第22話 杉山栄志7

 「俺にはそんな趣味ねぇんだよ、ホモ野郎が」


「心配するな、そんなのは俺が開発してやるよ」


 依知川が杉山の萎えた股間に腰をくねらせながら色っぽく口許を緩ませた。地引がニヤニヤと興奮しながらその行く末を見つめている。


 背後のチンピラに両腕を抑え込まれたまま依知川が無理やり杉山の口内に舌を這いずり回した。拒否するように強く口を閉ざすとそれを遮るような激痛が走る。


「……っ!!んぐぐぅぅうっぅぅ」


 杉山が思わず叫ぶ。みると上唇が千切れて大量の血が垂れている。依知川がぺろりと血のついた唇を色っぽく舐めた。


「ははは、おいおい!うっかり一人だけ天国に行くなよ」


 そのまま杉山の上着を剥ぎ取る。するとスーツの内ポケットからチャリっと金属音がした。それに違和感を感じた依知川がポケットを漁ると、中からは先ほど鬼束に渡したはずの【9】番の緑札がついた鍵が出てきた。


「っ!?なんだこれ、おい!どういう事だ」


 口周りに血をにじませた杉山が笑っている。


「ああ、すまん……どうやら渡す鍵を間違えちまったみたいだ」


「杉山ぁ、お前」


 形相が変わった依知川がワイシャツを掴む。


「安心しろ、その運び屋は俺がやる」


「なんだと?」


「使い捨ては俺がやる、それでいいだろ?」


「…………お前、始めからそのつもりだったな」


「どうかな」

 

 杉山が笑いながらふらつく手でワイシャツのボタンを留め直し、口の中に溜まった血を吐き捨てた。


「時間がないんだろ?どうする?俺なら今からでも間に合うぞ」


********

 その頃、鬼束とレンは新宿にいた。


自分たちを逃した杉山がこのあとどんな目に合うのか、鬼束は分かっていた。もう杉山には会えない、そう感じていた。


「なぁ、親父は……大丈夫だよな?」


「……」


 とりあえず、言われた通りに運びの仕事を終わらせる。鬼束は言われた通りに新宿の西改札口から出て左に曲がった通路側のコインロッカーへ急いだ。帰宅ラッシュが続く時間帯に、雨が本降りになっている。通行人は傘を指し視界は埋まり、大人が焦るように走っても誰も何も気にしなかった。


 運びをする側からすると好都合だ。


仕方なくレンも鬼束の勢いに続いた。【13】番のロッカーに鍵を差し込むとそこには真っ黒なボストンバックが入っていた。

 

 鬼束が違和感を感じる。


「どうしたんだよ、早く行かないとまずいんだろ?」


 中身は知らされてないにしろ、片岡組が噛んでいる仕事だ。相当ヤバイブツに違いない。にも関わらず鍵も付いてないこんなチャックのボストンバックっておかしくないか?


 鬼束がボストンバックの中身を開ける―———。


中にはマチ付きの茶色の紙袋とメモが入っている。次の指示か?


それを見ると、鬼束が大きくため息をついた。


 その様子を心配そうにレンが見つめる。


「おい、どうしたんだよ?早く―———」


「あのクソ親父……やりやがったな」



 そのメモは間違いなく杉山の字だった。



『退職金だ。好きに使え、次こそは堅気カタギの仕事をしろ』



 茶色い紙袋には五百万の札束が入っていた。


 それは杉山が自分の息子に準備した買い取り費用と同じ額だった。


さらにバックの奥には杉山がいつも使っている黒い二つ折り革財布が無造作に入っていた。財布の中身を確認すると、鬼束はまたため息を付いてそのままレンに渡した。


「ははっ……あんなクソ親父なら………………………………………………………俺も欲しかったな……」


 二つ折りの財布には、杉山家の若かりし頃の家族写真が挟まっていた。

 レンはまだ幼く、杉山に抱っこされており、レンを挟むように妻が幸せそうに笑っていた。


 レンはその場に蹲って、しばらく声を出さずに泣いた。



「これ、飲むか?」

「あぁ、ありがと」


 コンビニから運転席に戻ると鬼束は缶のコーラをレンに渡した。助手席ではレンが窓を開け、明るくなりかけている空を見上げる。後部座席には最低限の荷物を持ってとりあえず街から離れようと車を走らせていた。


