第21話 杉山栄志6

息子せがれとは、誰のことかな?」


 依知川は杉山の胸元から煙草を一本引き抜くと再び自分のデスクに戻りそのままタバコに火を付けた。


「シラ切るんじゃねぇよ。五年前、俺の警察時代で最後の仕事になったあの一斉取締り捜査、お前のシマだろうが。その時に肥やしにしていた未成年のガキ共を追いかけ回して、また似たような商売させているんだろ?」


「ああ、もしかしてレンのこと?追いかけ回すって、彼はでこの会社で働いているそれこそ従業員だぞ」


「民間人を騙して、売春やらせてんじゃねぇかよ」


 杉山が依知川を睨んだ。


「おいおいウリなんてやらせてないよ!演技してくれって言ってるだけさ、この会社は劇団なんだから当然だろ?キスもハグもセックスもすべて演技だ。レンにとっても居心地のいい職場のはずだよ。俺たちはからね」


 依知川がタバコを咥えながら厭らしく笑った。


「ホモ野郎が!気色の悪いこと言ってんじゃんねぇ」


 杉山の顔が引き攣った。依知川も地引も当初からレンが杉山の息子であることを知っていた。知った上で杉山に仕事を頼んでいる。杉山がヤクザからの依頼を断れない最大の理由が息子であるレンだった。


「なぁお父さん、ゲイは孤独なんだよ?普通になりたくてもなれない。悪い事をしていないのに男に勃つってだけで社会から除け者にされる。その悲しみを分かち合えるのは同じ孤独を背負ったゲイ俺たちだけだ」


「勝手な事ほざいんてんじゃねぇ」


「勝手はどっちだよ。お父さんは、自分の息子がゲイだと知ってどうした?慰めてやったか?認めてやったか?男と愛し合っただけの息子をなんて罵った?きっとこうだ、「気持ちの悪いホモ野郎!」そうだろ?俺はそういう心に傷を負った奴らがほっとけないんだ」


 杉山が舌打ちをしながらタバコを押し消した。


「劇団だの、託児所だの誤魔化して売春や人身売買に手を出させてんだろうが!!ヤクザの商売は勝手にやっとけ、だがこれ以上俺の息子を巻き込むのはやめろ!!」


「巻き込む?俺はレンにヤクザのさかずきなんて古臭いことやらせてねえよ。そんなに言うなら、俺じゃなくて息子本人を説得して来い」


 杉山の顔がピクリと引き攣った。何よりも厄介なのは、当のバカ息子がヤクザに利用されていると気づいていないことだった。緩んだ口許を抑えきれないのか依知川が続ける。


「お前の会社の社長は気色の悪いホモ野郎で、そのうえ片岡組幹部のヤクザ。裏ではヤクの密輸から児童買春までこなすクソ変態野郎ですって教えてやれよ」


 黙ったままの杉山の顔に依知川が煙草の煙を吹きかけると得意げに囁いた。


「自分を否定し続けた親とそれを受け入れたゲイと、あいつは一体どっちを信用すると思う?」


 ここ五年会っていない息子、まともに会話すらしてこなかった家族。杉山にはもちろん自信なんてなかった。


「杉山ぁ。こういうのはな、じゃない、が問題なんだよ」


 依知川のタバコを吐く吐息だけが漏れた。


依知川という男がこの若さで片岡組の先頭を突っ走るだけの事はある。このレンタル業者に警察が介入しても結局捕まるのは民間人と雑魚連中だけだ。会社の代表名義も別人だろう。


雑魚は数年の務所暮らしを経て結局組に復帰するイタチごっこ―———。

突然現れた父親にお前の会社はヤクザのシマだなんて言われて納得するはずもない。蓮志はもう成人しているから次は何らかしらの犯罪歴が付く。


結局、民間人が一番損をしてヤクザはリスクヘッジされていくのが依知川のやり方だ。


杉山がなんとか先を読もうと頭を動かしているがその表情は曇っている。



「それなら俺からレンに調査報告入れておいたんで問題ないっすよ」


 勢いよく社長室のドアが開かれた。一斉に三人が見る。

 そこから鬼束桔平が入ってきた。


「桔平、なんで?」


「あんたがなかなか降りてこねぇから、コインロッカーの鍵を取りに来たんだよ。そしたら従業員の人が社長室に案内してくれたんだ、なぁ!……レン」


 次に部屋に入ってきたのは、レンだった。


「……蓮志れんじ……」

「……親父……」


 レンはそのまま依知川を見た。蒼白した顔は今にも泣き出しそうなほど悲しみで溢れていた。


「どういうことですか……………………アキラさん」


「レン……お前は本っ当にだなぁ」


 依知川はタバコを吸い込むと幻滅したようにため息をついた。その冷徹な顔はあのバーで出会ったアキラではなく、間違いなく片岡組幹部・依知川晃いちかわあきらの顔つきだった。


「レンが恋人だと思っている依知川晃いちかわあきらは気色の悪いホモ野郎で片岡組幹部のヤクザ。裏ではヤクの密輸から児童買春までこなすクソ変態野郎ですってことは俺が調だ」


