転生の世界

ノザ鬼

第1話

「ご臨終です。」

 ベットに横たっている私に、聞こえて来た最後の言葉。

(これから、僕はどうなるんだろう。)

 応える者は無い…。

(はぁ…。)


 気が付いた。自分を見下ろしている事に。

(これが、俗に言う。幽体の離脱か…。)

 自分の体(ベットの方)を確認すると自分の体(霊体の方)へ伸びている紐の様なものが細くなっていく。

(これが、肉体と霊体を繋いている奴だな。)

 もう切れそうだ。

(これ、切れたら僕は死ぬんだ…。)

 目を瞑り、その時に備える。



(それにしても、私の人生呆気なかったな…。)


 脳内回想シーンに入る。




 思い出したのは小さい頃。


 そうそう、小さい頃の思い出と言えば、クラスのヒーロー。


 ヒーローにも序列があったはず…


 確か…


 ①運動が出来る。

 ②面白い事をする。

 ③勉強が出来る。

 以下続く。


 だったが、僕はクラスのヒーローとしては失格、予備軍にさえ入れなかった。

 要するに目立たない存在。


 なので、同じ趣味を持っていた数人と集まっていた。

 アニメ、漫画、特撮…、空想の世界の住人。


 でも、年を重ねる毎に一人減り、二人減り…、最後は私一人…には、ならなかった!

 ネットの世界では、簡単に友達が作れたから。


 あっ、何でヒーローの話をしたかって?

 それは、空想世界の住人としてヒーローに憧れていたから…。

 僕もヒーローになりたいって。


 まあ、なれなかったけどね。



 ヒーローになれないまま、大人になって、社会人では、給料で好きな物が買える様になった。


 いつしか忘れたヒーローへの憧れ。



 そして、訪れた運命の日。


 ネットの仲間も集まるアニメのイベント。


 お目当てのグッズを買いに行った帰り道。

 嬉しくて、早く帰って中身を見たかった。そんな事に気が行っていた。

 下りのエスカレータの一歩目。見事に踏み外した。

 エスカレータに人が居なかったのは幸いだった。他の人を巻き込まなくて良かった。

 僕は、体型も手伝って一気に下まで転がり落ちた。


 後は、救急車で病院へ。



 浮遊感が上昇してきる感覚に変わった。

(いよいよか。)


 建物を突き抜け、どんどん雲が近付いて来る。


 雲を抜けると、眩しい光に向かって吸い込まれる様に速度が増していく。

(あれを潜ったら天国かな?)


 僕は光に融けた。




 揺すられる感覚。

「す、すみません!」

 謝りながら、飛び起きる。

「直に、終わらせますから。」

 書類が無い!? それどころかデスクが無い!

 やっと気が付いた、

「ここは? 会社じゃない…。」

と。


「気が付いたか。」

 声の方を向くと、異国ではなく異世界風の服を着た老人が側にいた。

 老人を見た瞬間に全てを理解した。

(こ、これは! 転生だ!)

 自然に頬が緩む。何故って? それは僕でもヒーローになれるチャンスが来た! って、思ったから。


「その顔。全てを悟ったそうじゃな。」

「はい。僕は転生したのですね!」

「そうじゃ。お前は転生したのじゃ。」

 僕は、この老人の手を取り踊り出したい気持ちになったが、ぐっと堪えた。


「一つ、言っておかねばならぬ事がある。」

「なんでしょう?」

「お前の能力についてじゃ。」

「能力!?」

 やはり、転生者は凄い能力を持つのか。何だろ楽しみだ。

「お前は、この世界においてチートとも呼べる壮絶な能力を持っている。」

「そ、そうなんですね!」

 嬉しくて、踊り出すのを抑えるのが難しくなってきた。


 少し間を取り、

「この世界も森羅万象、男と女、表と裏…、全ては表裏一体。」

「はぁ…。」

 話の意図が掴めず戸惑った。


 僕の戸惑いを悟ったのか、

「そうじゃな。具体的な方が解りやすいかの。」

 ポケットからコインを取り出し、右の掌の上に乗せ、

「ワシが持っているのは、物体を超加速させるチート能力じゃ。」

「あ、貴方も転生!?」

「そうじゃが、今はその話はおいておけ。」

「は、はぃ…。」

「見ておれ…。」

 コインをじーっと見詰める僕。


 しばらくして、

「ほれ、この通りじゃ…。」

と…。

「能力の話は嘘ですか?」

「いいや、確かにワシには超加速のチート能力がある。」

「…。」

「じゃが、コインは超加速しなかった。」

「はぃ…。」

「何故じゃと思う。」

 いきなりの質問。


 考え中。


「マナが足りないとかですか?」

「いや、マナは十分じゃ。」

 考えが外れた。

「では、僕の思考の範疇(はんちゅう)を超えていると思います。」

 老人は関心したように、

「良い答えじゃ。」

と、笑顔になった。



「先程、話した表裏一体。」

 固唾を飲んで聞く。

「つまり、ワシの持つ超加速のチート能力に対して、超減速のチート能力を持つ者が、この世界の何処かにおる。」

「反対の能力ですか?」

「そうじゃ。つまり、この世界はチート能力がインフレし、飽和状態となっておるのじゃ。」

「インフレの飽和状態!?」

 超驚いた。

「そして、対になるチート能力は、互いを打ち消しあっておる。」

「打ち消し!?」

 老人は頷く。

「では、この世界は…。」

 何かの答えにたどり着いた。次の老人の言葉で否定される事を願った。

「そうじゃ。この世界の住人全てが[転生者]なのじゃ!」


 たった今、頭の中に描いたヒーローの姿が色褪せ、真っ白になっていく。

「コレからお前は、この世界でチート能力を使えない[只の転生者]として生きていくのじゃ。」

 ついに、真っ白になったヒーローの姿。同じく頭の中も真っ白になった。


「安心せい。この世界は平和そのもの。戦争もなければ、危険な魔獣もおらん。」

 さらに続ける老人の話は、右から左へと僕の耳を抜けた。




 翌日から始まった生活は、平穏で日々の暮らしは退屈そのもの…。


 それが、死ぬ迄続いた。




 運命は、また僕をヒーローにしなかった。








…end。



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転生の世界 ノザ鬼 @nozakey

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