第8話 始まりの夜
「咲ちゃん、アレ何⁉︎何が起きたの‼︎」
安心した途端、茉穂蕗は咲に抱きついて泣き出した。
「しっ!静かにしなきゃダメでしょ」
咲は慣れたように茉穂蕗を宥め、周囲を見渡した。
「男子は、甲士君、西郷君、守屋君、川添君、そして川上君。ね?」
見渡して確認した後、自分を中心に集まって居る女子を
「茉穂蕗、真由ちゃん、こしみや、もも、秋山さん、宮田さん、ゆゆち、私」
総勢13人。
皆静かに頷き、押し黙っている。
咲は春陽に目で問いかける。
春陽に答えは無い。
手掛かりは両親からのメッセージが関係有りそうだって事くらい。
「多分、巷で流行ってる新型ウイルスが関係しているんだ」
皆を集めて、小さな声で言ったのに、
「ウイルス⁉︎はぁ⁉︎」
川添が頓狂な声を上げて、一斉に皆に窘められた。
「新型ウイルス…川上君の両親が研究に関わってたよね…」
咲が、成程…と言うように頷いた。
皆が春陽に注目している。
顔が引きつりそうで、つつ…と背中に冷たい汗が流れた。
「ウイルスって、肺炎みたいなのじゃ無いの?」
「そうだよな?ネットニュースで流れてた」
「俺にも分からないけど…」
「分かってる事は?」
「噛まれたら、その人じゃなくなる。家族でも、友達でも。すぐ逃げる事。明るくなるまで隠れる事」
春陽の答えに、咲は頷いた。
「とにかく、明るくなるまで隠れていよう。携帯マナーモードにして。電池無くなったらヤバイから、最新情報チェックは交代で」
「家に電話しちゃダメ…?」
「私も…」
「…どうかな…もし、私たちみたいに隠れていたら、着信音で見つかるかも…」
咲が考えながら答えると、ひっと声を上がった。
「川上君は…?」
咲が言いたい事は分かった。
双子の弟妹の事だ。
「保育園」
そう答え、不安に駆られる。今すぐ駆け付けたい。お迎えの時間はとっくに過ぎてる。
だけど、電話も来ない。その理由を考えてゾッとした。
「アレは…人間…って事?」
不安そうに誰かが呟く。
「私たちも、ああなる…って事…?」
女子のひそひそ声が、小さな悲鳴に変わる。
「そうならない為に、隠れてるんでしょ!」
やはり小さな声で咲が嗜めた。
狭い空間が、しん…と静まった。
「とにかく、話は明るくなってから。今は静かにやり過ごそ。寝られる人は寝て」
咲の言葉に、女子はこくこく頷いた。
用具の隙間にそれぞれスペースを見つけ、それでも誰かに寄り添うように落ち着いた。
茉穂蕗は咲に持たれるように座り直し、
「明日、一緒に帰ろうね」
そう言って目を閉じた。
咲は小さく笑って見せて、それから表情を消した。
明日…外がどうなっているか…咲にだって分からない。
皆が落ち着く場所を定め、息を潜め、丸まったまま浅い眠りに落ちたりしながら、ただひたすら夜が明けるのを待っていた。
やがて空が白み始め、気がつくと、外から聞こえていた、ずりずりと這うような音は消えていた。
小さな窓から切り取られたような細い光が差し込み、それが春陽の手の甲に落ちた。
しばらく眺めた後春陽が顔を上げると、咲と目が合った。咲の腿を枕にした茉穂蕗は眠っていたが、2人はお互い眠れなかった。
春陽は外の様子を窺うジェスチャーをして立ち上がった。
咲は頷きながら、茉穂蕗の頭の下から脚を抜いてついて来た。
「夜は明けたみたいだけど、もう大丈夫かな…?」
「明るくなって来たから、大丈夫だと思う」
ドアの前で暫し戸惑った。
待って、とジェスチャーした咲は、運動部が地面を均すのに使う道具の枝を握りしめて、春陽に並んだ。
「頼もしいね」
と春陽が笑うと
うるさい。と膨れた。
こんな時に動揺したり悲観したりしない咲は、本当に頼もしい…と思った。
「今何時かな…」
「どうかな?ちょっと待って」
咲が、確認しようとスマホを探ると、
「5:30位」
そう答えたのは甲士だった。2人に続くように立って
「朝練でいつもこの位に家出るから」
バットを肩に担ぎそう付け加えた。
春陽と咲は頷き、身構えながら、ドアに手を掛けた。
空は高い。
鳥は見えない。
近くに餌は無いみたいだ。
達生は小屋から持って来た方位磁石を見つめ、ちょこちょこ動かして、同じ方しか針が差さないのを確認しながら、密かに感心していた。
