昼食を摂ってから、宿泊させてもらう農家さんたちと初対面だ。
夕湖たちを泊めてくれるのは、米農家さんの松本さんだ。夕湖たちの両親より少し年上に見えるご夫婦で、子どもたちはもう自立し、後継ぎの息子さん夫婦と農業を営んでいるという。同居は、息子さん夫婦ではなくご両親の方が拒否した形で、隣に家を建てたそうだ。
「だってねぇ。やっと子どもたちの世話が終わってのんびりできると思ったんだもの。どうせならあの子たちも、自分の城をちゃんと持った方がいいのよ」
奥さんはそう言って笑った。別の家ではあるが、隣は近すぎるという。随分あっさりした人だ。
家は、大きな日本家屋だった。出迎えてくれたのは、旦那さんとおばあちゃんだ。
さっそく、農業体験をさせてもらった。
とはいえ時期的にもうお米の収穫は終わっており、今は持っている畑のほうれん草が旬らしい。手紙で聞いていたので、持ってきた帽子を被って軍手を付け、歩いて15分ほどのところにある畑に出た。
午前中も収穫していたらしく、箱詰めにされたほうれん草がたくさんあった。
収穫用のハサミを借りて、一つずつ収穫する。外側の汚れた葉はちぎって捨てて、箱に詰めていく。そうやって働きながらも、夕湖たちと奥さん、おばあちゃんはぺちゃくちゃとおしゃべりに興じた。生まれも年齢も全然違うが、やはり女性はおしゃべりが好きなのだ。
収穫したものを、今度は6~8束ずつビニールでくるんで出荷用に整えていく。このあたりは機械を使うので、順番にさせてもらった。本当に出荷されるものを扱わせてもらったので、手伝ったのか邪魔したのか分からなかった。
夕飯は、奥さんとおばあちゃんが色々と作ってくれた。食卓の上に乗りきらないほどだ。お米も今年採れたばかりのものを出してくれた。息子さん夫婦は別の畑で作業していたようで、ここで初めて顔を合わせて夕食を一緒に食べた。2歳だというお孫さんが可愛らしくてとても癒された。
お風呂もいただいてのんびりしていると、今日は晴れているから星が良く見えると教えてくれた。
皆で外に出てみると、すごい星空が広がっていた。
夕湖たちの住んでいるところよりも明らかに光源が少ないのだろう、空がものすごく暗かった。だからか、星が驚くほどたくさん見えていた。
次の日も、朝から食べきれないほどのご飯をいただき、収穫を手伝った。お昼前には集合場所へ移動し、あっという間に農業体験は終わった。
午後からは、学年全員での牧場体験だ。
アイスを食べたりソーセージ作り体験をしたりと、これまた割と自由に過ごした。
記憶通り、畑中君は牧場のお土産屋さんで可愛いぬいぐるみを持ってきた。
「わ、かーわいい」
大きな手で持ち、その兎の頭をくい、くい、と左右に揺らすのがとても可愛らしかった。兎ももちろん可愛かったが、それをするのが大きな畑中君というのがたまらなかった。
へにょり、と思わず笑顔を向けると、畑中君も嬉しそうに目を細めていた。さんざん遊んだ後、兎のぬいぐるみは畑中君が買っていった。年の離れた妹がいるから、と。
妹さんの話は聞いて知っていたが、あれは自分用じゃないのかな、と夕湖は邪推した。
夕湖は、ぬいぐるみは買わなかった。
なんとなく、畑中君が持っていたぬいぐるみではないから欲しくならなかった。
その日の夜、夜行列車で熊本を出た。
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