「今ごろ、あの会社には警察が入ってるのかな?」


 互いにプシュっとコーラを開ける音が鳴ると、レンが呟いた。


「たぶんな。サイトをサーバー攻撃して情報漏らしといたの、俺だし」


「え、マジで!?」


「あんたと接触した後にサイトに不正アクセスしてレンタルチルドレンの一部顧客情報を警察に流しておいたんだよ。利用者が捕まれば足もつきやすいし、なるべく早めに警察に動いてもらいたかったからちょっと危ないストーカーの客も煽って事を荒立てて正解だったな。SNSにも拡散したから明日にはワイドショーのネタにでもなってるんじゃねぇの?」


 ドヤ顔で自慢した鬼束に感心しながらもレンは一呼吸おいて聞きづらそうに言った。


「親父には……もう、会えないんだろ?」

 

「……」


 しらけた鬼束は黙ってコーラを飲んだ。


「これはトラウマなんだけど、それなりにタイミングの悪い人生送っているからさ。僕が失恋すると、親は死ぬ気がしてならないんだよね」


「はぁ?なんだよそれ?」


「悪いことは続くタイプなんだ」


「よくわかんねぇけど、杉山さんは死んでねぇよ」


「え?」


「警察にパクられたんだよ、自分から」


「え?は?どういう事?」


「多分、俺たちの代わりに運び屋の仕事をやって、実際のコインロッカー前で警察に逮捕されてんの」


 鬼束は、車の中で「レンタルサイトの情報警察に流してない」と言っていた杉山を思い出していた。恐らくコインロッカーの場所を警察に流し、運びをする自分を現行犯として逮捕してくれと頼んでいたんだろう。


物の中身や依頼人は知らないとシラを切れば、よくある一般人の言い訳にできる。まぁ片岡組が関与していると知ったところでどこまで尻尾が掴めるかは分からないが……。


「なんでそんなのわかるんだよ」


「あのオッサンのスマホにはGPS付けてるんでね」


 鬼束は最後の信号場所を点滅している画面をレンに見せた。点滅は警察署になっている。安堵したようにレンは小さくため息をついた。

 鬼束はポケットから小さなクリップを取り出し、スマホに内蔵されているSIMカードを器用に取り出し、折り曲げてコーラの中に入れた。


「なぁ、あんたこれからどうすんだよ」

 

 コーラを飲み干すと鬼束は言った。


「別に。家にも帰れないしなんも決めてないよ」


「ふーん。なら俺と一緒に会社つくらねぇか?」


「はぁ?」


「資本金はこの五百万。社員はとりあえず俺とあんたの二人。始めはアプリかなんかで一発当てて、五年で年商五千万まで持っていかねぇか?」


「はぁ?五年で五千万?」


「あんたの親父、務所むしょ上がりで再就職するには難しい年齢だと思うぜ?」


 ゲフッとゲップをしながらレンを見た。レンが意味を理解出来ずに目を丸める。


「今度は俺らがあの親父を雇ってやろうぜ」


 鬼束が自信満々でそう言うと、レンが笑った。どうやら本気らしい。


「堅気の仕事って奴で?」


「トーゼンだろ」


「それなら僕が社長だな、君はガラが悪すぎる」


「はぁ?ふざけんなよ!絶対俺が社長だ!」


「そういう役だと思えばいいんだよ、表向きは」


 納得出来ずに鬼束は舌打ちをした。


のちに警察があのレンタル会社に潜入したときにはすでに依知川たちの姿はなく、商品となっていた未成年や一般人が保護または逮捕された。そして顧客リストとなる個人情報データは一切見つからなかった。

 恐らく近いうちにまた似たような商売が始まるのだろう。


「それで?これから、どこに向かうの?」


「そうだな……とりあえず、床屋にでも行くか」


 降り続いた雨がいつの間にか止み、雨に洗われた街が朝日に照らされ輝いている。

 

レンもコーラを飲み干すと二人を乗せた車が走り出した。

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