第58話 『トウキョウ』 その1

 『まもなく、ナハ中央です。お降りのかたは、右側です。』


 あたりは、すっかりと、落ち着きました。


 幽霊たちは、かなりの数が、この駅で降りて行ってしまいました。


 私も、降りなければ。


 かつては、王国の首都であったこともある

、名高い都市でした。


 現在は、巨大なクレーターになっています。


 上空から観察したことがありますから、間違いありません。


 つまり、地下鉄の駅があるなんて、考えにくい訳ですし、公式には、そのような情報はございません。


 ただの、廃墟のはずです。


 しかし、たくさんの幽霊さんが降りて行ったわけですから、私の幻想か、幻か、夢の中か、なにかのトリックか。


 あるいは、真実か。


 のなかの、どれかであるはずです。


 でも、先ほどの彼女は、なんだったのでしょうか。


 いつのまにか、いなくなりました。


 驚いたことに、ホームからは、新しいお客様が、乗り込んできたのです。


 みな、半分、透けて見えるところをみると、やはり、幽霊さんたちなのでしょう。


 わたしは、少しぼっとしていたせいで、降りるのが遅れました。


 お客さんが乗るなんて、想定外です。


 あわてて、飛び降りました。



 私の衝動感をよそに、その電車はもう、走り出しました。


 『北極ステーション方面は、ホーム向かいの接続列車にお乗りください。事故が発生したため、トウキョウで下車して、あとは、そこで、ご確認ください。』


 なんとまあ、無責任な。


 しかし、そんなこと、言ってられません。


 ベルが鳴っています。


 わたくしは、向かいの電車に飛び乗りました。


 『次は、カゴシマです。所要時間は12分です。』


 座る前に、電車は走りだしました。


『早いな。ヘリ並みね。』


 私が呟きました。


 すると、隣の席に、初老のおじさまが座り込みました。


 なんとなく、酒臭いです。


 『酔っぱらいの、幽霊さんですか。』


 そう、内心思いました?


 『まあ、そうですが、キョウトでいなくなりますから。多少、お付き合いください。悪いことは、しませんから。』


 『トウキョウじゃないんだ。』


 またまた、余計なことを考えてしまいました。


 『まあ、キョウトは、ぼくの、勤務先です。今は、なんにも、ありませんよ。穴ぼこだけで。でも、常に、行ったり、帰ったりです。』


 『あなたも、幽霊さんですか?』


 そう、考えました。


 『自分が、幽霊なのかどうかは、聞かれてもわからないものです。そんなものです。』


 私は、この、お酒くさいおじさまに、興味が湧きました。


 『どんな、お仕事ですか?』


 『音楽家です。フルートを教えてました。作曲もやります。なに、もとは、トウキョウに住んでいたのですが、なんだか、嫌になりましてね、ナハの郊外に引っ越した。おやじの、実家があったんです。』


 『フルーツですか?』


 『はあ? あはははは。あなたは、現役ですな。知らなくて当たり前です。フルートは、楽器ですよ。』


 『楽器は、電子機器でしょう?』


 『まあ、そうらしい。いや、人が、自分で演奏するのです。それが、当たり前なんです。むかしは、みな、そうだった。』


 『はあ………………』


 私は、困惑ぎみでしたが、実際には、またく、知らなかったわけでもありません。


 ちょっと、試してみたのです。


 人類は、とおに、楽器を放棄したのですから。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


               つづく






 


 

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