 鬼束が次いで地引を睨んだ。


「あら、桔平ちゃん……会いたかったわ」


 地引が細い目をさらに細めて鬼束を睨む。


「お前、いつの間に蓮志と?」


「ホモ野郎にストーカーされてるから何とかしてくれって個人的に依頼してたんだよ」


 桔平は事務所に仕掛けられていた盗聴器を投げ捨てた。



コンコンとドアのノックする音が聞こえる。

「次はなんだよ?会議中だぞ」

 興奮する地引の野太い声は完全に男に戻っていた。


「店長すみません。ちょっとトラブってて、あのレンタルの客かなんかがウチのスタッフをストーカー規制法で警察に通報したとか言ってるんです」


「ストーカー?なんだそれ無視しとけよ」


 桔平がニヤリと笑った。脳裏に小玉幸彦が浮かんだ。


「サイトがなんでか客が好き勝手やり始めて、退会させた女も児童相談所と警察に通報したとかほざいてて……」


 杉山がソファから立ち上がると紙袋をひっくり返した。束になった札が合計テーブルの上で五個転がった。


「今までのレンタル料だ。これで息子から手を引いてもらいたい」


「……親父」


 このトラブルを逃す手はない。杉山は取引をたたみ掛けた。


「いよいよ潮時だな、早いと今日にでも警察が見回りにくるぞ?この金を持って事務所を撤退したほうが利口じゃないか?」


 杉山がそう言うと、イライラし始めた地引が杉山に近寄り胸ぐらを引っ張った。


「杉山ぁ、てめぇ勝手にウチの商品持ってくんじゃねぇよ、あぁ?」


 低い声で地引がそう言うといつもの気味の悪い笑みは消え、細い目が開いていた。さらに杉山の腕を掴もうとすると杉山はそれを振り払い右カウンターから思いっきり地引の顔面をぶん殴った。痩せている地引はそのままテーブルをひっくり返した状態で床に叩きつけられた。咄嗟のことで鬼束とレンは驚いて後ろへ下がる。札束が宙を舞う。


「こいつは俺の息子だ。てめぇらにくれてやった覚えはねぇんだよ」


「っのやろ……」


 ポケットからバタフライナイフを取り出すと、地引は片手でくるくると回し刃を向けた。下っ端のチンピラもここぞとばかりに戦闘態勢に入っている。


「やめろ地引!」


 それを制止したのは依知川だった。


「ここで騒ぎを起こしている暇はない、まずは運びの仕事が最優先だ。時間に遅れると報酬がパアな上にこっちの信用問題にもなる。運びが済んだらレンと桔平を使うのはこれが最後だ」


 頭に血が昇った地引をよそに至って冷静な依知川。杉山のタイミングは当たった。


「本当だろうな」


「その金を受け取ってやる。本当だ、時間に遅れるな」


 振り返り、杉山が鬼束に近寄る。緊迫する空間にすでに血走っている地引と背後のチンピラ。鬼束は僅かなサインも見逃すまいと真剣に杉山の顔を見た。


「桔平、これが最後の仕事だ。ここをすぐに出て向かえ!場所はさっき伝えた通りだ。二度は言わねぇぞ」

 

 そう言うと、鬼束は頷き、杉山は内ポケットから緑色の札の付いたコインロッカーの鍵を渡した。


「……親父……」


 レンが杉山に駆け寄った。杉山は自分より身長の高いレンの頭に手を乗せた。


「今日でお前はこの会社クビだとよ。まずはそのだらしない格好なんとかしろ。髪でも切って次はまともな仕事に就けよ」


 蓮志にとって杉山はいつもこうだった、顔を見れば説教ばかりの父親。初めて茶髪にしたときもピアスを空けたときも杉山はそれを叱りつけた。レンは一度たりとも言うことを聞かなかった。そして謝らなかった。学校をサボったときも、風俗店で捕まったときも、そのせいで父親が警察を辞めたときも。ただの一度も謝ったことはなかった。


「親父、っ……」


 ごつごつした手は温かかった、久々に見た親父の顔は皺が増えて、目尻が下がって、老け込んで、そんでもって昔よりも優しく微笑んでいた。


「……今まで悪かったな。このまま桔平について行け、結構いい男だぞ」


 二人が事務所から出て、静かになった社長室。杉山が振り返ると地引のカウンターが杉山の溝落ちにヒットした。


「……っぐ」


 内臓からこみ上げる衝撃に思わず嘔吐しそうになるのを必死でこらえると、くの字になった体制で続けざまに上から後頭部を殴られ、派手にその場に倒された。倒された衝撃でテーブルに額もぶつけた。


「杉山ちゃ〜ん、ずいぶん好き勝手やってくれるじゃない?」


 興奮した地引が杉山を見下ろす。ゲホゲホと咳き込む杉山の腹に地引の三角に尖った革靴でさらにケリが入る。


「杉山さん、五百万くらいじゃ、延滞料が足りてないよ」


 倒れ込む杉山に上から依知川がタバコの灰を落とす。


「今回の運び屋で桔平はもう使えない。レンも色んな意味で需要があったのに残念だよ」


「おい……っ、どういうことだっ」


 依知川を睨みつけると今度はチンピラに横っ腹を踏みつけられ、口から胃液を吐き出した。


「俺にこんな傷を作ったんだ、仕方ないだろ?へらへらしながら杉山さんの所で探偵ごっこされていたら下の連中に示しがつかない。約束通り桔平を使うのはだ」


 嘘は言ってないといいたげに依知川は優しく微笑んだ。


「さて、お父さんに息子の延滞料は何で払ってもらうかな?」


 チンピラの方に無理やり身体を起こされると、勢いのままソファに座らされおまけに顔面に強烈なパンチをもらった。杉山が小さく唸ったが依知川はそれを無視して杉山の上に跨った。冷徹に笑いながら杉山のワイシャツボタンを外していく、元警察官の厚い胸板にスルスルと依知川の手が滑り込んでいく。パンチで脳内がふらつく。


「ノーマル男の需要は十分あるけど、やっぱり内臓を売り飛ばす方法が手っ取り早いかな。取引先のアジアではこれがよく売れるんだ」


 そう言って杉山の乳首を指先で転がす。耳朶を甘噛しながら依知川が我慢できなそうに囁いた。


「バラバラになる前に、俺と地引で3Pでもするか?」


 聞こえた地引の顔が興味深そうにニヤついた。

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