第8話 私が彼女じゃダメですか?

七月七日。

今日は七夕。学校の中庭には笹が生徒達の願いをつるしている。

織姫と彦星が会うことの出来る、一年に一度のロマンチックな行事。

そんな日になぜか俺が対面したのは今年一番の恐怖だった。

「出ぁしてぇぇぇ!!」

俺の魂の叫びはむなしく教室を反響する。

取り乱し過ぎかもしれないが仕方が無い。

だって・・・手足を拘束されてるんだもん。

「松岡君・・何で叫んでるんですか?」

いや、叫ぶでしょうよ!誰かにいきなり拘束されたら恐怖でしかないよ!

俺は脱出しようと体をいろんな方向に動かすが、結束バンドで両足両腕をガチガチに縛られ、椅子に座らせられているせいで力が出ない。

「何でこんなことするんだ!」

「何でって、決まってるじゃないですか」

柔らかな優しい笑顔と声は俺の体に悪寒を走らせる。

「あなたが好きだからですよ」

悪寒と恐怖が加速する。

「えっ!?今なんて?」

「さっきから言ってるじゃないですか。松岡君が好きだと」

あれ?おかしいな?普通この台詞聞いたら顔を赤くし、心臓は高鳴り、汗をかくはずなのに。今の俺は顔を青白くし、恐怖で心臓は高鳴り、冷や汗をかいている。

モテない男子高校生諸君!告白されるなら何でも良いとか絶対に思うなよ!

「・・・」

「ふふっ、動揺して可愛いですね」

その動揺は・・・告白の物じゃないよ。

絶句する俺はこの状態を作った張本人である、茶色の長髪を持つ女子生徒を記憶の中から探していた。

「こんなことして良いと思ってるのか?」

「良いも何も、許可は貰いましたよ」

「えっ!?」

「橘先輩から」

橘さぁん!なにしてるんです!あなたは常識人じゃなかったんですか!

いや、部室でずっとぬいぐるみに埋まる人がまともなわけないか!

脳内でノリツッコミをしたらやっとこいつの正体が分かった。

「お前、同じクラスの日向ひなたようだな」

「覚えてくれていて嬉しいです」

「悪いな。物忘れが酷くて」

勿論、物忘れなんかじゃない。ただクラスに友人がいないから覚えようとしないだけだ。

葉は冷ややかな笑顔でゆっくりとこっちに歩み寄っている。

「で、私の告白の答えはどうでしょうか?」

「・・・ちょっと明日まで待ってて貰えないかな」

「ダメです。今、ここで、答えを」

やめてぇ!その可愛いはずなのに怖い顔を近づけないでぇ!

もう、この方法じゃないと逃げられそうにないな。

「分かった。でも、勇気がいるから少しの間、後ろを向いていてくれないか?」

「・・・分かりました」

葉は言われた通りに後ろを向く。

よし!条件は整った!

俺は手足を拘束されてはいるか椅子に縛り付けられている訳では無いので簡単に立ち上がれる。立ち上がったら、あとはこの結束バンド。

結束バンドは腕などに付けられたら、抜けだすのは難しいと思われてるが実際は違う。

まずつま先を外側に向ける。そのあと深く屈伸すると何回目かで脱出出来る。

腕は頭の上に上げ、下に向けてスイング。

これで両手両足は自由になる。

まさか妹のネットで見つけたものの実験の知識が役に立つとはな。

ここからは気配を消してドアまで行けばいい。

俺は何とかドアまで着いた。

ここで何もせず逃げても良いんだけど、何かダメだよな。

「日向葉!残念だけど答えはノーだ」

「!?」

「俺は最低だ。後輩に悪いと思っていながら嫌なことばっかりして、嫌われることばっかりしてるのに許してくれる優しい後輩に甘えて自分を許す。今だって答えも出さずに逃げようとしてた。クズな俺はこんなことしか出来ねぇ」

「・・・」

葉は無言で俺の言葉を聞き続ける。

「でもな!俺は絶対に約束は守るって誓ってる。だから、今はその後輩との約束を守り切るまではよそ見はしたくないんだ」

「・・・」

「こんなクズなんて相手にしてないで、イケメンに恋をしろ。大丈夫だ。美人なお前だったらすぐいい男見つけるよ。じゃあな!」

俺は教室を出て廊下を歩む。

廊下は夕陽で赤く染まる。

七夕にこぼした本音は偽りの顔にヒビを入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る