第19話 小玉幸彦4

 どういう事だ…ストーカーが二人になった


 金髪男の追跡は容易ではなかったが追えないわけではなかった。日中は仕事もあるし、一日中弥生の自宅の前で待機をしているわけにもいかない。ただ弥生の家の前で待っていれば大抵決まった時間に男は現れた。


まさか金髪男があの長髪の男と接点があったなんて。


「なぁ、真人くん、次に弥生とのレンタルはいつになった?」


 足繁くスナックローズに通い、子供との距離が少しづつ縮んでいった。お茶漬けを差し出す必要も今はない。

レンタルが入っている日が分かれば、その度に監視していた。


 すると近くのスーパーに向かう二人の前にあの金髪の男が現れたのだ。

白昼堂々と弥生を監視している。スーパーの出入り口でわざとらしく弥生にぶつかると男はいやらしい目つきで弥生を見ている。俺にはわかる。弥生を守るためにも小玉はそのままスーパーから出る男の後を追った。


「画像の準備は出来ています。……では明日の昼十二時に大手町の○○ビルの二階にあるパレットというカフェで待ってます」


 スーパーから出た男はすぐにスマホでどこかへ連絡を取っている様子だった。

明日の十二時――、場所は偶然にも会社から近いビルだったため外回りを理由に小玉は男を見張った。


 男は商業ビルに入っているカフェでパソコンを広げ始めた。顔は知られていない。小玉は男の背後に座り、適当にランチセットを頼んだが金髪男の背後に座るだけで脂汗が吹き出し、動悸が増し食欲も湧かなかった。視界に見えるパソコンの画面はメールのやり取りらしかった。


そして十二時きっかり。そこに現れたのが間違いない、杉山探偵事務所で見せられたあの長髪の男だったのだ。


 外は雨が降り、平日でも店内は賑やかだった。そのため席が真後ろだがほとんど会話は聞こえてこない。金髪と長髪の若い男二人は互いにパソコンを開き何やら打ち合わせをしているようだった。


長髪男は清潔感のあるラフな格好で時おり笑顔を見せながら話していた。最近では男性でもスーツを着ない会社が増えている。働き方改革などと称してフレックスタイムでコーヒーを片手にカフェで仕事。そんな光景にしか見えない。


 セットメニューのアイスコーヒーを啜りながら昨晩の徹夜で疲れた目を擦ると視界に入った金髪男のパソコン画面に釘付けになった。パソコンのフォルダを開くと同時に大量の弥生の写真が出てきたのだ。ついでにレンタルされているあの子供の写真も並び、昨日のあのスーパーで二人並んでいる姿さえあったのだ。


