第18話 これは恐いですか?

その女性は少しの間、動揺した。

落ち着いた頃、あれはイタズラ電話だったと納得した。

しかし、その後に電話がなる。

受話器から聞こえるのはさっきと同じの奇妙な声だった。

「もしもし、僕だよ。今四丁目の大通りだよ」

そう言い電話が切られる。

女性は、言っている意味は全く理解していなかったが、謎の恐怖が邪魔をして声を出せなかった。

そこからだった。数時間ごとに来る鳴り止まぬ電話の恐怖は。

「もしもし、僕だよ。今三丁目の交差点だよ」

「・・・」


「もしもし、僕だよ。今、一丁目のマンションだよ・・・・・もうすぐで会えるね」

「・・・・あなたは誰?」

「忘れちゃったの?・・・僕だよ。ロックだよ」

女性はその名前に強く反応した。

知り合いや友人にそんな名前の人間はいない。

しかし、女性にはあった。該当する物が。


夜になった。

「もしもし、僕だよ。今、二丁目のバーにいるよ」

着実に近づいてくる相手に恐怖を感じる。

受話器の奥から男性の声が聞こえる。

「ロッちゃん!次は何にするぅ~?」

「・・・・」

女性は言葉を失った。

「・・・マティーニ」

ロックはそう呟き電話を切った。


もう一度電話が鳴り、前とは違う覚悟を決め受話器を取る。

「もしもし、僕だよ。今、正面のコンビニだよ。待っててね」

また、奥の方からさっきとは違う男性の声が聞こえる。

「ウコンパワーが一点で二百四十九円になります」

「・・・・スカイ使えますか?」

電話が切られた。


夜が明け、朝日が世界を照らし始める。

女性は眠れずにいた。

電話が鳴ったので、女性は固定電話のコードを抜いた。

その時、安心してため息をこぼすと手元のスマホが震える。

電話で女性は思わず、スマホから手を離す。

慌てて拾い上げた女性は誤って、通話を押してしまう。

「もしもし、僕だよ。今、玄関前にいるよ・・・・・・」

女性は息を飲む。

「・・・・・・・・・・・・・オートロック開けて・・・・・・」

女性は息を吐く。

「・・・・・・・もう三時間もここでスタンバってるよ・・・・」

特殊な恐怖が女性を襲う。

「さっき大家さんに不審者扱いされて怒られちゃったよ」

複雑過ぎる感情になり、女性は電話を切る。


「もしもし、僕だよ。今、駅にいるよ」

特に何も無く、電話を切る。


「もしもし、僕だよ。今、新幹線だよ」


「もしもし、僕だよ。今、京都だよ。風情ふぜいがあって景色が面白いよ」


「もしもし、僕だよ。今、清水寺だよ。心地良過ぎて、天に召されそうだったよ」


「もしもし、僕だよ。今、八つ橋の本家のおばちゃんに捕まってるよ。

・・・・・助けて」


「もしもし、僕だよ。今、京都から帰ってきたよ。八つ橋と生八つ橋、どっちがいい?」


「もしもし、僕だよ。今、玄関前にいるよ。オートロック開けて」

女性はどうしたら良いか分からず、オートロックを解除する。

その時、ドサッという何かが落ちる音が聞こえた。

玄関からゆっくり顔を出し確認すると、足下に八つ橋と生八つ橋の箱とボロボロの汚いクマのぬいぐるみだった。

「・・・ロック」

そのぬいぐるみは女性が捨てた元彼からの最初のプレゼントで一番大事にしていたものだった。

もはや、汚れが着き、傷だらけで直せそうに無い。

女性にはロックがなぜこんなことをしたのか分からなかった。

しかし、八つ橋と生八つ橋の箱を掴むとなぜか暖かい気持ちになった。

箱を持ち上げると女性のスマホが鳴った。

「もしもし、僕だよ。今君のそばにいるよ。これからもずっと一緒だよ」

女性は、その言葉に微笑する。

女性はそれからずっとずっと同じ笑顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る