…で、どっちに行けば良いんだっけ?頭が混乱してくる。
「コッチが北やから、西はソッチやな」
覗き込んで来たジンが、赤くなってる針を刺してから、遠くを指さした。遠くに森が見える。
達生はぽかんとした顔でそれを目で追った。
「ちょっと貸してみ」
そう言って磁石を掠め取ると、太いペンを引っ張り出して、口でキャップを取ってキュッキュと何か書き込んで、
「こんでええ」
そう言って達生の手のひらに返した。
「汚い字」
思わずそう言ってしまう乱雑な字で、四方に文字が書かれていた。
東西南北だった。
「なんて書いてあるの?」
勝が仲間に入りたくて覗き込んで来た。
「方角やで。ショウ君は知らんか。タッ君は…」
そう言いながらジンに見られて、達生はカッと赤くなった。
「読めるし!2年生なんだから!」
そう言ってフイと顔を背けた。
「2年生…⁉︎さよか…2年生か…」
ジンは呟きながら自分の2年生時代を思い出そうとしたが、それはあまりに遠い昔過ぎて明確には浮かんで来ない。…が、現在とは違い過ぎる子供時代とその世界の終わりが走馬灯のように浮かんで来て、思わず首を横に振った。
「2年生にしては大っきいよな」
そう言うと、
「クラスで2番目におっきかった」
ちょっと機嫌を治したように答えた。
「おっちゃんも、もうちょっと背ぇ有ったらなぁ」
そう言って笑ったが、ちょっと寂しそうに見えた。
勝は、磁石に興味津々で
「どうして?どうしてずっとあっち?」
と、言いながら動き回っている。
「ショウ君は?幾つ?」
ジンに聞かれ、磁石を掲げたまま顔だけ振り返り
「僕、もうすぐ6歳」
嬉しそうにそう答えた。
ジンの視線に、達生はカバンからノートを引っ張り出して見せた。
ノートの裏表紙がカレンダーになっていて、過ぎた日付に×が付けられている。
「昨日」
と言って、最後の×を指さした。
そのまま指をなぞらせ、丸が描かれた所で止まった。
「12/24!」
真剣な顔で達生が頷き、勝は
「うん」
と笑って答えた。
冬が来る。
暖かい暖房機具のない冬が。
黙ってジンは頷いた。
それから勝の頭をぐりぐり撫でて
「そん時はお祝いしよな。避難所の皆と」
そう言った。
それから、ノートをパラパラめくり、
「国語のノートやね。タッ君はどこまで習ってたんかおっちゃんに教えてや」
そう言った。
「ショウ君にも字、教えてやらんとな」
そう言ったが、達生は、きっと自分も含まれているんだ…と思った。
本当だったら学校で習っていただろう事。
大人が、教えてくれる…
何だか失った物を思い出して、達生はぽろぽろと泣いていた。
「タッ君って…学校の友達に呼ばれてた…」
あぁ…と思い当たって、ジンは達生の頭に手を置いた。
さっき拗ねたのは、字の事だけじゃ無かったんだな…
「おっちゃんが友達でもええ?」
そう聞くと、顔を隠したまま頷いた。
「タッ君は、世界一しっかりした2年生や。おっちゃんの友達の女の子によう似とる」
「女の子?」
「せやで。いっつも落ち着いてて、ちょっと偉そうで、皆を守る為に頑張っとった」
思い出して、ちょっと笑った。
「その人、今は…?」
「どやろね。どっかで誰か守っとるかもね。はぐれてもうたから分からへんねん。もう随分昔に。だから今度はタッ君守ってや」
「勝の後ならね」
達生はいつの間にか顔を上げ笑っていた。
勝も、磁石を持ったまま、笑っている兄を嬉しそうに見ていた。
「この先の森は夜危険だから、森の入り口を川の方に折れて進むんだ」
勝にだけ聞こえるように声がした。
昨日の子の声だ…
「川添いに何日か進むとボート小屋だった所が有るから、そこからボートに乗って進むと良い」
「待って。僕…」
勝は周囲を見渡した。
だけど、姿は見えない。
もう、声も聞こえない。
「ボート…」
僕が、お兄ちゃんたちをそこまで連れて行かなきゃ…
「もう、行く?」
勝が、2人の元に戻ると、
「せやね」
ジンが答え、達生も頷き、荷物をまとめて歩き出した。
行く先には、暗い森が見えていた。
ゾンビにもなれない 月島 @bloom
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