さらに金髪男はスマホを操作し、写真画像を長髪男に確認させていた。


俺の弥生が、俺だけの弥生が、若い二人の男に狙われている。


握る手の平は汗でびっしょりと濡れていた。ランチで頼んだ手付かずのナポリタンはすっかり冷めきっている。

男二人は早々に話を切り上げ、出口に向かう。


やたらと喉が乾く、小玉はアイスコーヒーを音を立てて飲み干した。



「あれぇ、小玉さんじゃないですか?」


 後ろから声を掛けられると思わずコーヒーを吹き出し大声を上げそうになってしまった。


金髪の若い男が自分に話しかけているのだ。


ただただ目を丸くして紙ナプキンで口を覆う小玉をよそに金髪男は愛想よく笑うとそのまま小玉のテーブルに腰を掛けた。


「どうも大変お世話になってます。僕は杉山探偵事務所に働いてる鬼束と言います」


金髪男はそういうとサイフから角の折れた名刺を取り出した。明らかに渡し慣れていない様だったが小玉は職業柄丁寧に両手でそれを受け取る。


「ああ、あの探偵事務所の、お、お世話になってます」


 脇の下にじっとりと汗が吹き出るのがわかる。目を合わせることが出来ずによれた名刺に視線を落とすと鬼束は椅子から前のめりで小玉に近寄った。


 杉山もごつい威圧感のある男だったが、見た目も相まってこの若者も嫌な緊張感があった。今にもオヤジ狩りをされそうなそんな危なっかしい雰囲気に小玉の身体が硬直する。


「実は今ちょうど、例の長髪男に客として接触しているところでした」


 鬼束は声のトーンを落として話し始めた。


「客?あの……じゃぁ、やっぱり今の男は」


「杉山はまだ判断しかねていますが、僕の調べではあれは間違いなくストーカーでしょうね」


「え、それは本当ですか」


「現場担当としてここ数日、彼と被害女性を調べていましたが間違いありません」


 この鬼束という男が現場調査をしているスタッフだということが小玉の中ですべて合致した。弥生の近くをうろついていたのは、ストーカー行為ではなく調査のためだったのだ。

硬直した身体がみるみる解かれ、客であることを思い出した小玉が徐々に勢いに乗った。


「じゃ、じゃぁ一刻も早く警察に通報をしてくれよ!」


「いや〜僕たちはあくまで依頼主であるあなたに情報を提供するまでが仕事ですから。そこから先は依頼者である小玉さんがご自由にどうぞ」


 鬼束は傷んだ長い前髪から鋭い眼光を光らせながらニヤニヤと口許を緩ませる。嫌な目つきだ、思わず小玉は目を逸らした。


「だ、だったら私が警察に話しますよ」


「まぁ、から被害状況などあれば自宅付近の巡回と厳重注意くらいはしてくれるかもしれませんが、はっきりした証拠がなければいま警察に話しても取り合って貰えないでしょうね」


 そう鬼束が言うと、小玉はぐっと黙り込んだ。

被害者どころか弥生本人にも内密にこの探偵に調査を依頼している。始めは俺以外に男がいないか程度の調査だったが今ではストーカーをなんとかするのが先決だ。俺が弥生を守らなくては。


「じゃ、じゃぁどうすれば?」


 苛立つ小玉をみて鬼束がさらに薄ら笑みを浮かべた。


「小玉さん、レンタルチルドレンって知ってます?」


「えっ?」


一瞬あの子供の顔が浮かんだ。子供を貸し借りをして金を稼いでいるサービスだ。なぜここでそれが出てくるのか小玉はまた目を丸くした。


「あの男の働いている会社です。いや〜驚きました、今話しを聞いたら本当に子供のレンタルができるんですから」


「そ、そんな会社が、あるのか?」


 子供の存在は知らぬふりをした。調査を依頼しつつ探偵の真似事などして弥生を監視していたなど知られたらいろんな意味で面倒に思えたからだ。


「今回の調査で明らかになったのですが、どうやら劇団を装って子供を商売道具にしている相当ヤバい会社です。あの男は不妊に悩む松永弥生さんにつけ込んで子供をレンタルさせ、監視しているんです」


「なんだと!?」


 弥生が不妊で悩んでいるというのは驚きだった。しかし自分もあの子供から弥生の情報を引き抜いている点を考えると納得がいった。


「どう言いくるめられたかは知りませんが、子供がレンタルできるって超ヤバくないですか?風営法の違反どころか人身売買って奴ですよ、貸す方も貸す方だけど借りる方も相当ヤバイな」


「さっきからヤバいヤバいってどうヤバいんだ!?彼女は被害者だろう?」


 どこか客観的に話している鬼束の態度に小玉は苛立ちを隠しきれなくなっていた。


「子供をレンタルして金を払っている以上、援助交際と一緒ですよ。警察に通報してストーカー男が逮捕になれば、利用者である松永弥生さんも一緒に警察送りになる可能性があります」


「そ、そんな」


「おそらく次にあの男はそれを脅し文句に脅迫するに違いありません」


「きょ、脅迫だと!?ふざけるな!やよ、彼女は何も悪くない!」


「あの男、相当ヤバいですよ」


 冗談じゃない、あの子供も弥生もあの男に騙されいるだけじゃないか!俺の弥生があんなガキに取られてたまるか!


「くそっ、どうしたら私の……、部下を救えるんだ」


 額にじっとりと脂汗、湿った手のひらを固く握り締め小玉は頭を抱えた。


「小玉さん、」


 鬼束がゆっくりと小玉の名前を呼んだ。


「我々と一緒にあの男の会社を潰しませんか?」


「えっ?」


鬼束のギラギラした目つきは確信をつくような自信に溢れていて、どこか杉山に似ている気がした。

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