第57話 『ゆうれいたち』
電車は、音もなく動きます。
振動も、ほとんどありません。
この鉄道は、浮上形式のようです。
もう、走り始めて数分。
私が目指すべきは、『真の都』。
それが、いったい、何なのかは、つまり、よくわかっておりません。
この電車の案内システムによれば、私は、『ナハチュウオウ』で降りて、北極行きに乗り換えるべきだ、ということは、わかりました。
そういう、表示が、目の前にまだ、出てます。
『ここ、いいですか?』
おそらく、大学生くらいか、と思われる、若いインド地方風で、美しく輝く褐色の肌の女性が、そう言いながら、もう、ほとんど、隣に座っておりました。
『どうぞ。』
願ってもない、チャンスです。
影のような、幽霊さんばかり、という中で、彼女は、実体がありそうな、かんじなのでありました。
『あなたは、幽霊さん?』
回りくどいのはきらいな、私ゆえ、ずば、と、お尋ねいたしました。
『そうですね。死者が幽霊になるのだとしたら、あたくしは、幽霊ではございません。あたくしは、この、宇宙空間の存在ではありません。存在しないのに、存在するように振る舞う、なにか、なのです。この宇宙の物質とは、本来は反応はしないのですが、意思の力で、接触が可能となります。この肉体は借り物なのです。』
『はあ、またまた、わけのわからない方が現れましたか。いいでしょう。わたくし、『真の都』にゆきたいのです。この、案内装置は、『ナハチュウオウ』で乗り換え、『北極点ステーション』まで行くように、案内しました。そこから、『次元トンネル線』に、乗り換えよ、と。私の知識では、そのような交通機関や場所は、公式には、存在しませんが。それでも、それは、正しいですか?私の断片的知識では、『幽霊線』と、言われるものが、あるらしい。つまり、入り込んで、たまたまた、帰還した人が、ごく、少数いるらしいのです。そういう、情報があるのです。と。まあ、一種の、都市伝説です。』
『まあ、そうしてみることが、大切でしょう。ただ、『次元トンネル線』は、乗り換えホームに行き着けるかどうかが、まず、問題です。もし、乗れたとしても、『中央基点』にたどり着くかどうかは、かなり、厳しい挑戦になりましょう。次元の狭間に、落ちるかもしれない。その可能性は、高いです。あなたは、なぜ、危険を犯したいのですか?』
『いまの世界は、異常だからです。私は、どこかで、巨大な間違いが生じたと、思っております。世界全体が、間違ったレールに乗ってしまった。もとには、戻らないとしても、行き先の変更は、可能ではないか。おかしいですよ。この世界は。人類は、音楽や、芸術のことを、大幅に忘れてしまった。大バッハのことを、だれも、知らないなんて、信じがたいでしょ。私は、大学に残っていた、彼の音楽の断片だけ聞きました。なんと、この世には、あれしか、残っていないといいます。『真の都』以外では。でも、大ショックでした。それは、信じられないくらい、素晴らしかったのです。』
『あなたには、感受性があるようですね。挑戦してみなさい。あ、ほら、幽霊たちが騒ぐ。あなたは、その瞬間をみるのです。慌てなくていい。ただ、体験したらいい。』
彼女は、すっと、消えました。
たしかに、おかしいです。
電車は、幽霊さんたちで、満員になりました。
それは、資料で見た、昔の、通勤電車の光景だったのでしょう。
いつのまにか、電車は、地上を走っておりました。
そこに、太陽が爆発したかのような、強烈な光が襲いました。
光は、はげしい、熱をも、伝えました。
電車は、燃え上がり、人々はまた、炎に焼き尽くされて、ゆくのです。
すぐに、猛烈な、衝撃波が襲いました。
電車は、燃えながら、宙に舞い上がりました。
私自身は、燃えてはいないようなのですが、周囲は、みな、やけただれ、燃え尽きて行く。
私は、その、燃え上がる人々に、電車に、建物に、囲まれています。
聞き得る限りの音を、はるか、超越した、轟音の渦のなかで、すべては焼き尽くされて、灰に変わってゆくのです。
それは、かつて、ここで、実際に起こったことだったのでしょう。
地球人類が、絶滅の縁に追いやられた、『第4次世界大戦』。いわゆる、『滅亡大戦』です。
『第三次世界大戦』は、長く、静かに燃えた戦争でしたが、その終結直後に起こった、この、『滅亡大戦』は、まさに、地球を、焼き尽くしたのです。
幽霊たちは、こうして、毎日、その、悲惨な体験を繰り返しているのでしょうか。
ならば、これは、やめさせなければならない。
私は、確信しました。
業火に焼かれ、焼かれ尽くされたあと、気がつくと、そこは、また、地下鉄のなかでした。
『地下鉄は、かつて、地上を走っていた。』
と、される、ある学説は、正しかったのです。
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