目と口がくっついた男の苦悩取材

ちびまるフォイ

いつも目に入るもの、口に入るもの

カメラを向けると男は慣れてないのか恥ずかしそうにしていた。


「カメラ、鳴れませんか?」


「ええ、普段はこんな風に取材されるのも慣れていなくて。

 インタビューというだけでも緊張するのに、あはは……」


「ここは私しかいないんですから、

 友達と話すような感覚でカメラを意識せずに自然体で

 取材に答えていただければ大丈夫ですよ」


「よ、よろしくお願いします」

「では、はじめますね」


女のジャーナリストはボイスレコーダーのスイッチを入れ、

セットしていたビデオカメラで録画を始めた。


安食あじきさん、あなたが俗に言う"写真食"に目覚めたのはいつですか?」


「えっと、正確な日は覚えて居なけれど、10年前くらいからかと。

 最初はよくわからなかったので疲れているのかと思いました」


「病院には?」


「あ、行きました。そこで症状を知ったって感じですね。

 『視覚味覚統合病』なんて、ネットで調べても出ませんから」


「安食さんの体質をまだ知らない人のためにも確認しますが、

 どういった病気なんですか?」


「簡単にいうと、目で見たもので味がわかるんです」


男はお尻のポケットからスマホを出して、レシピのサイトを開く。

美味しそうな画像が画面いっぱいに広がる。


「普通の人はおいしそう、で止まると思うんですが

 僕の場合は見ただけで本当に食べたように味がわかるんです。

 それが、初めて知るような異国の食べ物だとしても味がわかります」


「それはすごいですね。料理人とかに向いているのでは?

 他の店のメニューを見るだけで、手法を盗めるかもしれません」


「いやいやいや! そんなに立派なものじゃありません。

 味がわかるといっても、舌の精度はごくごく一般人と同じです。

 ソムリエみたいなプロの人の舌にはとうていおよびません」


「そうなんですねぇ」


記者の女はメモを走らせる。

この記事をより密度の濃いものに仕上げることで、

独占スクープとして発表することができる。


「その体質になってよかったことは?」


「いろんな食文化を知ることができるようになったことですね」


「というと?」


「今までは海外に行かないと味わえないような現地の食べ物から

 高級料理店でしか食べられないもの、テレビに出た創作料理。

 それらすべて、見るだけでこっちまで味わえますからね」


「それはいいですねぇ。

 私もテレビで美味しそうな食べ物が映ると、食べたくなります」


「それをわざわざ買いに走らなくてもいいのが、すごく便利です」



「ちなみに、その体質になって損したことや、悪かったことは?」


「うーーん……。食事ですかね」


「え?」


「僕の体質で、見たものの味がわかるというのもあるんですが

 逆に食べ物を食べると、視覚に影響するんですよ」


「そんなことあるんですか!?」


「たとえば、緑の野菜を食べ過ぎると視界が緑になったり

 しょっぱいものを食べると、視界がぼやけたりするんです」


「それはちょっと……不便ですね」


「ええ、友達との飲み会や食事はほぼ無理ですね。

 食事をするのも、視覚への影響を気にしてしまって、

 食事そのものを楽しめなくなってしまいました」


記者はペンを走らせる。

より、相手の深い光と闇の部分を引き出すのがジャーナリスト。


「ちょっと暗くなってしまいましたね、話を変えましょうか。

 なにか好きな食べ物はありますか?」


「うーーん、逆に難しい質問ですね」


男は腕組みをして悩んだ。

そして顔を上げると、記者を見てはっきり答えた。


「好きな食べ物は、目にしてるものですね」


「どういうことですか?」


「実は、いろんな食文化を楽しんでいるうちに

 なにを食べても飽きが来てしまうというか、

 満たされない気持ちになることが増えたんです」


「そうなんですね……」


「で、どうしてこんな気持ちになるのかと自分なりに考えたんです。

 わかったのは"いろんなものを食べよう"とするあまり、

 "自分の食べたいもの"を置き去りにしていたから、食事疲れになったのだと」


「ふむふむ、興味深いです」


「先ほど、記者さんもおっしゃったように、

 ふと目にしたものが食べたくなるときがあると思います。

 カレーのにおいがしたら、カレーが食べたくなるように」


「あぁーー、そうですね。

 ケーキ屋さんの横を横切ると甘いもの食べたくなります」


「僕もそこは同じです。毎日目にするものを、食べたくなる。

 最初は食べられなかったんですが、目で見て味わって、

 ちゃんと舌でもそれを食べることで、目と舌で満足感を得られるようになったんです」


「なるほど、毎日目にしているものが

 一番食べたくなる好きなものになるんですね」


たくさんの食を経験したからこそ至る境地。

真剣なまなざしを受けて、記者はさらに質問をはじめた。


「それじゃ、今の段階で一番食べたいものは?」


「それは――」


ピピピピッ。


男の答えをアラームがさえぎった。


「あ、すみません。最初に設定していた取材時間が来てしまいました」


「そうですか、残念です。でも取材は楽しかったです。

 こうして自分のことを誰かに話すのっていいものですね」


「この記事はきっと大スクープになりますよ。

 なにせ、まだどこも記事にしていませんから」


「よければ、この後に食事をしませんか?

 最後のところ途中でしたし、もっと濃い話もしたいので」


「ええ、ぜひ!!」


記者は嬉しそうにレコーダーを持って、男の案内に従った。


男は自慢の腕を振るって新鮮な食材で最高の料理をこしらえた。

目と舌を満足させる一品が出来上がり、身も心も満たされた。


「ああ、やっぱり食べたいものを、食べるのが一番だ」





その後、男のインタビューが記事になることはなかった。


記事になったのは行方不明になった女記者の行方を探すものだけだった。

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