第64話 『トウキョウ』 その7


 エレベーターのドアが開いたのです。


 見たところ、人かげはない。


 『ここは、目的地ではないですね。なぜか、途中で止まった。』


 「だれか、ボタン、押したんじゃないの。」


 あたくしが、もうしました。


 『外側には、ぼたん、ないですよ。』


 「あ、そ。」


 『女王さまの指示とかなら、まあ、あり得ますがね。なんだか、動かないな。なんでかなあ。』


 『それにしても、きみ、どこから、きたの? おうちは? おうちの方は?』


 その、西洋系のお顔立ちの男の子は、じっと、私を見上げたままで、返事がありません。


 『おなまえは?』


 『……………………』


 『へんじないか。ね、きみ、ファッツ、ユア、ネイム?』


 『…………………』


 『ふうん、変化なし。英語じゃないかも。』


 『この子は、幽霊ではありません。生きた個体です。聴力も、たぶん普通ですね。とくに、支障はないように思いますが。なにかのショックで、言葉が出にくいのかもしれません。』


 「ふうん。いやなものを、見てしまったかな。」


 『可能性としては、このあたりの次元は、めちゃくちゃですから、核爆発に遭遇して、たまたま、か、運よく、か、見た目の負傷はなく生き延びた。でも、われわれの次元に、飛ばされてきたのかも。』


 「ふうん・・・・・・え? なに?」


 男の子が、私の手を引っ張るのです。


 「出たいわけ?ここから。」


 男の子は、さらに、強く、引っ張りました。


 「そうみたい。出て見ようか。」


 『危険です。非常に不安定です。すぐに、よその世界に迷い込みそうです。帰れなくなるかも。』


 「そうね。でも、まあ、やってみようよ。受け売りだけど、こう言うじゃない。


 『Es irrt der Mensch solange er strebt』  註)


 『ヤア ヤア ヤア』


 突然男の子が、声を張り上げました。

 

 それから、彼は、私を強く引っ張ります。 


「なんか、通じたのかも。行くわよ。」


『あい。そりゃあ、ゲーテですか。なんか、古い言い方ですが。』


「そうらしい。本は、読んだことないけどね。『人間は努力する限り迷うものである。』 ゴー!」


『まないきな、ガキですな。』


「なまいき、よ。」


『あらま、なぜか、間違えた。次元が圧力を加えて来ているのです。』


「わかった、わかった、言い訳しないでいいわ。」


 私たちは、次元エレベーターから、再び、外に出たのです。


 そうして、いくつか角を曲がったあと、見てはならないものを、見てしまったのでした。



 ************   ***********

 


註) やましんは、ドイツ語も、わかりません。学生時代の教科書から、引用しました。 

  



 



 




 

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